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神影鎧装レツオウガ 第百六十七話

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Chapter16 収束side-B 02


「なっ、なんだ今度は!?」「こんな所に空洞が!?」「おーい! 何があったんだー!」
 上の穴から恐る恐る覗いてくる職員達の声。それらを無視し、アリーナはリストデバイスを操作。いつのまにか着信していた通信が繋がる。
「壁際に居ろっていうのは、こう言う事だったんですね……」
「正解。と言う訳でアルトナルソン君、彼女らの捕縛と他職員達への説明を頼むよ」
 そう言って、冥の通信は切れた。紫の転移術式も消える。残されたアリーナは、一人呟く。
「簡単に言ってくれるなあ……」
「でもまあ実際だし、だいじょぶでしょ」
「そうは言っても……」
 ため息交じりに言いかけて、アリーナははたと真顔になった。
 聞き覚えのある声。あり過ぎる声。慌てて上を見やれば、一般職員が口をぱくぱくさせている。何故か展開されている半透明の霊力場が外の音声を遮断しているのだ。
「な、なんで!? そもそも、どうしてあんなとこに霊力場が!?」
「そりゃあああいう風に壊れる事が前々から分かってたからネ。伝手もあったコトだし仕込んでおくのはカンタンだったヨ」
 またもや答える聞き覚えのある声。姿はない。だが方向は分かった。
 がば、とアリーナは最奥の壁を振り返る。
 直後、響く爆音。壁裏で何かが爆発したのだ。上端から煙が漏れ出し、しかる後壁そのものがばたりと倒れる。二重になっていたのだ。
 そして、中から現れたのは。壁の中央に埋め込まれたスピーカーと、壁一面に刻まれた――。
「術式陣!? それに、これは、細部は違うけど」
「そ。転移術式だネ。稀代の天才であらせられる酒月利英さかづきりえい氏が造ったシロモノの構造を、こっそりマネさせて頂いたワケだ」
「……今更ですけど、良いんでしょうか。そんな事しても」
「いーのいーの。彼だって造ったアトこっぴどく絞られたワケなんだし。ま、それでもああしてお目こぼし的な扱いだったのは、偏にファントム・ユニット所属だったのと――」
 声が語る間に、術式陣には霊力が満ちていく。オリジナルの転移術式ほどではないが、それでもかなりの量がつぎ込まれているのが分かる。その霊力供給源は、この観測拠点そのものから無断で引かれているのだろう。
 その証拠に霊力障壁の向こうでは霊力不足で次々と設備が沈黙、照明すら消え始めている。
 拍車のかかる混乱。しかしアリーナは気づかない。気にしている余裕がない。転移術式を潜って現れた二人に、視線を釘づけられていたからだ。
「あなた、たちは」
 呆然とするアリーナの前で、まず左側の人物がお辞儀した。
「ええと。お久しぶりです、アリーナ・シグルズソンさん」
 呆然と、アリーナは頷き返す。霧宮風葉きりみやかざは。本当に久しぶりだ。あの時は、確かいわおさんと一緒だったっけ――そう思考しながらも、アリーナは右側の人物から目を離せない。
 そして、その人物は。良く見知ったその顔は。
 表向きにはMIA、実際には巌が極秘裏に治療している筈であるその顔は。
「へへへ。おいーっす。久しぶりだねエ、アリーナ」
 特に悪びれた様子もなく、軽く片手を上げたのだ。
「……」
 口をぱくぱくさせるアリーナ。その有様に、ヘルガは少し首を傾げた。
「ありゃ? もっとちゃんと顔が見えた方が良いかナ?」
 リストデバイスを操作し、鎧装のヘッドギア部分のみを解除するヘルガ。だがアリーナが絶句していたのは、当然そんな程度の事ではない。
「な、ん、」
 なんで、どうして、そもそもどうやって。
 ないまぜになった諸々の疑問は、しかし口に出すより先に回答が閃いた。
「う」
 ぱち、と脳裏に閃く光。それが解除された封鎖術式によるものだと実感する頃には、アリーナは全てを思い出してた。
「あ、あ。そうか。そう、だった」
 手引きしたのは、他ならぬアリーナ自身。資材への仕込みは、この拠点が作られる前からオーウェンが手配済み。そもそもヘルガとの接触も、これが初めてではないのだ。
「つくづく。奇想天外な事しますよね、姉さん」
「あっはは。そのセリフ会う度に言ってるよねアリーナ」
「当たり前ですよそんなの。幾ら先見術式で私の行動が予測されてるって言っても、それを覆さないために封鎖術式を使い、情報共有は最低限にする、なんて……」
 近づいて来た、姉の目を。この日、メールや立体映像などではない、ようやく現れたヘルガを、アリーナはまっすぐに見た。
