読書メモ: 残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?

残業学 明日からどう働くか、どう働いてもらうのか?
中原 淳+パーソル総合研究所 著
光文社 2018年

概要

長時間労働に関する実態調査として、2017年から2018年に約2万人を対象にした定量調査が実施されました。

本書では、この調査から見えてきた日本の長時間労働の実態に加え、長時間労働の過去と未来について考察しています。
つまり、日本において長時間労働が根付いてきた歴史的な背景と、現在どのように長時間労働が発生しているか、そして今後長時間労働への対策を進めていった先にどんな成果があるのかについて書かれています。

長時間労働の背景

長時間労働は、日本の高度経済成長期にはメリットのあるものであり、そのため職場の中に定着したものです。

つまり、人口の増加による右肩上がりの経済の中で「作るだけ売れる」ために長時間労働するほど利益が上がりました。
とはいえ景気にも波があります。その時に「残業を減らす」ことで雇用を守り、終身雇用による低失業率を実現していました。
また、終身雇用と年功序列型の賃金の組み合わせは、「今がんばったら後で給料に返ってくる」という、働き手にとって長時間労働への動機づけにもなっていました。

こうして、社会の状況の中で、企業と働き手が長時間労働を「合理的なもの」として選択してきたという背景があります。

変化する環境と長時間労働

しかし、高度経済成長期は終わり、少子高齢社会となりました。
これは「長時間労働が可能な人」が減っていくことであり、このままでは働く人が確保できず、将来において社会の運営に困難が予想されるということです。
そして、単に社会や経済の観点だけでなく、働くことは個人が社会とつながることであり、個人の幸福感の観点からも、誰もが働ける社会にしていく必要性が生じています。

労働人口減による圧倒的な人手不足の中で、この「超高齢社会」をなんとかソフトランディングさせるには、なんとしても「働く人」を増やしていく必要があります。高齢者も共働き夫婦も外国人も、育児や介護、病気などによって様々な制限のある人も、とにかく「誰もが働ける」社会へとシフトしなければならないのです。

p.31

「希望学」を提唱する東京大学の玄田有史教授らの調査によると、日本人の「希望(幸せ)」を規定するものの中で割合が最も高かったのは「仕事」です。
 どれだけ年齢を重ねても、育児や介護などを経由しても、気持ちよく仕事をし続けられる働き方を見つけることができれば、それは多くの人にとって「希望」になると言えます。

p.48-49

また、長時間労働は身体的にも精神的にも、働く人の健康を害するリスクがあることがわかってきました。
そのため法制度が改正され「年720時間以内」「複数月平均80時間以内(休日労働を含む)」「月100時間未満(休日労働を含む)」という上限が定められました。(労使の合意があってもこれらを超えることは違法です。)
つまり、長時間労働を野放図にし、労務管理を適切に行えない企業は、行政的制裁を受けることがあるという状況へ変わってきました。

「働き方改革」を阻害するもの

こうした状況を受け、「働き方改革」が言われるようになりましたが、長時間労働は職場の中に深く埋め込まれた「社会的現象」であり、その解消は簡単ではありません。

残業と成長の神話

がむしゃらに仕事をする経験が、成長につながるという考え方もあります。
しかし、本書の中では、長時間労働「だけ」が成長につながるものではないし、もっと効率のいい方法を考える必要があるという立場を取ります。

経験を積めば自動的に成長するのではなく、経験したことについて他者からのフィードバックを受け、自身で振り返ることで意味づけし学びを得なければ、経験は成長に転化しません。
目の前の仕事だけをがむしゃらに行うやり方は、フィードバックや振り返りの機会を奪うものであり、長時間労働の「達成感」を「成長」とすり替えてしまいます。

また、新しい知識や別の視点を得るには、職場の外での学びが必要です。
長時間労働は学ぶ時間を奪い、キャリア形成に影響を及ぼします。
これは個人と企業の両方にとってのデメリットです。

残業の「集中」「感染」「遺伝」

調査の中で、残業は「課長職」や「仕事のできる人」に集中しているというデータが出てきました。

また、残業が「集中」している状況を目の当たりにした人は、周囲の目を気にして早く帰ることを躊躇することになります。
これは社会心理学の「多元的無知」という現象であり、「自分はAだと思っているが、自分以外の人は皆Bだと思っている」という予想を皆がしてしまうことで、誰も望んでいないBを集団として選択してしまうというものです。

