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ギガントアーム・スズカゼ 第七話

 ウォルタール内部、ギガントアーム格納庫。ハンガーに鎮座する日本刀形態のスズカゼ以外にも、並ぶ機体の姿があった。
 数は二。脚部と背部を固定具で固められているギガントアームの名は、グラウカ。ただし今まで戦闘した個体とは異なり、装甲はライトブルーを基調としたものになっている。
 よく見れば装備も違う。右腕と左足に銀色の装甲が追加されているのだ。
 この二機は鹵獲機ではない。ウォルタール発進時、既に搭載されていた実験機である。
 そうした機体群を見下ろせる位置、格納庫の天井付近に、大きなガラス窓で繋がる部屋がある。各種整備や発進管制などを行う制御室だ。

「ふ、う」

 その一角。十数枚のホロモニタに囲まれながら、ウォルタール整備主任のマッツ・アリンは一息ついた。モニタに映るのは、全てギガントアーム・スズカゼの戦闘記録だ。

『アリン整備主任。アナタにギガントアーム・スズカゼのデータを預けます。あの機体は、まだまだ未調整な部分が多い。その辺を可能な限りアップデートして欲しいのです』

 つい数時間前。スズカゼのコクピットから降りるなり、ティルジット・ディナード四世はそう言ったものだ。これは要するに、戦闘準備である。

「まったく若も無茶を言いなさる」

 独りごちるマッツだが、しかし口端には笑みが浮かぶ。コクピットが開いた直後、ジットが見せた表情。あれ程楽しそうな若を見たのは、果たして何時ぶりだろうか。
 招かれざる客、ミスカ・フォーセル。
 異邦人、加藤一郎。
 認めたくはないが彼らがジットの計画と、何より心へするりと入り込んだのは、事実であった。
 それにしても、とマッツは窓越しに格納庫を見下ろす。ジット自身が色を指定したライトブルーのグラウカ・カスタムタイプ。それに用いる筈だった装備を、スズカゼは先の戦闘で使用した。腕部と脚部に現れた、増加装甲一体型のビームガンとパイルバンカーがそれである。
 召喚武装というカテゴリに入るそれらの武器は、本来グラウカ・カスタムの腕部及び脚部にある銀色の部位――ハイブリッド・ミスリルを介して行われる筈だった。高い頑健さと魔力貯蔵能力を持つ魔法金属だからこそ出来る芸当だ。
 ウォルタールにはビームガンなどの他にも数々の召喚武装が搭載されており、これらを瞬時に切り替える事で高い適応力が発揮できる事を本来のグラウカ・カスタムには期待されていた。それが表向きに発表されたウォルタールの建造、及び発進理由だったのだ。
 その効果自体は実証された。が、それはスズカゼというたまたまハイブリッド・ミスリルを搭載していた別の機体が行ったものだ。加えて召喚システムへの接続認証を出したのが若君ことティルジット・ディナード四世なのだから、たまらない。

「ま、いつもの事だがのう」

 溜息一つついてから、マッツは改めてモニタへ向き合う。与えられた任務を、スズカゼの戦闘データ整理及びアップデートを行うために。
 そうした一連の作業を行うコンソールが、今まさにまったく別の場所からクラッキングを受けている事に、マッツは気付いていない。

◆ ◆ ◆

 それはとても壮観で、不自然な眺めだった。
 ここにはかつて、崖の切り立つ山の峰々があったのだ。
 名をグレイブロック山地。その名の通り灰色の岩を積み上げたような山脈は、イーヴ・ラウスの歴史において幾度か激戦の舞台となった。ザントイルとシャエーラ、長く対立していた二国の国境に陣取っていたとあれば、むべなるかな。
 現在、そのグレイブロック山地には二国を結ぶ山道が走っている。長く、緩やかな峠道。坂の頂点にはザントイル軍の国境警備基地があり、その中で最も背が高い司令塔からは灰色の山々と、裾野から広がるザントイルの風景が見えたものだ。
 そう、ザントイル国。かつて彼が、トーリス・ウォルトフが所属していた国。
 その風景が、今は無い。
 山の灰色は辛うじて中腹くらいまで残っているが、そこから先がごっそりと無くなっている。
 正確には、塗り潰されてしまっているのだ。ただ一色のオレンジ色に。遠く、衛星軌道上から見下ろせば、このオレンジ色が国家を一つ吞み込む程に巨大な六角形である事が分かっただろう。
 そうした風景を司令塔から見やるトーリス・ウォルトフは今、幸福だった。彼がこの世に生を受けるずっと前から、堆積し続けていた国家間対立。それが今、消失しているからである。
 トーリスもかつて、シャエーラ国との戦争に身を投じた。幾つかの戦地を転々としたが、中でもグレイブロックはあまりに感慨深い場所だ。ディスケイン――グラウカの一つ前の世代のギガントアームが、当時のトーリスの乗機であり。
 駆け回り、飛び回り。
 斬って、斬られて。
 撃って、撃たれて。
 殺して、殺された。
 そう、殺されたのだ。トーリス・ウォルトフは一度死んでいる。少なくともその時の同僚はそう判断したし、トーリス自身も額を大きく抉られた瞬間を覚えている。