「……そんなの、義兄さんが報われません」
「まあ、ネ。そのヘンはその特殊な状況でそうせざるを得なかったというワケで」
 珍しくしどろもどろになるヘルガ。その隙をつき、アリーナは姉の前髪へ手を伸ばす。
 そして、一本引き抜いた。
「あ痛った!? 痛ったいよアリーナサン!?」
「これくらいのペナルティは当たり前です」
 アリーナははため息をつき、改めて神妙な顔になる。
「……どれだけ、心配したと思ってるんですか」
「……うん。うん、ごめんね」
「あとで義兄さんにもきちんと謝ってくださいよ」
「それは、勿論。さっき以上のペナルティ食らいそうだけどネー」
 頭をさすった後、ヘルガは改めてリストデバイスを操作。ヘッドギアを再装着し、転移術式の向こうにあるものを呼び寄せる。
「まーソレはそれとして。やるコトやっちゃわないと。謝りに行くためにも、ネ」
 ニッ、と笑うヘルガ。それと同時に、今作戦の核となる物品が、術式陣を潜って現れる。
 底面に追加された浮遊術式の効力で、地上十センチ程を音もなく浮遊する大きな円筒形。四本並んで現れたそれを、風葉はまじまじと見た。
「改めて見ても、ドラム缶みたいですね」
「まあ明らかにデザイン元ではあるだろうネ」
 もしこの場にマリアか雷蔵らいぞうが居たなら、あっと声を上げたかもしれない。
 それはかつてエルド・ハロルド・マクワイルドが、霧の発生に用いていた霊力貯蔵装置だったのだ。先見術式で得たデータを元に、ヘルガがリバースエンジニアリングを行ったのである。
「じゃあ繋いじゃいますね」
「うん、ヨロシク」
 右端の装置へ近づいた風葉は、手際よく一本のコードを引っ張り出す。それから転移術式のある壁の右下端へしゃがみ込む。擬装されたソケットを引っ張り出すためだ。
 そうした一部始終を見ながら、アリーナは貯蔵装置の一機を小突いた。
「……可能な限り存在を秘さねばならない都合上、装備や物品の発注をする事は難しい。それでも必要なものがある場合、どうするか……で、DIYしたんですよね、ホントに」
「だってしゃーないジャン。霊力貯蔵装置なんて、アシがつきやすいにも程がある装備だからネ」
「だからって、敵が作ったモノをコピーしなくても良かったと思うんですけど」
「いやいや、コレがなかなかどうして高機能でねエ。構造がシンプルな割には結構な大容量なんだヨ。割と冗談抜きで新商品として売り出せるシロモノなんじゃない?」
 笑うヘルガと渋面のアリーナ。対照的な姉妹を照らしていた転移術式陣の光は、この時唐突に途切れた。バイザーの暗視機能をオンにしながら、風葉は辺りを見回す。
「転移術式、消えちゃいましたね」
「ウン。ここまでは予定通りだネ」
 転移術式を消去しなかったのは、単なる怠慢ではない。この拠点に貯蔵された霊力を、消費しつくしてしまうのが目的だったのだ。
「まだここに残っている、かもしれない標的ターゲットSの憑依者。彼らからの妨害を予防するためとはいえ――思い切った事しますよね、毎回」
「うっふっふ。褒めても何も出ないヨ?」
「褒めてません」
 言いつつアリーナは上を、先程ターナー女史達が開けた穴を見やる。
 そこだけは、未だに霊力障壁が残っている。先程風葉が繋いだ装置から、霊力経路が繋がっているためだ。そして無論、この程度が目的の筈がない。
「オーケー、じゃあ第二段階。この区画を遮蔽しよう」
 リストデバイスを更に操作するヘルガ。すると穴を塞いでいたものと同様の霊力障壁が、周囲全体の壁や床を瞬く間に覆ってしまった。これにより事態を察した標的S憑依者が、また壁を破壊して現れる事を未然に防ぐ訳だ。
「この設備をさっき使えてれば、さっきあんな目に合わなかったのになあ」
 未だ床で伸びているターナー女史達を、アリーナは見やった。彼女達は今一か所に集められ、四角い障壁の檻の中にいる。床にも張り巡らされた霊力障壁には重力術式も組み込まれており、これで全員を隅の方へ寄せたのだ。
 無論この重力術式は、それだけのために組み込まれたものではない。その真の用途を起動すべく、風葉は別の貯蔵装置へ近寄る。リストデバイス操作。術式起動。
 霊力光が投射され、針金細工のようなフレームが組み上がる。質量が実体化する。
 かくて現れたその車両を、アリーナは見やった。
「これが、件の、レックウですか」
「そ。正確にはレプリカだけどネ。けど搭載されてる武器は、オリジナルと遜色ない筈だヨ。でもって」
 ヘルガがリストデバイスを操作すると、先程コアヘッダーが転移術式で出て行った壁が爆発。瓦礫、爆風、破壊に伴う何もかもが、野外へ飛び散った。事前に仕込んであった炸裂術式の効果である。
