読書メモ: アクティブラーニング入門

アクティブラーニング入門 アクティブラーニングが授業と生徒を変える
小林昭文 著
2015年 産業能率大学出版部

概要

筆者の小林氏は、埼玉県立越ヶ谷高校で2007年から6年間、物理の授業でアクティブラーニング型授業を実践してきました。
教師が壇上から一方的に語る従来型の授業ではなく、生徒が互いに質問し教えあいながら、教師はその学びを支援するという能動的な学びについて、その理論的背景や実践のためのヒントが書かれています。

アクティブラーニングとは

本書の中でのアクティブラーニングの定義については「一方的な知識伝達型講義を聴く」以外の形態であれば該当するという、かなり緩やかな形をとっています。そのため、既存の講義であっても、例えば質問で生徒が話すことがあれば、その点がアクティブラーニングに該当するということになります。
本書の目指すところは、書く、話す、発表するといった活動が起こる時間を少しずつ増やしていくことであり、そのためのヒントが書かれています。

アクティブラーニングの目的としては、知識の習得を通じて「学び方を学ぶ」という点があります。
その理論的背景として、コルブの経験学習モデルをもとに「体験する→振り返る→気づく→再計画する→体験する→…」のサイクルを回していきます。
そして、教師は生徒たちの学びのガイド役として、「ふりかえる」を支援するために、質問による介入を中心に行っていきます。

また、アクティブラーニングを取り入れた授業では、教師もまた学び手になります。
生徒の「振り返る」は授業のフィードバックとして教師の「振り返る」を支援する形になり、教師の側でも体験する→振り返る→気づく→再計画する→体験する→…」のサイクルが回っていきます。

実践例

筆者が行っていた高校物理の授業は以下のようになっています。

オリエンテーション(初回授業時)

1年を通じた目的として「科学者(科学的な考え方を持つ人)になる」、目標として「科学的対話力の向上」があるということを提示します。具体的には、質問し、説明し、協力することに熟達すること。それを通じて物理の知識を身につけることです。

また、話し合うことの効果を体験するために、コンセンサスゲーム(NASAゲーム)を行います。月で遭難したという想定で、そこにある道具に優先順位を付けます。最初はひとりで考え、続いて話し合いをして決定した優先順位を模範解答と照らし合わせ、話し合いによって点数が向上することを実感してもらいます。

目標の説明(15分)

各授業は目標の説明から始まります。目標は態度目標と内容目標に分かれています。
態度目標は授業の中で期待される「しゃべる」「質問する」「説明する」「動く」「チームで協力する」「チームに貢献する」という態度です。
内容目標は学習する教科書の内容であり、用語を理解しその意味するものがイメージできることです。

問題演習(35分)

演習問題と解答解説を配布し、生徒はチームになって互いに教えあいます。
問題はミニ論文形式で4問、段階的に難易度が上がるようになっています。
このうち2問が後の確認テストで出題され、「全員が100点」が目標となります。
教師は以下のような質問で介入し、チームの学習を支援します。

「チームで協力できていますか?」
「確認テストまであと10分ですが、順調ですか?」
「確認テストまであと5分ですが、順調ですか?」

p,104

質問により、生徒は態度目標と照らし合わせて、何をすべきかを考えます。これは「自分たちで考えた」という自信につながるため、質問による介入がうまくいっている際、生徒は「教師の存在を忘れる」という状況になります。

振り返り(15分)

確認テストを実施し、相互採点を行います。相互採点は以下の方法です。

①正しい答案には丸をつける。
②間違えていたら直してあげて丸をつける。
③途中までなら、そこまでが正しければ丸をつける。
(中略)
「大きな100点と派手な花丸をつけて返す」

p.107

上記の方法で、ほぼ全員が100点になります。これは正確な理解よりも関心や意欲を高めることを優先にしているためです。物理が好きになる(少なくとも嫌いにならない)ことで「自分で学ぶ」サイクルができることが重要です。

授業の最後にリフレクションカード記入をします。リフレクションカードは以下の項目です。

A「学習態度(しゃべる、質問する、説明する、動く、チームで協力する、チームに貢献する、全員で100点をとる)に沿って活動できましたか?それによって気づいたことは何ですか?」
B「 学習内容についてわかったこと、わからなかったことは何ですか?」
C「その他、意見、要望など」

p.107-108

リフレクションカードは教師がコメントを付けて次の授業にてフィードバックします。
この振り返りが再計画につながり、経験学習モデルのプロセスを回すものになるため、時間がないからと省略することは望ましくありません。時間が足りない場合は問題演習を減らして振り返りの時間を確保すべきです。

全体を通じて、批判・禁止・命令は極力行いません。怒られるからやる、という依存を生み出してしまうためです。
例えば雑談が続いている場合は、大事な話なのか質問したり、外で話して戻ってくるという選択肢を示したりします。
とはいえ、どのような対応がいいかは生徒との関係性にもよるため、一般的な正解があるわけではありません。目の前の生徒と、生徒からのフィードバックをよく観察して、個別に最適なものを探していく必要があります。

感想

まず、この本を読もうと思ったきっかけなのですが、「リーダーやマネージャーの役割の中で、育成は大きな比率を占めているのではないか」と感じていました。そのため、育成についての方法論を知りたかったという経緯でこの本を手に取りました。

自分で考える力をつける、というのは他の本でもよく見るところなので、その手法について学べたことはよかったです。
また、質問による介入は、「Team Geek」でも書いてあった気がします。冷静に質問をすることで気づきを促すという点で共通しているものを見つけられたのが興味深かったです。

問題演習や振り返りに注力するために、徹底的な効率化を図っている点はビジネスでも参考にすべきポイントだと思いました。
例えば、板書をして生徒がノートに書き写す時間を省略するためにパワーポイントの資料を配布しておくとか、プリント類は教室の入り口に置いて各自とるようにするといった工夫がありました。

心理的安全性、ひいてはその根幹にある他者への尊敬について、かなり揺さぶられる箇所がありました。筆者が二年生の最後の授業を終えた後に、生徒からかけられた言葉です。

「先生、一年間ありがとうございました。私、先生に謝りにきました」
「え?何かあった?」
「いえいえ。先生、四月に『私は怒鳴ったりしないから、何でも質問していいよ』って言ったじゃないですか」
「うん、毎年言います」
「私、先生が怒ったりしないというのは噓だと思っていました。だって、小学校からずーっと先生たちは四月の最初はやさしいけど、いつかどこかで怒鳴るんですよね。今までの先生で怒らなかった先生はいなかったから。だから、小林先生もきっといつか怒るに違いないと疑っていました。でも、本当に一度も怒鳴ったりしなかったですよね。びっくりしました。疑っていてすみませんでした」……

p.116

心理的安全がいかに容易く損なわれるか、それ以前に、約束が軽んじられ、いかに容易く破り棄てられるかを見た気がしてぞっとしました。いうまでもなく、約束はビジネスの根幹であり、組織の要です。それを蔑ろにする悪癖が自分にも身に付いてしまっていないか、振り返っていかないとなと感じました。

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