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黒面の探索者 BlackDiver 第五話

CASE01 人類特使誘拐未遂事件(5)

 軽い身体検査を受けた後、スティアは攻略拠点内の椅子の一つに座っていた。霧幻迷宮《ゾーン》攻略のオブザーバーとして、マット・ブラックに同席を求められたのだ。
 医療担当らしい白い鎧套《メイルコート》の獣人《ビースト》は渋い顔をした。スティアが霧幻迷宮に影響されていないか、懸念があるのだろう。

「大丈夫ですよ。人間《ヒューマン》は霧幻迷宮で身体が変異する事はありませんから」

 言いながら、スティアは苦笑したものだ。二百余年の断絶は、そんな基礎知識さえ摩滅させてしまったのか、と。
 そんな事を思い返しながら、スティアは改めて今いる場所を、攻略拠点を眺めた。

 外観は相当にシンプルだ。一言で表すと、等間隔に正方形の溝が切られた、のっぺりとした金属の床。それがほぼ全てであった。巨大な牽引コンテナが開いただけなのだから、当たり前ではある。

 中央にはテーブルのような外観をした大型モニタがあり、タリク隊長は先程からこれをせわしなくタッチしたりスワイプしたりしている。するとテーブルモニタから光が走り、空中に大小様々なホロモニタが出現。マットを始めとした隊員達は、それに映る映像を見ながら状況を分析している。

 なお、スティアが今座っている椅子もタリクのスワイプで現れたモノである。床の一部がジャッキアップし、その上に術式で構成されたクッションが現れたのである。
 座り心地は悪くない。と言うか先程降車した一般隊員達も、こうした椅子に座っていたのだろうか。

 そんな事を考えていたスティアの眼前に、すい、と白いマグカップが現れた。

「どうぞ。粗茶ですが」
「あ、ありがとうございます」

 マットから渡されたそれを、スティアは受け取る。カップの中には、変異前の大使館でも見た緑色の液体が湯気を立てている。なんとこれがお茶であるらしい。つくづく『星の向こう』には奇妙なものが多いようだ。
 何にせよ、スティアは一口飲む。

「あ、美味し」

 呟いて、ようやく人心地ついた己をスティアは自覚した。次いで苦笑が漏れる。この世界に来てから振り回されてばかりなのだから、当たり前だ。
 それにしても、このお茶はどこから来たのだろう。

 見回して、すぐに見つかった。攻略拠点の端の方。そこに、いつの間にか給湯スペースが出来ていた。あれも椅子と同じく床下に格納されていたのだろう。

「……?」

 と、そこでスティアは妙な光景に気づいた。
 遠巻きに眺める一般市民達の多くが、こちらに情報端末《プレート》を向けているのだ。
 赤。青。黄。緑。一目で分かる。マットや隊員達が使っているものとは違う、華奢な作り。
 遅れて思い出す。あれは、そう、写真を撮っているのだ。

「はあ」

 ため息一つ。呆れ、よりも関心が強かった。何せ外の世界に置ける霧幻迷宮と言えば、互いの存続を賭した戦場の名前であった筈。
 だというのにこの世界に置いては、落雷や竜巻や地震と言った自然現象と同レベルなのだという。事前に知っていた事とは言え、中々に目眩のする事実であった。

 第一、撮った所でまともな写真なぞ望めないだろう。攻略拠点、及び補給拠点の四隅から立ち上っている光の柱が、その答えだ。
 この光柱は五メートル程上空へまっすぐ伸びた後、透明な天井を形作っている。とはいえ、そう見えるのはスティアが内側にいるからだ。

 内側。そう、四本の光柱は透明な保護壁と天井を作っている。と言っても、それらが人の出入りを制限する事はない。ただし空気の動きと雨水の侵入、何より壁の外からの観測は容赦なくシャットアウトする。

 だから一般人達の情報端末に、スティアや拠点の内部が映る事はない。カメラだろうと肉眼だろうと、ブロックノイズに似た霧しか見えない筈だ。それでも撮影を止めない一般人の心境が、スティアにはどうにも理解出来なかった。