「あの爆発。まるで、迫る壁だったなァ。」

 他人事のように呟いて、トーリスは額をさする。そこには抉れどころか、小さい傷一つ存在しない。当たり前だ。そもそも最初から存在しなかったのだから。
 だがトーリスを先端医療、と言う名の実験施設へ送る事となった戦争は、間違いなく存在した。一応の決着を見てもいた。
 そう、一応だ。確かにここ数年、ザントイル国とシャエーラ国の緊張は小康状態だった。エルガディアやアクンドラと言った、他国からの圧力があった事も大きいだろう。
 だがそれは結局、どちらの国も武力を蓄え、隙を探り合う薄氷の拮抗でしかなかった。二国のわだかまりは、グレイブロック山地にあるどんな山よりも、うず高かったのだ。
 うず高かった。これもまた過去形だ。
 ザントイルとシャエーラの二国は今、歴史上最も静謐な状態にある。エルガディアからもたらされたあの超巨大の六角形フィールドが、それを成したのだ。
 そして現在のトーリス・ウォルトフは、その静謐を守る立場にある。
 それが一体何を意味しているのか、トーリスには理解できない。ただ納得と、高揚と、使命感だけがある。
 それは彼にとって、とても幸福で。
 とてもとても、幸福すぎる事であった。
 疑問を挟む余地なぞ、微塵もないくらいに。
 そんな幸福なトーリス・ウォルトフは、窓際から通信用大型コンソールの前へ移動する。腰を下ろす。
 つきっぱなしのモニタは、先程メールを出した時と何も変化がない。じれったい話だ。データの提出を求めたのはそちらだろうに。
 腕を組み、トーリスは周囲を見回す。辺りに浮かんでいるのは、コンソールと連動する幾枚ものホロモニタ。魔力によって宙を回遊する四角形の群れ。
 写真、動画、解析データ。形式は様々だが、四角形に映る対象は全て同じだ。
 トーリスの指揮下にあったグラウカ部隊、それを二度に渡って退けたギガントアーム・ランバ。今はスズカゼとかいう異界の名をつけられたアンカータイプの調査が、今のトーリスの仕事であった。
 部下はいない。トーリスが今いる司令塔に、彼以外の人影はひとつもない。のみならず、そもそも国境警備基地内に人の姿が全くない。居るのはただ一人、コンソール前に座るトーリス・ウォルトフのみ。
 この基地の大部分を占拠しているのは、耳の痛くなるような静寂と。
 凡そ常軌を逸した、破壊の痕跡のみである。
 そう、破壊だ。基地の西半分は、まずクレーター状の大穴にごっそりと抉られて灰色の地面を晒している。更にそこから同心円状に破壊された施設残骸が横たわっていて、その最外周部にトーリスの今いる司令塔が立っている。そしてその司令塔を境として、東半分は奇麗に形が残っている。
 この異様な破壊の痕跡は、昨日や一昨日に行われたものではない。およそ一年前、エルガディア魔導国から放たれたランバの同型機――アンカータイプによる攻撃の跡なのだ。
 一年前、トーリスはザントイル国を見下ろすこの基地に、己のアンカータイプと共に着弾した。そして、一気呵成に制圧。そこからザントイルを飲み込む巨大六角形が完成するまで、三日とかからなかった。素晴らしい戦力、素晴らしい戦果。
 しかしてその中核をなしたトーリスのアンカータイプは、今この場に無い。名前通りのアンカーとして、眠っているのだ。
 而して、奇しくも同じ三日前。交戦した六機目のアンカータイプ、ギガントアーム・ランバ。一度目の遭遇戦闘といい、二度目の威力偵察といい、グラウカタイプだけでは相手にならない事が良く分かった。
 アンカータイプへ抗する為には、こちらもアンカータイプを用意する必要がある。ウォルタールに潜り込んでいるスパイ共々、一致した結論であった。
 故にトーリスは戦闘データを纏め、エルガディア魔導国へ上申した。ギガントアーム・ランバへの対処方法を。スパイがクラッキングで手に入れたギガントアーム・ランバの解析情報は、それをする上でとても役に立った。
 そうして、そろそろ一日。
 不意に、コンソールがメールの着信を告げた。

