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フレイムフェイス 第七話

猛撃のディープレッド (1)

 同時刻。
 フレイムフェイス達が居るビルから、遠く離れたとある工場敷地内。入り口から程近い倉庫の屋根上。

「うぐっ」

崩壊する術式から投げ出され、叩きつけられる少女が一人。
 受け身もそこそこに、彼女は猫のように素早く体勢を立て直す。飛び退る。
 直後、巻き起こる爆発。空中で起きたそれは彼女の前髪を暴れさせ、手をつく屋根材を軋ませる。

「あーあ、悲しいなあ。どっかでなんかがトラブるだろうとは思ってたけど。それでもこんなに上手くいかないのは悲し過ぎるなあ」

言葉とは裏腹に無表情な少女は、ため息と共に埃を払う。それから立ち上がろうとして、ずいと突き出された大きな手を見る。

「何、最低限の目的は果たしたのだ。それだけでも十分な戦果よ。取り合えずはな」

偉丈夫である。
 長身に加え、筋骨隆々の体躯。それを包むは戦鎧套メイルスーツに似た戦闘服。
 赤い髪は短く刈りそろえられ、右コメカミから頬にかけて走る傷跡が凄みを添える。
 だが白い歯を剥き出す笑顔は人懐こく、爽やかですらあった。

「そう。ギューオがお墨付きくれるんだったら、とりあえずは良かったかな」

ギューオの手を取り、少女は立ち上がる。
 小柄な娘だ。すぐ隣の偉丈夫を抜きにしても小さく細い。ギューオと同じく戦鎧套に似た戦闘服。短い癖毛の金髪が中性的な印象を添える。
 だが、誰が知ろう。この娘こそが今の今までラージクロウを遠隔制御し、ネイビーブルーの面々と戦いを繰り広げた張本人であるという事を。

「で、改めてどう評価するクレイル。奴らの戦力」
「強い」

即答して、少女ことクレイルは言葉を改める。

「違うか、厄介。想定以上の速度と柔軟さで対応してくる。何なのあの新装備」
「そうだな、俺としても同意見だ。ましてや……む」

言葉を切るギューオ。階下を見やれば、作業着姿の者達が右往左往している。先程の爆発と、何より近づいて来るサイレン音を聞きつけたのだろう。
 そう、サイレン音。『海の向こう』で言う所のパトカーを思わせる音。サイア三尉の言葉通り、逆探知地点へと所轄がやって来たのだ。

「……ましてや、連中はそもそもこの輪海国エルガディア自体を味方につけている。今来ている警官共、防衛隊員、なんならすぐ下でおろおろしている一般人ですら俺達の敵だ」

ギューオは見上げる。広がるは一面の青色。
 空、ではない。そもそもエルガディアに本物の天候は存在しない。
 この青はエルガディア全体を、ぐるりと取り囲んでいる巨大構造物である。

この青が。
 この、青こそが。
 エルガディアを輪海国たらしめる、『海』なのだ。

小波立てながら緩やかに流動し続けるそれは、成程確かに海に似ている。
 だが違う。この海に生物はない。この海に水平線は存在しない。
 代わりにあるのはただ一つ、影である。

青色の奥。よくよく目を凝らせば、うっすらと何かが見える。遠く、近く、はっきりしない陽炎じみた何か。

道具が見える事があれば、動物が見える事もある。
 植物が見える事があれば、文献が見える事もある。

あるいはもっと大規模に、町や自然の光景が垣間見える事がある。
 具体的に観測できる事があれば、一部分しか見えない場合もある。

これが『海』の向こう。エルガディアとは異なる次元世界からもたらされる、情報断片である。
 この断片を解析して繋ぎ合わせ、再現あるいは魔法と組み合わせる事によって、エルガディアの文明は今日まで発展を続けて来たのだ。

「なんともはや。いつ見てもおぞましい世界である事よ」

ギューオは吐き捨てる。
 エルガディアの者達は知らない。この世界の在りようが、いかに不自然なものであるか。何を下敷きとして成り立ってしまっているのか。

「故に、エルガディアは滅びなければならぬ」
「あと一年で滅びる世界だとしても?」
「あと一年で、滅びる世界だからこそだ」

腕を組み、ギューオは断言する。

「エルガディア。歪な世界。不自然のカタマリ。これを支えるために何が礎とされているのか。誰も知らぬのだ。いつまでも続く筈がないと言うに、誰も彼もが目を逸らしている」
「厳しいなあ、いつもながら。リヴァルの事前調査では、逸らしてるんじゃあなくてそもそも知らないみたいっぽいけどね」
「ならば尚の事よ。悠長に構える余裕なぞ無し。速やかに目的を果たし、帰還を果たす……さぁて」

ギューオは腕を組み、改めて周囲を見回す。
 ここの名前はティンチ飲料工場。その敷地内に立ち並ぶ、倉庫のうちの一つの屋根上。ギューオ達はここから仕掛けたのだ。

選んだ理由は適当だ。最初のダンジョンに定めた建物から距離があり、敷地がそれなりに広く、入り口付近を見下ろせる場所がある施設を選ばせただけの事。リヴァルの選定眼は確かなものであり、状況は一目で理解できた。
 即ち。殺到する車両の群れと、右往左往する者達の姿が。

車両群は白黒と濃緑色の二種類であり、濃緑色車両の方が全体的に角ばっていてごつい。『海の向こう』で言う所の軍用車両を思わせる。
 降車した者達も二種類に分かれており、白黒から降りた者達は空色の、濃緑色から降りた者達は同じく濃緑色の戦鎧套をそれぞれ装備している。それぞれ『海の向こう』で言う所の所轄警察と軍隊に当たる者達だ。

