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あの吉本さんの家族の話 ~ハルノ宵子『隆明だもの』

やすこさんへ

お借りした『ミトンとふびん』、しみじみと読みました。
ばななさんは昔から、生と死の間をぼんやり漂うような、抱えた傷を慈しむような、しんみりと悲しくて少し温かい世界を描く作家さんだなと思っていたけど、そういう世界観がよりクリアに洗練されたような印象でした。いい本だったね。

ばななさんがデビューした時、【あの吉本隆明の娘!】という騒がれ方をしていたのを憶えてる?私はよく憶えているんだけど、当時の私は【あの】とカギカッコつきで言われているお父さんの方を全然知らなくて、「有名人の娘なんだー。色々言われて大変そうだな」とぼんやり思っていました。
吉本隆明さんが『戦後最大の思想家』と呼ばれていることは後に知りましたが、実はその後も隆明さんの本は一冊も読んだことない。戦後最大の思想家の思想、気にはなるけど難しそうで手が出ないんだよね。

その隆明さんの在りし日のことなどを、長女で漫画家のハルノ宵子さんが綴った本が出ている、というのを先日知りました。帯文は『吉本家は、薄氷を踏むような”家族”だった』

興味本位で手に取ったんだけど、吉本家ってやっぱりというか、なかなか特殊な家庭だった模様。ハルノさんとばななさんの姉妹対談も載ってるんだけど、その中で姉妹揃って、育った家庭のことを「地獄」と表現していたくらい。
お母さんの圧が凄かったというのが「地獄」の主な原因だったようだけど、でもそんなお母さんでなくてはお父さんのエネルギーと釣り合わなかった、という表現も何度も出てくる。常に強いエネルギーでぶつかり合いながら、同時に強く結びついていた夫婦とその娘二人は、全員が表現者。「ものを書こうとか絵を描こうとかって、本当に楽しい家庭に育った人は思うはずないだろうから、当然だと思います、母が怖いくらい。」というばななさんの言葉が印象的でした。

とは言え、家族仲が悪かったかと言えばむしろ真逆で、娘たちが父を心から尊敬して愛していたことが本を読むとよくわかる。この本全体が娘から父への長い長いラブレターにも思えるくらい。
一方でハルノさんは結構ドライで、今夜がヤマだと聞いていながら日課の猫巡回に出かけて臨終の瞬間に間に合わなかったときも、死ぬ瞬間は誰だって一人なんだ、これでいいんだ。ときっぱり。
隆明さんに「群れるな。ひとりが一番強い」と刷り込まれて育ったというだけあって、芯の部分にどっしりと根付く、すべて生きとし生けるものは<ひとり>であるという覚悟のようなものと、きっと父も同様に思っているはずという絶対的な信頼感が窺えて、一般的な家族像とは違っていても、より深いところで繋がっている家族なんだなと思った。

内田也哉子さんの本を読んだ時も思ったけど、やっぱり強烈な個性を持った親の下で育った人は胆力と思考力が否応なしに鍛えられるんだろうね。本人にとってそれが幸福かはわからないけど、そうやって長い時間かけて耕された思考の畑から収穫される言葉はやはり味わいが深いなと思いながら読み終わりました。よかったら今度貸すので読んでみてね。

2024年5月10日
かおりより

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