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ウルの冒険【第1話 スナの木】

 午後の日差しが降り注ぐ中、20人ほどの子供たちが一本の大きな木を囲んで座り込んでいた。小鳥が数羽、深緑の葉が生い茂る枝の間をバタバタと飛び回り、辺りにさえずり声を響かせている。

 木の根本には一人の男が立っていた。白髪混じりのその男は、紺色のツナギ服に身を包み、黒縁の大きなメガネをかけて集まった子供たちに話をしていた。

「この木はね、『スナの木』と言って、100年前にある人が森の中から持ち帰った小さな種から育った木です。とても珍しい木でね、この木を実際に見られるのは、大陸中でもここだけなんだ」

 男がよく通る太い声で話をするのを、子供たちは興味深げに見つめていた。

「みんな、ちょっとアレを見てみて」

 男がスナの木の枝を指差すと、子供たちがパラパラと目を向けた。男が示した先には、桃色の大きな花びらを持つ美しい花が咲いていた。

「あの花の蜜にはね、私たちの病気やケガを治す力があるんだ。だけど扱いがとても難しくてね、少しでも使い方を間違えると、かえって毒になることもある……。花の蜜を薬に利用する方法を見つけること、それが私の仕事の1つです」

 そのとき1羽の薄緑の小鳥が花のすぐ近くに舞い降りてきた。辺りをキョロキョロと見回すと、花の真ん中に素早くくちばしを突っ込み、蜜を吸い始めた。そしてまた落ち着きなく辺りを見回すと、枝を伝ってサッと移動し、次の花の蜜を吸い始めるのだった。

 その様子を男は静かに見つめていた。一方子供たちは早くも飽きてしまったのか、隣の子とヒソヒソと話を始めたり、落ち着きなく体を動かしたりする子も出始めた。しかしそんな子供たちの中に一人、目をまんまると輝かせて前を向く少年がいた。男が再び話を始めると、少年は熱心に耳を傾けた。

「100年前にこの木が植えられたとき、この場所は木の名前にちなんで『スナの庭』と名付けられた。それがこの植物園の始まりです__」

 話が終わり自由時間になると、少年はやや緊張した面持ちでゆっくりと男に近づいていった。そんな少年の様子に気づき、男が目を向けると、何やら聞きたそうな顔で男をじっと見つめている。

「__何か私に用事かな?」

 男が聞くと少年は少しうつむきがちに、だがハッキリとした声で答えた。

「……おじさん、スナの木の種はどこで見つかったの?」

 男は少し驚いた様子を見せると、少年の近くに歩み寄り、優しい口調で話を始めた。

「種を持ち帰ったその人は、大陸の中央に広がるミサロの森で見つけたと伝えているよ。__スナの木はね、『法樹』と呼ばれて、ずっと昔から人々が探し続けている木なんだ。……だけど、実物を見たと言う者は、その人が初めてだった。まして種を持ってきたと言うから、当時は大騒ぎになったというよ」

 少年は褐色の瞳を輝かせながら、男の話を一生懸命に聞いていた。

「どうして誰もスナの木を見つけられなかったの?」

 少年の問いかけを聞いて、男は面白そうに笑うと、少し声を低めて答えた。

「ミサロの森は別名『魔の森』とも呼ばれていてね__森が人を寄せつけないんだ。これまでに何百人、何千人もの人が、森のどこかにあると言われる、スナの木を見つけようとした。でも誰一人として見つけられなかったんだ」

 少年があまりに熱心に聞いているので、男はしゃがんで目線を合わせた。

「ある者は森の中で同じ場所をグルグルとさまよい、ある者は気づいたら森の反対側に出ていたと言う。陸からも空からも、多くの 冒険家や研究者たちがこぞってスナの木を見つけようしたけれど、今日に至るまで誰一人として見つけられていない。ただ一人、”冒険家ベト”を除いて__」

 少年は今や顔中を輝かせて男の話を聞いていた。

「誰も見つけられなかった木を、どうしてベトは見つけられたの?」

 男は少し困ったような顔をしたが、やがて少年の目をまっすぐに見つめると一言一言噛みしめるように答えた。

「それがね、分からないんだ。……彼は種を持ち帰ったけれど、どこでその種を手に入れたのか、どうやって木にたどり着いたのか、そういったことを聞かれると固く口を閉ざしてしまった。中には種は偽物で、彼は嘘つきだと非難する者もいたんだ。__だけど種を調べてみると、未発見の新種であることは間違いなかった。真偽の分からないまま、その種はこの植物園の創設者に預けられ、育てられることになったんだよ」

 その話を聞くと、少年は少しガッカリしたような顔をした。そんな少年の様子を見て、男は優しく微笑むと、少年の肩に手を置いて言った。

「彼の持ち帰ったその種は、100年の時をかけて、今君の目の前にある大きな木になった。__この木が本当に法樹の木なのかは、未だに分からない。冒険家ベトは本当に法樹を見つけたのか、それとも彼は嘘をついたのか__真実が明らかになるのは、いつか人類がミサロの森の中から法樹の木を見つけ出した時かもしれないね……」

 男がスナの木を見上げると、少年も釣られて目を上げた。太い幹の先に無数に広がる枝葉が、風に吹かれてさわさわと音を立てていた。

「君、名前は?」

 男が問いかけると、少年は褐色の瞳を男に向けた。

「ウル」

 風が少年の黒い髪を揺らした。スナの木漏れ日を浴びながら、少年は明るく微笑んだ。

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