そして、長時間労働を当たり前のものとして経験すると、自分が上司になった時もそのスタイルを変えることなく、長時間労働が職場で世代を超えて再現される「遺伝」の状態になります。

こうして、長時間労働は職場の中で構造的に定着していきます。

残業代への依存

残業を多くした月は給与の額が上がり、得をしたような気分になります。
行動経済学の「プロスペクト理論」の観点から、人は「何かを得る」より「何かを失う」方に敏感です。
このため、残業代が減ることに抵抗を感じ、長時間労働をやめられないという面があります。

また、割り当てられた作業範囲が不明確である場合、評価もあいまいになります。
あてにならない評価で基本給を上げるより、働いた時間という明確な基準で賃金をもらう方が、働き手にとって合理的となる状況が生まれます。

残業を減らすためのアプローチ

企業としてのアプローチ

何よりも大切なのは、実態を把握して「見える化」することです。
長時間労働の状況は個別に異なります。
どこでどれだけの残業が発生しているか、「サービス残業」の実態はどうか、きちんと調査を行い問題を検証する必要があります。

また、施策は簡単に形骸化します。
そのため、施策を開始する前には、あの手この手で従業員に「自分事」にするための工夫を行い、実施している際には効果を「見える化」して効果実感を維持するようにします。

そして、残業代を還元できるように制度を整えることも必要です。
残業の減少は、従業員にとっては給与の減少となるため、この不安を払拭しておかないと、従業員のモチベーションを維持することはできないでしょう。

また、次にマネジメントのアプローチについて記載しますが、その前提として透明性のある組織を作っておくことが重要です。
業務、つまり「誰が、何を、どんな風に行うか」が明確で皆に共有されているか、コミュニケーションでは各自が思ったことを素直に口に出せるか、所定労働時間内で何が行われるべきなのかが明確か、そういったことが下準備としてあればこそ、現場でのマネジメントが奏功します。

マネジメントからのアプローチ

長時間労働は職場での社会的現象であるため、現場のマネジメントはとても大きな影響を持っています。

「少ない時間で高いパフォーマンスを生み出す」ためのマネジメントをいかに実践するかという点で、まずは「やらないこと」を判断するのが重要です。
「やらないこと」を判断するためには、「やるべきこと」が明確であることが前提となります。「やるべきこと」を定められないなら、仕事は無限に発生し長時間労働を生み出します。

また、職場のチームにいくらでも仕事を詰め込めるわけではありません。
現場の状況を把握しておき、「やるべきこと」でも「今はやらない」と判断しなければならない場合があります。

そして、職場のメンバーとのコミュニケーションが重要ではありますが、コミュニケーションには容易ではないことを知っておく必要があります。
上司も部下もお互いに「思っているほどには伝わっていない」のです。
しかし、だからといってコミュニケーションをおろそかにすれば、職場は負のループに陥ります。
腹をくくって、相手の話を聴くことが必要です。

最後に、育成の重要性を認識することです。
自分がいなくなっても現場が回ることが、マネジャーの本懐でなくてはならないのです。

感想

どうしてキャパを超えて仕事がバンバン降ってくるんだろう、そういうことを考えたとき、以下のブログの内容を思い出しました。

「言えば与えてもらえるのが当たり前」と思っているところが、多くの人い、そして自分自身にあるのではないかと。
でも、便利で快適な日常が、どれだけ多くの人に支えられ、そしてどれだけその基盤が脆いものかを、僕らは震災とコロナ禍でいよいよ実感したはずです。
自分自身が「サービスを提供する側」と「サービスを受ける側」の二つに分裂してしまっている、そのことが「当たり前」の物事に対する想像力を失わせているのかもしれないなと思いました。

「当たり前」に対して深く考えないでいると、サスティナブルじゃないやり方を改められず、後でしっぺ返しをくらう。
それはこの本の中で書かれていた内容にも重なるところがあるかと思います。
「働き方改革」には何か特効薬があるわけではなく、埋め込まれた状況を掘り起こし、そこにある当たり前を問い直す、とても地味で迂遠な積み重ねをしていくしかないということです。

なお、中原先生が「残業学にかけた個人的な思い」をブログに記されています。
これを読むと本書がさらに深く読める、かもです。

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