「おっ、来た来た来ましたよ」

 即座にモニタへ表示するトーリス。文面と添付データは、まったくもって予想通りのものだった。

【貴官の意見を了承する。ウォルタール撃破、およびギガントアーム・ランバの鹵獲ないし破壊のため、アンカータイプの使用を限定解除する】

 長々とした文面であるが、要はそう書かれていた。そして添付データはブランケイドの封印を解くためのプログラムだ。トーリスはこれを待っていた。一も二もなく実行。基地に残っていた半壊アンテナがどうにか顔を上げ、ザントイル国を覆いつくす超巨大六角形へ、信号を照射。異変は直ちに起きた。
 僅かな傷のひとつすらなかった六角形、その天面がにわかに波打ったのだ。嵐の海のように渦巻くオレンジ色は、やがて中央に巨大な竜巻じみた柱を形成。その柱を断ち割って、巨大なシルエットが姿を現す。
 太く、巨大な持ち手。恐ろしく肉厚の両刃はハイブリッド・ミスリルで作られており、三日月型に歪曲している。赤い装甲の要所には、ランバと似た雰囲気の継ぎ目が存在している。同じ機構を備えたギガントアーム――アンカータイプなのだ。
 その名を、最新の愛機の名を、窓越しにトーリスは呼んだ。

「相変わらず惚れ惚れする刃だな、ギガントアーム・ブランケイド」

◆ ◆ ◆

 その、三日前。
 グラウカ部隊を退けたギガントアーム・スズカゼの仮想コクピットにて。
 一郎の部屋を模した六畳一間には中央にちゃぶ台があり、それを三人のパイロットが囲んでいる。言わずもがな加藤一郎、ミスカ・フォーセル、ティルジット・ディナード四世の三名だ。
 そのうちの一人、加藤一郎は神妙な顔でちゃぶ台を見下ろしながら、コメカミに指をあてていた。

「妙な仕草だな」
「良いだろ別に、集中する時のクセだよ。ええと……こんな、ところで、どうだ?」

 言葉通りに一郎は集中する。意志に呼応し、魔力が集まる。ちゃぶ台の上へ寄り集まり、形を成す。
 そうして現れたのは、幾つかの袋菓子であった。地球のコンビニやスーパーで売られているアレである。

「わ、出た出た! 一度食べて見たかったんですよねー! いただきまーす!」

 ジットは早速袋の一つを開け、スナックをつまんで口に放り込んだ。

「へぇーおいしい! こんな味なんですねえ!」
「食べた事なかったの?」
「なかったんですよ。そういう機会が無くて」
「うん、確かに良くできている。僕も向こうで食べた味だ。流石は本場地球人の記憶を参照しただけある」

 見ればミスカも袋を一つ開けて中身をつまんでいる。手元にはいつものジュース。炭酸はじけるカラメル色。異世界だというのに学生時代さながらの呑気加減。
 それが改めて、今更ながら、一郎を不安にさせた。

「てか、大丈夫なのかよ」
「何がです? あ、カロリーですか? ここは仮想空間ですから味や食感を疑似的に感じるだけです。大丈夫ですよ」
「そうなんだ。いやそうなんだけどそうじゃなく」
「ならなんだ」

 言いつつ、ミスカは二袋目を開けにかかる。

「そりゃあ、って食べるの早いな」
「美味いからな。それより疑問はどうした加藤」
「そりゃオマエ、アレだよ。こんな呑気してて良いのかって事だよ。経緯はどうあれ、今の俺達って巨大ロボに乗ってるじゃん?」
「そうだな」
「で、ジットくんの話によると、なんでか良く分かんないけど、身内にスパイがいるらしいと」
「そうですね」
「そんな状況なのにスズカゼから降りずにこんな事してたら、怪しまれるんじゃあないの?」

