詩人白井明大【子どもに教えたい!日本の風習】ゆっくりと心の旅をするように。お盆の過ごし方
お盆
子どもの頃に感じたお盆と、大人になってから迎えるお盆は、やっぱり違いますね。それがどんな営みなのか、もちろん子ども心にも、大事なことはちゃんとわかっていたと思います。ただ、大人になってみると、誰を迎え、誰を送るのか、ということに、おのずと実感が湧いてくるものではないでしょうか。
迎え火、そして送り火。
お盆に灯す火にしても、ふだんの生活で目にする火とは、いくぶん感じ方が違う気がします。炎のゆらめきを、じっと見入って物思いにふけってしまうような⋯⋯。
お盆の由来や、ならわしの意味などについて、これからお話ししようと思いますが、今年のお盆を迎える際に何かの一助になれましたら幸いです。
お盆の由来は、盂蘭盆会《うらぼんえ》
仏教では、旧暦七月十五日を中心に行なわれる、盂蘭盆会という行事があります。盂蘭盆会には、先祖のお墓参りをしたり、お坊さんを迎えてお経をあげてもらったりするのですが、そんな盂蘭盆会のはじまりとして、亡き母を思う一人の僧の、こんなエピソードが語り継がれています。
この盂蘭盆会が、いまのお盆のひとつのルーツといわれています。
精霊棚《しょうりょうだな》、精霊馬《しょうりょううま》
お盆の初日、迎え盆には、迎え火をたいて、先祖の霊を迎えます。そのとき盆棚や精霊棚という棚を用意して、お花やお米、夏野菜などをお供えします。
きっとよくご存じの方や、目にしたことのある方もいらっしゃるかと思いますが、この迎え盆には、キュウリやナスに、苧殻《おがら》(麻の茎の皮をむいた芯を干したもの)などで四つ足をつけて、馬や牛をこしらえます。これを精霊馬といいます。
ほっそりとしたキュウリの馬のほうは、迎え盆のためのもので「馬にのって、早くいらしてください」という意味があります。これに対して、ふっくらとしたナスの牛のほうは、送り盆のときに「牛にのって、ゆっくりお帰りください」という意味が込められます。
迎え火
地方などによって異なりますが、十三日の夕方に迎え火をたいて、先祖の霊を迎える支度をします。縁側の軒先や、精霊棚に吊るした盆提灯に火を灯してから、家の門口や玄関で迎え火をたきます。
炮烙《ほうらく》という素焼きの土器の上に、苧殻《おがら》を重ねて燃やしたら、その炎に手をあわせて、どうぞいらしてください、とお迎えするのがならわしです。
月遅れ盆《つきおくれぼん》や旧盆《きゅうぼん》
お盆は、いつ行なっていますか? 旧暦から新暦に替わるなかで、お盆の日にちもさまざまなようです。
七月十三日から十六日の間にするにせよ(日にちもさまざまですが)、もともとは旧暦の日にちで行なっていました。それが新暦に替わったことで、地方によっては(関東や北陸あたり)、お盆も新暦の七月に行なうようになりました。
また、新暦と旧暦では、日にちが約一か月ほどずれることから、お盆も一か月ずらし、八月十三日から十六日に行なうところもあります。これを月遅れ盆と呼んでいます。いまでは多くの地域で、月遅れ盆で行なっているのではないでしょうか。
そして、奄美や沖縄など、いまでも旧暦の日にちでお盆(旧盆)をする地域もありますし、八月一日にお盆をするところもあるそうです。
五山《ござん》の送り火
お盆に訪れた先祖の霊をお送りする灯し火を、送り火といいますが、京都では八月十六日に、五山の送り火が灯されます。京都の夏の風物詩ですね(または大文字焼きとも)。
まず東山如意ヶ嶽《にょいがたけ》に「大」の大文字が灯ります。次に、松ヶ崎の西山に「妙」、同じく東山に「法」の字が点火されます。そして西賀茂船山《にしがもふなやま》に船形万燈籠《ふながたまんどうろう》が、金閣寺大北山《きんかくじおおきたやま》に左大文字が灯ると、嵯峨曼荼羅山《さがまんだらやま》に鳥居形松明《とりいがたしょうめい》が灯されます。
季節の楽しみ
しめくくりに、旧盆のことを少しお話ししようと思います。旧暦の日にちは月の満ち欠けに沿っていますから、旧暦の一日には必ず新月になり、旧暦の十五日、十六日には必ずまんまるい月(満月か満月に近い月)がのぼります。
つまり送り盆の晩には、丸いお月さまが、毎年必ず姿を見せてくれるのです。
眺めていると、そんな月が、まるで夜空に明るくひらかれた窓のようにも感じられます。あの夜空にぽっかりと明るく浮かんだお月さまの光に照らされながら、先祖の霊は帰っていく⋯⋯そんな月夜の情景が、旧暦の送り盆です。
もしかすると、昔の人は、丸い月がのぼる日だからこそ、旧暦七月十五日あるいは十六日に送り盆を行なってきたのかもしれません。
今年は、新暦の八月十八日が、旧暦の七月十五日にあたります。
迎え火や送り火という明かり。そして、月という明かり。お盆というのは、炎を灯し、月の光を受けながら、人から人へと受け継がれてきた生命のつながりに思いを馳せる時間と捉えることもできそうです。
【プロフィール】
白井明大
詩人。1970年生まれ。詩集に『心を縫う』(詩学社)、『生きようと生きるほうへ』(思潮社、第25回丸山豊記念現代詩賞)など。『日本の七十二侯を楽しむ』(増補新装版、絵・有賀一広、KADOKAWA)が静かな旧暦ブームを呼んでベストセラーに。季節のうたを綴った絵本『えほん七十二候はるなつあきふゆめぐるぐる』(絵・くぼあやこ、講談社)や、春夏秋冬の童謡をたどる『歌声は贈りもの』(絵・辻恵子、歌・村松稔之、福音館書店)、詩画集『いまきみがきみであることを』(画・カシワイ、書肆侃々房)、など著書多数。近著に、憲法の前文などを詩訳した『日本の憲法 最初の話』(KADOKAWA)、絵本『わたしは きめた 日本の憲法 最初の話』(絵・阿部海太、ほるぷ出版)
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