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ラストカンガルー

火曜日。やよい軒で同僚と向かい合って味噌カツ煮定食を食べていたら「おれカンガルーの末裔やねん」と告白される。

思わず腹部に目線を落とすと「オスなんで」肩をすくめながら同僚が卓上の七味唐辛子をスーツの左ポケットにさっと入れた。
レジ横の割り箸から会社のダイヤル式南京錠まで、日頃から見境なくポケットに入れるので手癖の悪い男だと決めつけていたけれど、有袋類の さがだったのかも知れない。なんだか悪いことをした気持ち。

「おかんがカンガルーの筋の人間で」

左手でポケットをまさぐりながら、同僚がカツを齧る。
ラッパーのように上半身を跳ね揺らしながら、同僚がカツを咀嚼する。
昨日まで辟易していた悪癖に、今日は俄然欲情した。スマホのQRコード読み取りアプリを立ち上げて、同僚を正面から撮影する。

スワイプして写真の解像度を落とすと、左頬を膨らませてキョトンとした同僚の顔が四角の集合体に変わっていった。
QRコードになったところで測定すると「カンガルー2パーセント」という表示。5%を切った遺伝子は子どもに受け継がれないと保健体育で教わっている。欲情が霧散していくのを感じながら、画面を同僚に見せつけてみる。

「2パー」
「うん、だからおれで最後やねん。最後って言われるとカンガルーの爪痕残したくなるやん。おれたぶんご先祖さまより、よっぽどカンガルーしてると思うわ」

恍惚とした顔で、同僚がごはんの上に漬物を置き、そこに醤油をひとすじ垂らす。
欲情したことにも霧散したことにも苛立って、味噌カツに七味唐辛子をぶっかけたいのに何となく言い出せなかった。末裔とは言え有袋類が大事にポケットにしまいこんだ物に手を出すのは気が引ける。

「ボクシングとか始めようかな」

茶碗片手にハツラツと縦揺れる同僚に適当に相槌を打ちながら、スマホを検索画面に切り替える。
何への腹いせかは分からない、とにかく今日は風俗に行くと固く決めて、19時から予約の取れるセラピストたちの顔写真を高速でスクロールする。


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