 さも当然な地球人の疑問に、しかしイーヴ・ラウス人の二人は顔を見合わせる。
 それから、同時に笑った。

「? 何だよその反応。俺おかしな事言ったか?」
「そうではないが、まあその疑問も最もだな。そうだな……ああ、丁度いい。加藤、あれを見ろ」
「どれを?」

 ミスカに示されるまま、一郎は振り返る。そこにあるのは巨大なモニタ。スズカゼの戦闘制御システムの一部であり、未だにメインカメラから繋がる映像が映りこんでいる。
 先の戦闘によって滅茶苦茶に木が倒れた森。その合間に倒れ伏し、火花や煙を噴き上げるグラウカ部隊の残骸。

「あれが何だって……うん?」

 一郎は違和感に気付いた。
 火花。煙。そして遠くの空を舞う鳥の影。
 それら全てが、凍り付いたように静止しているのだ。

「何これ? 静止画像?」
「違う。この仮想空間内では現在、外界と比べて三万倍の速さで時間が流れているんだ」
「え、そんな事までできんの魔法って」
「勿論だ。相当量の魔力を消費するがな」
「十分に発達した魔法技術は、化学と見分けがつかないというワケですね」

 にこやかに言いながら、ジットはまた一つ菓子をつまむ。

「はぁ……てか、スパイ対策? いるかいないか分かんない相手の為に、ホントにここまでしなきゃなんないわけ?」
「勿論。むしろこれでようやく一息付けた感じですよホント。こんなにリラックスできるのいつぶりかなあ」

 ニコニコ笑いながら、途方もない事を言ってのけるジット。つい忘れてしまいそうになるが、そもそもここは戦場の只中にある戦闘兵器のコクピットだというのに。
 改めて彼の半生を、一郎は想像する事さえ出来なかった。

「実際、ディナード四世の警戒は正しい。加藤、覚えているか? そもそもこの世界の、イーヴ・ラウスの現在の有様を」
「え? ああ一応。なんだっけな、でっかい六角形がたくさん張り付いてて、変なサッカーボールみたいになってたよな」
「サッカーボール。ふふ、言い得て妙ですね」

 掲げたジットの手の上、不意に現れる小さなサッカーボール。これもまた魔力による編み上げ。机上でもてあそぶ。

「その通りだ。ではその六角形を作り出した原因はなんだ?」
「? ギガントアームなんだろ? スズカゼ以外の」
「そうだ、それもアンカータイプと呼ばれる最新型のな。では、それを踏まえてもう一歩踏み込んで聞こう」
「何だよ相変わらず持って回るな」
「エルガディア魔導国が、アンカータイプを造り出せたのは、何故だ?」

 一郎は、ミスカの言葉の意味を計りかねた。

「……? つくったから、だろ?」
「食料や芸術作品ならそれで通っただろう。だが、ギガントアームは兵器だ。加藤の物差しに合わせるなら、戦車や戦闘機……いや、戦艦や巡航ミサイルに例えた方が良いだろうな」
「え、そんなデカいカテゴリのもんなの!?」
「そりゃそうですよ。スズカゼだってアンカータイプなんですから、理屈上は同じ事が出来る筈です」

 勿論させませんけどね、と付け加えるジット。

「もっとも建造当時はそんな事が出来るとは、世界の誰もが考えなかったろう。だがそれでも、エルガディア魔導国が常軌を逸した量のハイブリッド・ミスリルを急ピッチで輸入、あるいは製造している事は明白だった」
「ストップ、ストーップ」
「なんだ」
「そもそもそのハイブリッド・ミスリルって何? ヤバいもんなの?」

「勿論だ。使い方によるがな」
「一郎さんは覚えてますか? スズカゼの両手足に銀色の箇所があった事」
「あー」

 ジットの指摘に、一郎は思い返す。

「そういやあったね、日本刀形態だと刃だった銀色の部分」
「その銀色がハイブリッド・ミスリルです。非常に高い魔力の伝導性と貯留性を両立するこの特殊合金は、イーヴ・ラウスの魔法技術を大きく変えました」
「そう言われても地球人だから良く分からんのだけど」
「そうですね……十キロほどあれば、グラウカ一機を丸一日戦闘行動させられる程度には魔力を蓄えておけます」
「あ、確かになんか凄そう」
「そうだな。ハイブリッド・ミスリルの出現は、それまで大いにされていたクレストマジックの研究へ、更なる拍車をかけた」
「また知らない単語が出て来た」
「いや。見た事はあるし、使ってもいるぞ加藤」

