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神影鎧装レツオウガ 第百三十五話

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Chapter15 死線 03


 スレイプニル、最上層部。
 巡航形態時は船首だったその区画で、ザイード・ギャリガンは幾枚もの立体映像モニタを見ていた。
「ふむ」
 肘掛けに寄りかかろうとして、たたらを踏んだ。即座に踏み止まるが、口元には苦笑が浮かぶ。長年のクセだ。もう車椅子は要らないというのに。
「いかんな。乗り換えたばかりというのは、どうも」
 二度、三度。軽く跳躍し、上体を捻り、身体の具合を確かめる。しかる後、ギャリガンは改めてモニタ群を眺めた。戦場を俯瞰し、状況を改めて把握する。
 混沌とした戦況。やや此方が不利だろうか。ファントム1は如何にして勝利するつもりか。そもそも彼等の勝利条件とは何か。
 思考は様々な方向を模索するが――視線が吸い寄せられるのは、やはり今し方ギャリガンの分霊と託宣の部屋を木っ端微塵に破壊した大鎧装、オウガ・ヘビーアームドだろう。
 全身を包むアイスブルーの増加装甲は、脚部や背部と言った要所にスラスターを内蔵している。増加重量を大推力で相殺する算段か。レツオウガが纏っていた霊力装甲――タービュランス・アーマーと似たコンセプトを感じる。設計者が同じなのだろう。
 だがそうなると、レツオウガには無かった両肩及び両腕の複合武装盾が、必然的に目を引く。 肩部の大型盾――シールド・スラスターはロケットランチャーとスラスターを、腕部の小型盾はガトリングガンとツインペイル・バスターを、それぞれ内蔵していた。
「防御力の向上、だけではないな。内蔵機構の保護も兼ねているか」
 霊力武装である以上、再構成は可能だろう。だが、再構成にはその分の霊力を無駄に消費する。何より再構成時に隙が生じてしまう。この混戦状況でそれは致命的だ。
「しかし、そうなると」
 身体各所の増加装甲にも、何かしらのギミックが隠れている可能性がある。かつてのレツオウガが、肩部装甲を変形させてブレードとしていたように。
「ふふ。まるでトイボックス《びっくり箱》だな」
 口端を上げつつ、ギャリガンはモニタ群の内の一枚を拡大。トイボックスに穴を開け、強引に乗り込んでいくグレンの後ろ姿が映っている。
「おいおい、随分な無茶をするなあ」
 そういうお膳立てをしたとは言え、グレン《ゼロスリー》のこの行動は流石に予想外だ。喜ぶべきか、否なのか。
 ギャリガンは考えようとして、しかし阻まれた。接近警報が鳴り響いたのである。
「他にも無茶をするやつがいるのか……」
 関心半分、嘲笑半分と言った体でギャリガンは立体映像モニタを呼び出す。スレイプニルの外部カメラが映し出すその映像には、デルタ・バスターを展開して突撃してくるグラディエーター・インターセプターの姿。
 怒りを剥き出しにする荒々しい操縦。その操縦者の名を、ギャリガンは呟いた。
「……ハワード・ブラウン。キミか」

