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食の人の食 《後編》 Mel Coffee Roasters マサさん

キュウリとトマトをリュックに入れ、世界を旅していた『メル コーヒー ロースターズ』のマサさん。≪前編≫からの続きです。2度目のオーストラリアです。やっとコーヒーと出会います。


――旅をされているときは、生きるための食事でしたよね。2度目のオーストラリアでは、どんなきっかけから食に興味が芽生えたのですか?

マサさん「メルボルンに住みはじめて半年くらいですかね。学費も自分で払ってたので、お金には余裕がなかったんですけど。初めてセブンイレブンのコーヒーを買って飲んでみたんです。メルボルンのセブンイレブンは、店内にエスプレッソマシーンが置いてあって、1ドルでカフェラテが買えるんですよ。それをみんなが飲んでるのを見てたので、ちょっと僕もやってみようかなって。真似してみたんです」

――やっとコーヒーが登場しましたね

マサさん「コーヒーはそれまで、ほとんど飲んでこなかったんですよ。手持ちぶさたで缶コーヒーをたまに飲むくらいで。美味しいとも思ってなかったです。メルボルンでセブンイレブンのコーヒーを、何となく真似して飲むのを1カ月くらいやっていたら、コーヒーにも慣れてきたのか、少しずつ興味がわいてきた感じですね」

――その感覚わかります。コーヒーって徐々に生活になじんできますよね。最初は背伸びしてただけだったのが、知らず知らずに求めてしまうような。

マサさん「そうなんです。そんなタイミングで、通勤路の途中に、朝6時から20人くらいのお客さんであふれているコーヒーショップがあって。少しずつ飲めるようにもなってきたし、ちょっと入ってみようかな、くらいの軽い気持ちで立ち寄ったら。衝撃で。美味しくて感動しちゃって。一気に変えられてしまいましたね」

――それがメルボルンを代表するコーヒーショップ『ブラザー ババブダン』であり、スペシャリティコーヒーとの出会いであり。そしてさらには、キュウリとトマトのサンドイッチからの転換期でもあるわけですね。

マサさん「そうですそうです。それから食べることが楽しくなっちゃって。興味が急に高まりましたね。食生活も完全に変わりました。スーパーでパンを買っていたのがベーカリーになりましたし。食べ物について人と話す機会も増えてくると、みんなが俺の行きつけの店、俺のベーカリー、俺のコーヒーショップを次々に紹介してくれるようになっていって。ミシュランの星がついてるようなレストランにも行くようになりましたね」

――めちゃくちゃ急ですね。少し前まで公園で野宿してた人ですよね。変化の速度がすごいです

マサさん「コーヒーショップで働くようになると、より加速しましたね。コーヒーがあっての食事というか。メルボルンってカルチャーの中心にコーヒーがあるんですよ。生活に根差しているんです。なのでコーヒーを知るにつれ、食を含めた文化そのものを好きになっていったんです。そこからは、食事にばかりお金を使ってましたね。様々な食べものに触れながら、自分の好みに気がついていきました」

――お話を聞かせてもらっていて、子供のころの韓国料理や、旅で出会ったインジェラ、サンドイッチと、好きな食べものに共通点が見つからないのですが。食に目覚めてからは、どんな系統のものを好むようになりましたか?

マサさん「味覚としては酸の要素は外せないですね。酸味とのバランスです。料理としては、素材の組み合わせや多重性よりも、シンプルに素材だけを突き詰めてあるものが好きですね。タマネギのステーキだったり、化学変化の一本勝負みたいな調理法です。言われてみると、コーヒーと共通する部分ですね。そういうのが好きなんだと思います」

――メルボルンのコーヒーショップで働いてから、日本に帰国し、メルコーヒーをオープンするという流れですよね。その過程で、食事との向き合い方は変化していきましたか?

マサさん「メルボルンで食べることに興味を持ってから、ちょっと突き詰めたくなっちゃって。完全にオーガニックの、野菜だけを食べる生活に変えてみたんですよ。そのやり方が極端すぎたのか、体に合っていなかったのか。疲労が抜けなくなっていってしまって、体を壊しちゃいましたね」

――猪突猛進というか、ストイックというか、無謀というか。素敵ですね。

マサさん「そのときに、自分が美味しいと感じるものを食べるのが一番なんだと気がつきましたね。当たり前なんですけど。それからはあまり気にせず、食べたいものを食べています」

――コーヒーを仕事にされてから、食生活に影響はありますか?

マサさん「あると思いますよ。自炊するときとかも、調理による化学変化を探求したくなっちゃうんですよ。パスタが大好きで、家でもペペロンチーノばかり作っていて。水の硬度を計測したり、水に対しての塩分のパーセントを算出したり、麺の太さや形状に合わせてバランスを考えながら、茹で上がってからの塩味、オイルの乳化とか。そういうのを試していくのが楽しいですね。YouTubeで勉強しながらやってます」

――家でパスタ作るのに、そこまで計測やってるんですか。もはや過激派ですね。では、味覚の面ではどうですか?

マサさん「コーヒーと出会って、かなり鍛えられましたね。絶対的な指標ができたというか。僕は口に入れたら、それが体にとって良い菌かどうかわかるようになったんです。この菌はいいぞ、この菌はどうだ、みたいなのが」

――ん、菌がわかるってなんですか。普段からちょいちょい、ウソかマコトか区別がつかない、謎めいたオカルトっぽいことを言われますが。そっちのたぐいの話ですか

マサさん「いや、わかるんですよ!食べられるかどうかも感知できます。舌で菌を感じるんです。お、いい菌だな、とか」

――あ、はい。なるほど(心の声:この力説っぷりは怪しいなあ。ふざけてるのかなあ。聞き流そうかなあ)

マサさん「コーヒーの仕事をはじめてから、審査員もするようになっていったんです。コーヒーには採点基準が明確にあって、オルソネーザル、レトロネーザルといったフレーバー、フレグランス、アロマ、アフターテイストなどを採点していくんですね。ここでは、香りから味覚への連続性も重要ですよ。さらに果実の味わいやコンプレックスなどの加点、虫食いなどのディフェクト。ミューシレージというコーヒーチェリーの果肉を外した粘液に水と酵母で発酵させ、バクテリアとか菌の選別を……」

――オッス、オッス、オッス。へえ~。(完全に聞き流しかけて、意味が分からないまま、慌ててメモる)

マサさん「審査をする場合は、こういった採点を20分で3人分とかジャッジするようになるんです。その経験によって、すごく味覚が鍛えられましたね。感覚だけでとらえていたものを、言語や数値にするのって、突き詰めるうえではかなり重要だと思います。僕は食べることに興味を持ったのが遅かったですし、周りにもそういう仲間がいなかったんです。美味しいと思ったものについて話をしても、誰からも共感が得られなくて。変だって言われることも多かったので。自分の味覚はイカレてると思ってたんですよ」

――男同士のそんなノリありますね。ポテトチップスで、のりしおを選ぶなんてセンスねーなーみたいな。コンソメパンチっしょ。

マサさん「それがコーヒーによって、科学的な裏付けのもとに、どうして自分が美味しいと感じているのかを理解できるようになって。味覚がきちんと構成できるようになったという感じですかね。そのおかげで、素材の魅力を最大に引き出す、味覚のイメージもできるようになったんです。だから、聞いてください。僕は納豆の菌だったとしても、口に入れただけでわかるんですよ。この菌は、自分の体にとって悪い菌かどうか。お、この菌は……」

――(うーん。せっかくいい話で終われそうだったのに、また謎の世界観に引きこまれていくぅ)今日はありがとうございました!


≪完≫

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