 断定するミスカ。一郎は面食らった。

「? 身に覚えはございませんが?」
「かつては口頭で詠唱されていた呪文。それを魔力伝導性の高い金属に刻み、それへ魔力を流す事で同等の効果を得られる方策……クレストマジック理論が作られたのが、今からおよそ百五十年前。以後様々な素材や方策が開発された訳だが、現状でその最高峰素材と言えるのが、ハイブリッド・ミスリルと言う訳だ」
「ふうん。魔力を流すだけで魔法が……使える?」

 言って、一郎は気付く。
 それはまさに自分がスズカゼを操縦した時の事、何より魔力による仮想空間に居る今この状況そのものではないか。

「そう言う事!?」
「そう言う事だ。さて加藤、ギガントアーム・スズカゼにはそのハイブリッド・ミスリルがどれだけ使われていると思う?」
「そりゃあ……」

 改めて思い返す一郎。たかだか十キロ程度でも普通のギガントアームなら十分な稼働を果たせるハイブリッド・ミスリル。
 スズカゼはその特殊素材が、両手足の一部を覆う程の量を使っている。

「……たくさん?」
「……。その通りだな。正確な回答に感謝する」
「わー何かムカつく」
「より正確に言えば「通常ではありえないくらいたくさん」ですね」
「ふぅん。でも、それが何か問題なのか? 大量に輸入ってのは、つまりたくさん買ったって事だろ? 儲かったんじゃないの他の国」

 と、一郎が言った直後。
 ミスカとジットは、何とも言えない表情を浮かべた。

「な、なんだよその「コイツなにもわかってねえな」って感じの顔は」
「気にするな。「コイツなにもわかってねえな」と思っただけだ」
「しょうがねえだろ地球人だぞコッチは!」
「いやぁ……これに関しては地球でも同じ土台の上にある理屈なんですけどねえ」
「ああ。ハイブリッド・ミスリルは、いわゆる戦略物資に該当するものだ。そうだな……」

 こつ、こつ。
 リズミカルにちゃぶ台を指で叩いたミスカは、不意に思いついた。

「……そうだな。例えるならハイブリッド・ミスリルとは、運動会の玉入れに使われる玉なんだ」
「おーなんか一気に身近になった」
「知っての通り、玉入れは玉が多ければ多いほど有利になる。しかしこれが戦略物資に、ハイブリッド・ミスリルになると話が変わって来る」
「ああー、国ごとの生産力によって玉の数が変わっちゃう感じか。合金って事は工業製品だもんな」

 ようやく少し飲み込めた一郎は、ついでに飲み物を一口すする。

「それだけならまだ良いんだがな。この玉入れの勝敗が決めるのは、赤組白組の優劣ではない」
「そう。国家の趨勢、そのものです」

 言い放つジット。その視線はミスカへ向いている。潜在的には敵である、エルガディア人の戦士の下へと。
 ミスカはその視線を無言で受ける。互いに牽制をしあっている、アクンドラ人の為政者の下へと。

「このため各国は様々な条約によって戦略物資の保持を縛ってきました。ことハイブリッド・ミスリルに関しては、相当に厳格に。地球で言うミサイルみたいなものです」
「だが一年前、エルガディア魔導国はそのハイブリッド・ミスリルを大量に搭載したギガントアームを完成させた。しかも一度に六機。あまつさえイーヴ・ラウスに甚大な混乱を引き起こした。何故、そんな事が出来たのか?」
「あー……! だからスパイが関わって来る訳か!」

 膝を叩く一郎。ミスカとジットも頷く。

「そういう事だ。ざっくり言うと、だがな。他にも大きな要因は幾つかあるし」
「あるのかよ。なんかイヤだなそれ」
「先程からスパイと一口に括っていますが、詰まる所連中は、世界を震撼させる程の陰謀を成功させた者達の走狗です。そして今、ウォルタール内にいるそうした連中を、一網打尽にする絶好の機会がある」

 ジットはサッカーボールを握る。小さな疑似存在は、紙のようにくしゃと潰れて消えた。

「逃す手はない訳です」
「……で、具体的にどうするワケ」
「向こうが重点クラッキング対象していると予想される端末。そこで情報整理を行わせ、故意にスズカゼの情報を敵方へリークします」
「え、大丈夫なのそんな事して」
「勿論」

 きっぱりと言い切るジット。
 その顔には、とても楽しそうな笑顔が浮かんでいた。


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