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アラサー腐女子は「イナゴ」を笑えなくなってしまった
気のせいかもしれないけれど、「イナゴ」という言葉を聞かなくなった気がする。
私が知らないだけで今も言われまくっているのかもしれないし、あるいは「イナゴ」は死語となり、意味を同じくする新しい言葉が誕生しているのかもしれない。
知らない人のために説明すると、「イナゴ」とは、流行ジャンルに飛びついては大騒ぎし、廃れたらすぐさま次の流行ジャンルに乗り換えるようなオタクのことを言う。
旬ジャンルを散々荒らしまわって去っていく姿が、作物を食い散らかす害虫「イナゴ」のようであることに由来する辛辣な言葉だ。
売り上げ目的でよく知りもしない旬ジャンルの同人誌ばかり出したり、流行ジャンルの勢いに乗じてマナー違反をやらかしたり、それなりの罪を犯した者たちがイナゴと呼ばれた。
一方で、単に「その時々の旬ジャンルに次々乗り換えていくオタク」を「イナゴ」と呼ぶこともあった。
もっとひどい時には、ジャンルが人気になって膨大な人数のファンを抱えるようになった時、人気が出る前からファンだったオタクが人気が出てからのファンをそれだけで「イナゴ」呼ばわりすることすらあった。
ただ、人気になってからたくさん集まってくるファンを煙たく思ってしまう気持ちは、正直分からないといえば嘘になる。
私だって、某歌うソフトの黎明期のころから密かに応援していた某男声キャラが人気と引き替えにシスコンギャグ要因になった時はそういう創作をしたPやそれを支持したオタクを本気で呪ったし、某歴史ゲームでヒゲの王道武将やお色気担当の看板セクシー美女を出し抜きポッと出のクール系美少女が人気投票一位を獲得した時には、とうとうここにも綾○の焼き直しでしか興奮できない萌豚どもが湧いてきやがった!!!!と最悪な悪態を吐いたことがある。本当に最悪だ。
こういう気持ちを間違っても肯定してはいけないけれど、人間、誰しも持ちうる感情ではあると思う。にもかかわらず、「イナゴ」という言葉を聞かなくなった気がする。
いわゆる「イナゴ」が居なくなったとは思えないし、実際には今も使われてるかもしれないけれど、少なくとも私の……アラサーという節目を生きる社会人オタクである私の周辺では聞かなくなった。
多分だけれど、みんな「イナゴ」を責められなくなったのだろう。
いつからか、まごうことなきアラサーになってからか、周りの人間とジャンルがものすごく被るようになってきた。少年誌ばかり読んでいたあの子とも、ゲーマーのあの子とも、擬人化ネタ好きのあの子とも。一度たりともジャンルが被ることのなかったあの子とさえも。
みんなして、「今最も流行っている2~3のジャンルのうちのどれか」に必ずハマっている。
ハマり具合はまちまちで、旬ジャンルのメディアミックスすべてに手を出しているオタクもいれば、ドはまりしているわけじゃないけど今いちばんお金を使っているのは例の旬ジャンルかな。といった具合のオタクもいる。というか、後者のオタクが増えてきている。
多分だけど、私の周りのこうしたオタクたちは「イナゴ」でいることの心地良さに気づいてしまったんだろう。
待っているだけで公式からの供給がたっぷり与えられて、ファンの創作も自分が頭を使わなくてもいくらでも溢れていて、一部のファンが何かやらかしても「こんだけ大きなジャンルなんだから、ヤバいやつもいるわな。」とどこか他人事でいられてしまう。傍観者でいるだけで楽しめてしまうから、余計な発信さえしなければ面倒な学級会に巻き込まれてしまうことも無い。積極的に思い入れていかないので、ジャンルが廃れてもそこまで胸を痛めなくて済む。心がささくれる前に、次の人気ジャンルに静かに移動してしまえばいい───と。
「イナゴ」でいることの心地よさと言ったけれど、彼女たち──現実社会の荒波とオタク社会の面倒な揉め事で体と心が疲弊しきったアラサーたち──には、もはやイナゴのように旬ジャンルを「食い荒らす」気力は残っていない。
「みんながおいしそうにしてるから、これなら私も楽しめそう。」と旬ジャンルの上澄みを舐めるほどしか気力が残っていないのだ。イナゴよりどちらかというと、夜な夜な行燈の油を舐めては消えていく、ろくろ首とか化け猫とがが近い。
そんな体力しか残っていないならもうオタクでいることさえやめてしまえばいいのでは?とか、別の趣味見つけた方がいいのでは?とか思われるかもしれない。
でも、ろくろ首が何の意味があるのかも分からないままわざわざ首を伸ばしてまで行燈の油を舐めにやってくるように、こういうオタクもまた、今さら別の方法で心を癒やす方法など分からないのだろう。
こんな状態になったオタクに限って、数年前は荒涼たる砂漠のような過疎ジャンルでただ一人必死に創作活動を行っていたり、学級会の矢面に立って議論を交わしていたり、人一倍苛烈なオタクだった過去があったりする。オタク活動で負った傷はオタク活動でしか癒せないということなのだろうか。
もしまだ20代なりたてとか、恐ろしいことに10代のオタクがこのnoteを読んでいたらどうか、いい年してフラフラ旬ジャンルをさまよっている30代越えのオタクを見てもあまりコテンパンに罵らないであげてほしい。
あなたの隣で呑気に旬ジャンルを消費するあのアラサーも、もしかしたら夜な夜な行燈の油───もとい供給を舐めてかろうじて生きている悲しい妖怪なのかもしれないので……
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