「――さて。以上で情報の摺り合わせは概ね完了した訳ですが」

 そんな異文化にスティアが首を傾げている合間に、マットは情報を纏めていたようだ。なので、スティアは次にそちらを見た。

「結局の所、何もわからないと言うのが結論になってしまいますねえ。しかも犯人に目星すらつけられないのは中々痛いですね」
「仕方ないですよ。何せ大使館が霧幻迷宮の真ん中になっちゃってますからね。連絡を取るどころか、街頭監視カメラのデータを参照する事さえ出来ないのでは、どうにも」

 腕を組むカドシュ。その耳は元の人間サイズに戻っている。彼も先程変身を解除したのだ。

「誘拐犯共は、まだ眠っているんですよね?」
「ええ。全員、補給拠点の方へ収容済みです。ですが」

 言い淀むタリク。その理由は、スティアにも良く分かった。身体検査を受ける折、彼等は真横のベッドに横たわっていたからだ。
 頭から爪先まで血色の悪い肌。典型的な魔力欠乏症だ。どんな処置を施したとて、目覚めるには一日以上かかってしまうだろう。これでは尋問なぞ望むべくもない。

「犯罪者データベースでの顔認証検索は、どうです?」
「そちらも空振りです。もともと大した悪事もしてないのか、あるいは」
「『メイズ』によって精神を変調させられた被害者であるか、ですねえ」

 眉間に皺を刻むマットとタリク。そんな二人の隣で、カドシュは閃いた。

「あー……でも、過去の監視映像は参照出来ますよね?」
「? それは、もちろん」

 頷くタリク。その隣で、カドシュはテーブルモニタを操作。中空のホロモニタが数枚追加され、大使館周囲の過去映像が呼び出される。

「だったら話は簡単だ。まずは今日、大使館周辺の映像に誘拐犯達の顔データを合わせて……」

 カドシュはモニタをスワイプし、検索を実行。「お待ち下さい」の表記の上でデフォルメの馬車が荷物を運ぶアニメーションが表示。そんな画面は程なく切り替わり、結果が表示される。タリクは読み上げる。

「該当、なし」
「アレーっ?」

 頭をかくカドシュだが、すぐに次の案を思いつく。

「だったら、えーと、そうだ。ブラック三等特佐殿がお切断になられたあのライトバンが……あー、えーと……居た居た」

 早送りとザッピングを繰り返し、カドシュは見つける。指差したホロモニタの一枚に、マットが両断する前のライトバンが確かに写っていた。

「間違いないですね。ナンバープレートも一致します。拡大して見ましょう」

 次いでマットがテーブルモニタを操作し、ライトバンを拡大。術式による補正が入れば、誘拐犯の三人が車の中に確認できた。服装は全員同じ清掃用のツナギであったが。

「で、これが?」
「重要なのは、車体側面に書いてあるロゴです。ザミラ・クリーニングサービス。この会社自体の実体は……」

 カドシュは検索をかける。今度はヒットした。表示されるホームページ。カドシュはざっと改める。

「……見た感じ、ごく普通の清掃会社ですね。こちらの方々に連絡をとって、例の三人の誘拐犯達を知らないか、聴き込んでは如何でしょうか」
「成程。では早速――おい!」

 部下の一人を呼び止め、タリクは指示を伝える。部下は頷き、情報端末で通話を開始。情報がまとまるまでしばらくかかるだろう。なので、マット達の視線は別箇所を移すホロモニタへ向いた。

『変異被害者二名発見! 来るぞ!』
『GAAAAAAAAAAッ!』

 雄々しい叫びと共に、突っ込んで来る二体の変異獣人ビースト。それを迎え撃つのは、三人……いや、カメラ担当を入れて四人のZAT隊員達だ。
 彼らの名はセントラル第三方面軍ZAT第一小隊。変異した大使館へ侵入すべく、今まさに霧幻迷宮の攻略を行っている最中なのであった。

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