◆ ◆ ◆

 現代に蘇ったツタンカーメン王その人。それがハワード・ブラウンの正体だ。
 正確には蘇らされた、と言うべきなのか。蘇ってしまった、と言うべきだろうか。
 今となっては、もはやどちらでも良い事だが。
 遡る事紀元前14世紀、死亡した彼はミイラとして埋葬された。当時の死生観――死者の書が謳う「死後の世界」「永遠の園での生活」「現世への復活」を得んがために。
 墓所は歴代王家の中で最もささやかだったため、風化と盗掘と破壊をほぼ免れた。そして1922年、イギリス人の考古学者ハワード・カーターに発見される事となる。
 カーターはBBB《ビースリー》とのコネクションがあり、発掘段階からブラウン閥――当時最も勢いがあった――が関わっていた。
 かくてブラウン閥は、ツタンカーメンを蘇生させた。正確にはミイラと墓所から記憶と記録を転写し、分霊として確立させたのだ。
 彼はそのままブラウン閥の所属魔術師となった。『当方はいつでもアナタを消去できる用意がある』と言外に匂わされれば、従わざるを得なかったと言えよう。
 とは言え、待遇はさほど悪くなかった。そもそも彼は、ツタンカーメンは、生前から抑圧と不自由の中にあったのだから。
 古代における近親婚の影響なのか、彼は片足が奇形であった。副葬品の中に大量の杖があったのは、そのためだ。
 それでも彼は王《ファラオ》として勤めを果たした。ツタンカーメンの名の通りに。
 そう、ツタンカーメン。より正確に発音するならば、トゥト・アンク・アメン。
 意味は『アメン神の生ける似姿』だが、幼年時代はトゥト・アンク・アテン……『アテン神の生ける似姿』という名前だった。これは父アメンホテプ四世の影響だ。
 アメンホテプ四世は当時のエジプトの多神教を廃し、アテン神のみによる一神教へと改革しようとした。アマルナ改革だ。
 多神教を盾とする神官達の専横へ楔を打つべく、アメンホテプ四世は手を尽くした。首都の移転など様々な事を行ったが、最終的に改革は失敗。治世は息子に引き継がれ、彼は名を改革前のアメン神を称えるものに変えた。
 果たしてこの時何が起きたのか。彼は多くを語らない。だが現存するアメンホテプ四世の墓はレリーフを削り取られており、ミイラも棺が破損し白骨化してしまっている。そして息子ツタンカーメンの墓所も、歴代で最も小さかった。これらの事実から予測を広げる事は出来よう。
 ともあれその後を彼は、トゥト・アンク・アメンは引き継いだのだ。障害を持った身体で。アマルナ改革を潰した神官達の庇護を受けながら。
 そして死に、ミイラとなり、復活した。だがその復活に、死者の書で謳われていた「死後の世界」や「永遠の園での生活」は無かった。辛うじて「現世への復活」は為されたが、自由や栄光とはおよそ無縁。
『ご不満ではありませんか?』
 だから、その言葉は。
『BBBに飼い殺されている現状を、是としている貴方ではありますまい?』
 不愉快で。耳障りで。
『と言いますか、生前からそのような姿だったのですか?』
 砂地へ注がれた水のように、凄まじい速度で吸い込まれた。
『ンなワケねえだろ。生きてた頃のオレはクソ貧弱だったからな。オレに付き従った兵士の中で、イチバン頑丈だったヤツの姿を借りたのさ。分霊を造る時にな』
『ほうほう。差し詰めその額の傷は忠信の証、といったところですか』
『そーいうこった』
 つ、と指でなぞる。額の一文字傷。思い出す。あの時ファラオを庇い、バッサリと斬られた後ろ姿を。
『……いい部下だったぜ。まったく』
『成程。では、そのお名前も?』
『ハ! ただの皮肉さ。つーかバカ正直に本名名乗るわけにもいかねえだろ。有名人なんだぜオレは。こんな扱いだけどよ』
 あれは何十年前だったか。BBBブラウン閥の秘匿研究所。重要研究、という名目で半ば軟禁されていた厳重警戒拠点。
 話によると半ば要塞化されているらしいその場所の、更に深奥に位置するハワード・ブラウンの研究室。
 そこに、その男は。当然のように現われたのだ。
 机上、もう少しで区切りがつきそうな術式の設計図。その紙面から目を離さぬまま、ハワードは問うた。
『で、だ。誰なんだい、オタク』
 襤褸布のようなローブに身を包んだその男は、悪びれもせず肩をすくめる。
『さて。それを聞かれると少々困るんですよ』
『ア?』
『何せ名前なんて幾つもある上に、名乗ったところでさしたる意味もありませんので』
『ンだそりゃ。オタクはそれでイイかもしれんがオレぁ困るんだよ。名無しだの顔無しだのじゃあ締まらねえだろ』
 座り心地だけはいい椅子を回転させ、ハワードはようやく男に向き直った。一区切りついたのだ。
 フードの奥で、くつくつ、と音がした。笑ったのだろう。表情も相貌も伏したまま、顔も名前も無い――無貌の男《フェイスレス》は言った。
『では……取りあえず、フリードリヒとでも名乗っておきましょう。今となっては何の意味もない単語ですが、ね』
『ハン、良くある名前だな』
『はは、これは手厳しい。では「スティレット」という組織名は、如何でしょう?』
 ぴくりと、ハワードの眉が動く。
 スティレット。知らぬ筈が無い。数多の魔術組織が頭を悩ます――そして恐らくは水面下で繋がりを持っている、秘密結社。
『……ま、多少はな。で、そのスティレットのフリードリヒ殿が、こんな掃溜めに何の用だい』
 にぃ、と。
 フードの奥で無貌の男は、フリードリヒは笑みを深めた。
『プロジェクト・ヴォイド。鍵の石の製造に、ご協力願えませんか?』