そして空色の者共は工員の避難誘導を、濃緑色の者達はギューオ達に対する包囲と勧告を、それぞれ進めている。
 包囲の手際は見事なものだ。倉庫の軒下に濃緑色の車両が何台か停車すると、背部コンテナが変形展開。大規模な術式機構が働き、光の柱が射出。
 柱は即座に数十本の線へと分割し、更に伸びる。伸びながらツタのように倉庫壁面へと纏わりつく。それらが屋根上まで達した瞬間、光の線は固定。魔力のテクスチャを与えられ、実体化を果たす。

かくて現れたのは、屋根上まで一直線に続く上りやすい階段と、上った者が遮蔽を得るためと思しき厚い壁であった。
 一目で分かる。これはダンジョンの応用術式だ。籠城を速やかに無力化する利便性。直結車両運搬による機動力。しかも壁には銃眼があり、二方向からギューオ達を狙っているという素晴らしい布陣。流石は二百年近い時間があっただけの事はある。

しかし、見所があるのは技術面だけだ。

「ハァ」

耳をかきながら、ギューオはため息をつく。
 壁の向こう、銃を構える濃緑色共。君達は包囲されている、犯人と仮定する、逃げ場はない、直ちに降伏しろ。概ねそんな戯言をずっと繰り返している。

「どうしたの? 悲しくなった?」
「悲しいというか、馬鹿馬鹿しいな。目の前に明らかな敵が居ると言うに、壁の向こうから吼えるばかりよ。まるで犬だな」
「それだけお利口な犬って事じゃないかなあ。明確な攻撃判断が出来ないんだよ。こっちは攻撃してないし。破壊獣の操り主が誰なのか、確信が持てないから」
「成程、難儀な事だなお前ら。まあ最も――」

ギューオは見る。自分達の付近に、警官や隊員達が十分に集まった事を図る。
 そして、笑う。

「それこそが狙いなのだがな?」

打ち鳴らされる指。
 それを合図として、工場敷地の四隅から、魔力の光柱が立ち昇った。

◆ ◆ ◆

「ライド、オフ」

そのキーワードと共に、アンバーはフレイムフェイスの装着変身オーバーライドを解除した。
 異形の貌持つ英雄は、細かな魔力光となって分解消滅。入れ替わって地面を踏んだアンバーは、唐突にたたらを踏んだ。

「でか!? でっか! 私が! 私も!?」
「落ち着けアンバー、戻ったんだよ大きさが」
「へあ!? カドシュちゃん!?」

アンバーはカドシュと目を合わせ、次に忙しなく辺りを見回し。

「……あ、ああそっか。そうだったね」

はにかむように、笑った。

「――」

一瞬、カドシュは言葉を失う。
 十七年前――いや。彼女にとっては十年前と、変わらぬ笑顔。

「そう、とも」

絞り出すようにそう言って、カドシュはプレートを手に取る。交信相手を呼び出す。そうしなければ、いつまでも動けずにいただろうから。
 プレートはホロモニタを投影し、映り出したのはデフォルメされた仮面の浮かぶ紫炎のアイコン。即ち、フレイムフェイスであった。

「まずはお疲れさまでした、二人とも。このまま本部に戻って改めて色々な説明を、と行ければ良かったのですが」
「犯人の追跡が先ですもんね」
「その通りです。連戦になりますが、具合は如何ですか? アンバーさん」
「それは」

少し考えこんでから、アンバーは頬をかいた。

「そりゃまあ疲れや驚きはありますけど、まだぜんぜん頑張れますよ。ただちょっと」
「お腹すきましたか」

少し恥ずかしそうに頷くアンバー。無理もない。魔力を消耗すれば誰でもそうなる。そしてフレイムフェイスへの魔力供給は、アンバー本人からしか行われていなかったのだ。

「その点に関しては申し訳ありません。如何せん火急の出撃でしたからねえ」
「ホント、いきなりでしたね実際」

カドシュは思い出す。転属のごたごたを終えてネイビーブルー本部へ出頭しようとしたまさにその朝、タームハイツ――今し方ネイビーブルーが攻略したダンジョンの発生地点――の異変を知らされ、直行したのだから。

「まさか本部より先に輸送車のピックアップを受けるとは思いませんでしたよ」
「はっはっは、そうでしょうとも。せめて新型の移動手段を出せれば良かったんでしょうけどねえ。生憎そちらも調整中でして」

そうフレイムフェイスが言うと同時、カドシュ達の前へ走って来た輸送車両が緩やかに停止。後部の兵員用ハッチを展開する。タームハイツビルへカドシュとアンバーが乗り入れた装甲車だ。
 角ばった実直なデザインの運転席に、しかしドライバーの姿は無い。遠隔操縦で動いているのだ。

「さあさあ、急いで乗って下さい。犯人達は既に此方が逆探知した事を感づいているでしょうし」

その操作をしているフレイムフェイスは、二人の部下に乗車を促す。カドシュはホロモニタを消去し、プレートを仕舞いながら乗り込む。アンバーもそれに続き、ハッチが淀みなく閉まり――。

「なんだと!?」

閉まりきる直前、サイア三尉が叫んだ。

「どうされました? サイア三尉」

突然サイアの前にホロモニタが灯り、フレイムフェイスのアイコンが映り出す。いきなりの出現にサイアはぎょっとしたが、すぐ理解する。輸送車両の後部ライト。あそこから遠隔投影されているのだ。

「クラッキング犯人の居る座標……ティンチ飲料工場が、まるごとダンジョン化してしまいました。しかもそこに居た所轄警官や防衛隊員達まで、取り込まれてしまったそうです」

そして、絞り出すように深刻な状況を述べた。

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