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女オタクはなぜ自分のセクハラ発言に鈍感なのか

※オタクがオタクのことをマジでキモいよって言ってる自戒の意味を込めたブーメランnoteです。ご了承ください。

去年くらいから、声優に興味を持ち始めた。

まだ推しと呼べるほどの存在はいないものの、ほどほどに好きな声優は何人かいる。これまでほぼ推しは2次元にしかいなかったので、生身の人間を応援する日々は新鮮な驚きに満ちている。

今はそれぞれの声優さんが当たり前に自分のニコ生番組を持っているんだなとか、演技がうまいとか歌がうまいとかだけじゃなくてとんでもない一芸を持ってる人ばっかだりだなとか、マジでアイドルみたいなことやらされることが多いんだなとか。

基本的にはいい意味の驚きばかりだ。でも、ひとつだけどうしても受け入れられないというか、有り体にいえばドン引きしてしまった声優界隈の風潮がある。


男性声優ファンのオタク、当然のようにセクハラ発言しすぎじゃない?


もちろん、男性声優のファンやっているオタクが全員そうじゃないというのは重々承知だし、女性声優ファンのオタクにも私が知らないだけでそういう風潮はあるのかもしれない。今回はあくまで私の見てきた限りの「男性声優」と「女オタク」の話なので、ご了承ください。


とりあえず私が一番ビビったのは声優のニコ生番組におけるコメント欄だ。

かっこいい写真を撮ろう!みたいな企画があれば「脱いで」とかはもう普通に流れてくる。靴と靴下を脱いで素足になれば「足の指の形がエッチだね」とか。スキニージーンズの尻と股座のラインに興奮しているコメントを見た時には素でウワア……つって生っぽい悲鳴が出た。びっくりする。思うのは自由だとしてもわざわざ全世界に向けてコメントとして発信するその心は?なに?

大抵、オタクのセクハラ発言は声優本人が悪ノリして笑いに変えたり、スルーされる形でなんの咎もなく片づけられてしまう。たまに正直に「キモい」と発言する声優もいるのだが、キモオタは心臓に陰毛でも生えているのか、「我々にはご褒美です」とか的を1那由他キロメートルくらい外した反応しかしない。


たちが悪いことには、女オタクのこうしたキモ発言には、「キモオタを演じている」という、”そういうギャグです”的な免罪符が存在しているように思う。

どういうことかというと、女オタクたちが意図的にキモい発言をするときに、脳内に浮かんでいる自分の発言のイメージ像って「モブおじさん」、つまり「気持ち悪いおっさん」なんじゃないだろうか。

実際、Twitterなどでも意図的に気持ち悪い発言をするとき、オタクはよく「モブおじさん」を自称してしまうし、「キモオタ」と言えば小太りで小汚い薄毛の中年男性を思い描いてしまう。

要するに私たち女オタクには、たとえ自分のクソヤバセクハラ発言をとがめられたとしても、「なーんちゃってそういうキモオタおじさん風のネタでーす!マジで怒んないでよテヘへ!」という逃げ道が存在してしまっているとも言える。

女オタクは自覚しなくはならない。推しに対してめちゃキモ発言をしているときの私たちは、キモオタおじさんの皮を一枚被った罪なき善良なオタクではない。

そこにはただただシャレにならないセクハラ発言をかます、ありのままの姿のヤバいオタクがいるだけなのだ。

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