「ウンウン、流石は我が妹の設計。イイシゴトしてますなア!」
 もうもうと立ち上る煙を眺めながらも、ヘルガの操作する手は止まらない。床と天井の障壁が外へ延長し、砲台のように仰角を固定。その砲口が狙うのは、今まさにファントム・ユニットが死闘を繰り広げているアフリカの人造Rフィールドだ。風葉とヘルガは、ここから吶喊し内部の戦闘へ介入するつもりなのである。
「ふふ」
「ン、どしたん風葉」
「いえ。何と言いますか、ちょっと思い出しちゃいまして。最初にレックウに乗った時も、こんな感じだったなー、って」
「あー。そういやそうだったネ。サークル・セイバーを使うってトコまでソックリだ」
 もっとも、あの時のようにRフィールドを破壊する事は出来まい。風葉のフェンリル憑依は、あの時とは比べ物にならないくらい薄まっているのだ。潜り込むのがせいぜいだろう。
「けど、違うモノもある。例えばこのカタパルトとかネ」
 今ここに展開されている術式は、天来号などに搭載されている大鎧装用カタパルトを術式で疑似再現したものである。これで高速の吶喊を行おうという訳だ。
「はてさて、あとは二ケツする前に」
 ヘルガは立体映像モニタを投射し、パラメータを操作。背後の霊力貯蔵装置のうち未使用の三本が浮遊、霊力線でレックウ・レプリカへと接続。牽引する格好となった。
「ヨシ。ちょーっと不格好かもしんないケド、これでひみつ兵器を持って突っ込んでいけるようになったワケだ」
 満足気に頷くヘルガとは対照的に、アリーナはしげしげと並ぶ装置群を眺める。
「……概要は、データで見ましたけど。改めて見ても、途方もないシロモノですよね、コレ」
「そーだねエ。重力術式を応用して疑似的に空間を歪め、内容積を増やす事で外観以上の保管を可能とする……多分、烈荒レッコウとかに使われてるEプレートの前身になった技術なんだろうネ」
 そう、その通りだ。そしてその空間の歪みは、グロリアス・グローリィの秘匿する探査術式で、容易に察知する事が出来る。
「そーでなくても、開口部丸見えスけどね」
 アフリカの人造Rフィールドの、遥か上空。一体を包み込む巨大な幻燈結界げんとうけっかいの天井ギリギリの位置で、一羽のカラスが呟いた。胸に青い宝石のような核を持つ使い魔、アオである。
 その喋り方からもわかる通り、アオはペネロペの精神構造のモデルとなった存在である。
 ヴァルフェリアの能力フィードバックに耐え切れず、崩壊しかけたペネロペの精神。それを仮初めの人格――つまりアオの構造データで補強したのが、今のペネロペだ。
 故に。ペネロペ当人は与り知らぬところだが、アオにはある程度の再現能力があるのだ。
 アオの宝石が光る。青い光は瞬く間に寄り集まり、形成する。
 青色の、立体映像じみたペネロペの姿を。
 本人ではない。ペネロペ自身は今も人造Rフィールド内で戦闘中だ。ここに現れたのは、アオとの親和性を利用し技能面のみを切り出した、一種の攻撃術式である。ペネロペ・レプリカと言ったところか。
「このままレックウ・レプリカがRフィールドへ突撃すれば、戦局は変わるッス。こっちの先見術式で見た通りに」
 淡々とアオがいう横で、攻撃術式は構える。青いグレイブメイカーを。
 同時にターナー女史が目を覚まし、顔を上げる。その視界が、アオと同期する。
「ま、ちと拍子抜けスけど。残念だったスね」
 ペネロペ・レプリカが引き金を引く。撃ち出されるはADP弾。ドラゴンをも貫通する大口径特殊弾は、拠点の天井のみならずヘルガが張り巡らせていた霊力障壁を、やすやすと貫く。
 その威力は全く減じる事無く、ターナーの視界で捉えたターゲット――霊力貯蔵装置を、過たず射貫く。
 二秒。貯蔵装置と、それに繋がったレックウ・レプリカが激しく光る。
 爆裂。轟音。吹き荒れる炎の嵐。巨大な破壊の渦は、五秒もかけずに秘密区画を蹂躙。
 風葉。ヘルガ。アリーナ。三人は先見術式で見た通り、呆気にとられた間抜けな表情を、
 表情を、浮かべない。
 代わりに、アオは見た。
 着弾の直後。笑っていた、三人の表情を。
 悪戯を成功させた、子供のような笑顔を。
 特にヘルガは――爆音にかき消されたため唇の動きだけだが――ターナーの方を見て、確かにこう言ったのだ。
 かかったなバカめ、と。

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【神影鎧装レツオウガ 用語解説】
霊力貯蔵装置

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