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魔女の箱庭


うず高く雪が積もった地面にくっきり足跡を足跡を付けて、風もないのに帽子の耳垂れを顎の下にきっと結んで、少年は森の奥へと向かった。冬の木々は半ば雪に埋もれてぼんやり並んでいる。枯れた枝枝の隙間から傾きかけた太陽の黄色い光が差している。
 

夏にを果実を取る時も、秋に茸を取る時も、お姉ちゃんに「絶対に行っちゃだめよ、魔女に食べられちゃう」と言われたその先へ。

村の大人が言うには、森の奥には花咲乱るる常春の庭園があるとかないとか。魔女が居るとか居ないとか。その常春の庭園に行き、そして帰って来たものは一人もいないとか。

そのうわさ話と一緒に熱に浮かされたお姉ちゃんの顔を思い出して、少年は肩に下げた鞄の紐をミトン越しに握りしめた。それでも歩みは弛めない。

常春の魔女の庭ならあるはずだ。熱病によく効くサニア草が。

短い冬の昼間が終わっても、腰に吊ったランタンを灯して、まだまだ進む。そうして、見つけた。

最初は大きな氷の塊かと思って昼間の足取りで避けようとしたら、ざわ、と氷が風に揺れた。少年の足がぴたりと止まった。ランタンを掲げれば、あんまり顔のそばに近づけ過ぎて、目が眩む。

じりじり待ってようやく見えてきた。菫だ。氷の小山のように見えたのは、こんもり茂った青い菫の花だ。魔女の力の賜物だ。いや、菫の前に何かある。真上を照らしてわかった。水芭蕉だ。雪に紛れている。その隣に薄青い菫の山がある。その隣は紫陽花だ。赤っぽいのと真っ青のと。一番端に、大輪の向日葵が咲いている。

季節も場所もお構いなく咲き誇る花々の隙間に、赤く小さいサニアの花が見えた。お姉ちゃんのエプロンにあしらってあるステッチそっくりだ。

少年はミトンを脱ぎ、肩にかけた鞄から花鋏を取り出し、ランタンを脇に置いて跪いた。サニア草の茎の底を、撫でるように退かして、できるだけ茎をたっぷりとって鋏を入れた。ぱちん。

「いいっったあ!!」
 

庭が喋った!


【続く】