◆ ◆ ◆

「喰らえェェェェェェェッ! ザイィィィドギャリガァァァァァァァン!!」
 進路上のタイプ・ホワイトのみならず、味方機の無人機すらをも吹き飛ばしながら、ハワード・ブラウンの操るインターセプターが迫る。
 デルタ・バスター。セカンドフラッシュがこの人造Rフィールドへ突入する際にも、展開していた突撃術式。円錐状のフィールドを回転させ、空を掘削しながら突き進む光のドリル。タイプ・ホワイト部隊がそれを阻もうとしているが、銃撃は弾かれ機体はブチ抜かれている。インペイル・バスターの類型とあらば、そうもなろう。
 ましてやハワードはスレイプニルの重要箇所へ狙いを付けているのだ。上部、舳先の部分――丁度尖塔のように聳え立つ中へ隠された、秘密格納庫へと。
 そもそもスレイプニルは、大まかに分けて三つのブロックで構成されている。
 託宣の部屋、及びメインエンジンが存在する下層。
 合体したグロリアス・グローリィ本社や、艦船としての機能が集中している中層。
 そして主砲と、ザイード・ギャリガン以外の者の侵入を禁止していた区画のある上層。この三つだ。
 こうした構造を理解している裏切り者《ハワード》ならば、成程上層へ突撃を敢行するのも道理だろう。中に何があるのか知らなくとも、こちらへダメージを与えるには一番の標的だからだ。
「……いや。そんな上等な理由でもない、か?」
 剥き出しの激情を隠さぬまま、一直線に迫り来る光の螺旋。スレイプニル本体の砲台群でそれを撃ち落とすのは、そう難しい事ではあるまい。
 あるまい、が。
「せっかくなら、相応の歓待をしないとね」
 ぱきん。ギャリガンが指を鳴らす。
 ごうん。分厚い隔壁が、音を立ててて開き始める。
 右、左。ゆっくりとスライドする扉。入り込む外気と、飛び込んで来るRフィールドの赤い光。ギャリガンは目を細める。細めながら立体映像モニタ群を消去して、右手を掲げる。
 その背後。暗闇に隠れていた鋼の巨人が、ギャリガンとまったく同じく右手を掲げる。
 そして、ギャリガンは言い放つ。
「雹嵐《ハガラズ》」
 放たれる絶対零度。
 巨人の右掌から放たれた嵐は、瞬く間にハワード機の進行上で像を結ぶ。
「な」
 生まれるは巨大な氷塊。あまりにも場違いなそれに、ハワードは一瞬驚く。だが、その表情は即座に凶暴な笑いへ変わる。
「ナメてんのかオラァァ!」
 衝突。掘削。タイプ・ホワイトを一撃で葬り去るデルタ・バスターの直撃は、氷塊を一瞬で破壊――出来ない。
「なァッ!?」
 光の螺旋越しにハワードは知る。これはただの氷ではない。霊力と高度な術式が織り交ぜられたそれは、破砕された瞬間から再凍結しているのだ。だから破壊しきれない。どころか、進行速度すら減衰している。
 これ程の威力。これ程の術式。ギャリガンの持つ手札の中で、それが出来うる存在を、ハワードは一つしか知らない。
「オー、ディン――!」
 だが、その名を言い切るよりも先に。
「閃断《テイワズ》」
 未だ開ききらぬ秘密格納庫の奥、放たれた二撃目が氷塊ごとハワード機を両断した。

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【神影鎧装レツオウガ 裏話】
ハワード・ブラウンについて(2)

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