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フレイムフェイス 第十三話

猛撃のディープレッド (7)


カドシュは輸送車両から降りる。駐車場には車こそあれ、人の姿は見当たらない。皆息をひそめているのだろう。見回せば、周囲の建物からこちらを見る目が見つかるかもしれない。

「……」

だがカドシュにそんな事をするつもりはない。先程車内で行ったフレイムフェイスとのやり取りを、もう一度思い返していたからだ。

◆ ◆ ◆

「……そういえば。アンバーは分かりましたけど、俺はどういう基準で選ばれたんですか?」

カドシュとしては何気ない、空気を変えるための一言。
 だがフレイムフェイスの声は、真摯さをやや増した。

「そうですね、色々ありますが。理由の一つは、スクリーニング検査に合格したからです」
振るい分けスクリーニング? それは、戦闘能力とかで?」
「それも要素の一つではありますね。ですが、最重要項目ではありません」
「まあ、そうですよねえ。俺より腕の立つ隊員はいっぱい居ますし」
「はっはっは。それ以上に重要な項目ですよ。まあ今は詳しく話す時間が無いので搔い摘みますが、この国は――輪海国エルガディアは現在、滅亡の危機にあります。何も手を打たなければ、全ての人が確実に絶滅するでしょう」
「え」

あまりにさらりと出た一言に、カドシュは絶句した。

「え、それって、えっ、いつです!?」
「およそ百年後」
「ひゃ、っ」

またもやさらりと出た一言に、カドシュはもう一度絶句した。

「それは、随分と……早い話ですね?」
「はっはっは。困惑するのは分かりますよ。ですが、僕にとってはそう未来の話でもないのです」

緩やかに回転する画面内のフレイムフェイスアイコン。デフォルメされた横顔は、どこか遠くを見ているようでもあった。

「なので、この先のおよそ百年……出来れば六、七十年目くらいを目安として、僕は輪海国エルガディアへ新たな仕組みの取り入れを完了したいと思っているのです。全ては世界を守るために。どんな手段を用いてでも」
「……ひょっとして、その新たな仕組みの一つが、ネイビーブルーの設立ですか?」
「そうです」
「その中に、俺やアンバーが選ばれた?」
「そうです」
「さっき言われた、世界を守るために?」
「最終的には、そうです。新たな取り組み。新たな安全保障。段階を踏んでなるべく適切に進めていきたいとは思っていますが……どう進めようと、既存の色んなしがらみと衝突する事態は避けられないでしょう」

緩やかに減速する車両。目的地が近い。

「それは、統治機構システムと?」
「そうです。加えて、あらゆる人々とも」

ぴたりと、アイコンの回転が止まる。
 顔無きフレイムフェイスの眼差しが、カドシュを見据える。

「そして恐らく、アナタもその中の一人なのです」
「俺、も?」

困惑するしかないカドシュは、聞き返す。

「どういう、事です? 俺は、アナタに助けられた。ネイビーブルーへの参加にも、そりゃ困惑は少しありましたけど、納得してます。疑問や不満は……ありません」
「本当に?」
「……そんなには」
「はっはっは、正直でよろしい。では、こちらも正直に答えましょう。疑問や不満は、きっとこれから巨大化していきますよ」

言葉を切り、ホロモニタごと消滅するフレイムフェイス。同時に停止する輸送車。目的地に到着したのだ。
 一つ、カドシュは息をつく。

「……その意味を聞きたいところですけど。どうやら、行動した方が早い感じのようで」
「そうですね。理解が早くて助かります」

かくてカドシュは外に出た。そうしてフレイムフェイスの指示の下に公園を進み、スティアとリヴァルに相対したのだ。

◆ ◆ ◆

「見つけたぞ、『乗合馬車キャリッジ』」

かくて噴水を挟む形で、フレイムフェイス達とリヴァル達は相対した。腕のプレート内にフレイムフェイスを表示させているカドシュの表情は硬い。今すぐにでも腰の銃へ手を伸ばしたい。そんな本音が滲み出ている。
 だが、それはこちらも同様だろう。

「ネイビーブルー!? どうしてここに……!?」
「ああ、良いのさスティア。プランBの方がやって来たってぇ話さ」

機先を制するリヴァル。もう少し遅ければ、スティアは得物を取り出していただろう。あるいはもっと物騒な代物――巻物スクロールを。

「な、にを言ってんのよリヴァル! 私達は『乗合馬車』で! この世界の敵でしょうが!」
「それが、そうとも限らないのですよねえ」

横合いから声。スティアが顔を上げれば、視線の高さに浮かぶ一枚のホロモニタ。映っているのは紫の炎の中に浮かぶデフォルメされた仮面の3D画像。即ち、フレイムフェイスであった。
 なおモニタの後ろにはプレートからそれを投影するカドシュが立っている。いつの間にか近付いていたのだ。

「ん、な」

目を白黒させるスティア。疑問は、言いたい事は、山のようにある。
 何より、スティアが確認したいのは。
 フレイムフェイスが、マット・ブラックなのか、どうか。

けれどもそれを口にするより先に、フレイムフェイスはリヴァルへと向き直る。

「ようやく……ようやくお会いできましたね。『乗合馬車』の方」

そして偶然にもギューオと相対した分体と、まったく同じ言葉を口にした。

「そうだな。中々の綱渡りだったが……するだけの価値はあったワケか」

対するリヴァルの答えは、ギューオのそれとはまったく違う。
 その言葉の意味に。スティアとカドシュは、同時に気付いた。

「どういう事なん……いや、もしかして」
「まさか、アナタ達二人、知り合いだったって言うの!?」
「そうなるな。ま、直接ツラを合わせたのは流石に今日が初めてだけどよ」

言って、リヴァルは笑う。それからフレイムフェイスを見る。

「ま、そういう訳だからよ。手早くプランBの開始、と行きたいんだが……」
「流石にそれはちょっと急ぎ足でしょう。まずはお互い、仲間に話を通さなければ」
「あ、当たり前でしょ!? ホントに一体何がどうなってんのよ!?」

声を荒げるスティアとは対照的に、カドシュは静かに確認する。

「隊長。さっき、どんな手を使ってでもエルガディアを守る、と言ってましたけど。まさか」
「そうです。『乗合馬車』の内通者。彼と接触する事が、そもそも本日ネイビーブルーの出撃を強行した理由でした」
「どういう、事ですか」

声が震える。エルガディアを守るためには手段を問わない、と確かに彼は言った。カドシュ自身、それは理解していたつもりだった。

けれども、それが。
 こんな形をしていたとは。

「ああ。ソイツぁ、俺が話した方が早そうだな」

加えて、カドシュに答えたのは。
 よりによって『乗合馬車』である垂れ目の男――リヴァルであった。

「とは言え、どこから話したモンか……そうだな。ニイちゃんはこの世界が、エルガディアがあと百年でヤベえ事になるってのは、知ってるかい」
「ニイちゃんじゃない。俺の名前はカドシュ。カドシュ・ライルだ」
「ハハ。ソイツぁ悪かったなニイちゃん。で、知ってんの?」

悪びれないリヴァル。フレイムフェイスはどうしてこんな奴と接触する気になったのか、カドシュには理解出来なかった。

「ああ、まあな」
「なら話は早い。エルガディアの外……俺らの世界も、実は同じくらいにヤバくなってんだよ」
「へえ? じゃあそっちは何年で滅びるんだ? 五十年? 三十年?」
「いや一年」

しれりと言うリヴァル。言葉を失うカドシュ。
 スティアは二人を見比べてから、静かに眉をひそめる。

「まあ、そうね。確かに間違ってはいないけど」
「言いたい事は分かるが、細かいすり合わせは後でな。全部説明するには時間が足りなさすぎる」
「分かってる」
「どう、いう、事だ」

困惑するカドシュを見やりながら、リヴァルは肩をすくめる。

「つまりだ。俺ことリヴァル・モスターは、『乗合馬車』主任のギューオ・カルハリが関知してない独自の計画を持ってるのさ。『海』の中と、外。二つの世界を救うための計画をな」
「な」
「でしょうね」

絶句するカドシュとは対照的に、スティアは首を振った。呆れているのだ。

「驚かないな?」
「驚いてるわよ。それ以上に怒ってるだけ」
「その辺は、言い訳のしようもないですねえ。事は秘密裏に進める必要がありましたから」
「い、や。ちょっと、待って下さいよ!」

と、ここでカドシュが声を荒げた。困惑をとりあえず思考の隅に追いやる。

「そもそも、ええと……どこから……そう、アンタ。リヴァル・モスター!」
「はいはい。何ですかねカドシュ・ライル」
「アンタは、どうして、ギューオとかいう主任とは別の計画を通そうとしてるんだ!? 『乗合馬車』なのに!」
「逆、逆。『乗合馬車』だからさ」

素気無く、リヴァルは返した。

「ギューオ・カルハリ。クレイル・フォー。スティア・イルクス。そして俺、リヴァル・モスター。この四人はそれぞれ、エルガディアの『海』の外にある勢力から、代表として一人ずつ選ばれた連中なのさ」

内容とは裏腹に、他人事のような語り口であった。


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