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神影鎧装レツオウガ 第百六十五話

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Chapter17 再起 08

「……」
 沈黙は、どれくらい続いただろうか。
 ややしばらく経った後、ヘルガは口を開いた。
「先程の事実から、更に分かって来る事が二つありま……す?」
 だが、手を挙げるオーウェンに止められた。
「どうしたんですか?」
「いえ、こちらの予測との思考すり合わせを一度に行った方が効率的だと思いまして。僕がそれを述べても宜しいでしょうか」
「ふむ。まあ、良いですヨ。どうぞ」
「ありがとうございます。では、改めまして」
 一つ咳払いをした後、オーウェンは語りだした。
「まず一つ目。それはアナタが見たと言うchapterの記録。これから先、起こる事が確定している未来を変えようとする試みは、恐ろしく難しいと言う点でしょうか」
「……。そうですね。その通りです」
 返すヘルガは、柔らかく笑った。驚くほどに。
 そう、先見術式で見た光景を変える事は難しい。無論術式の精度によって、誤差は様々に違う。例えばchapter10-06。あの時はギャリガンが予知した光景とは違い、烈荒レッコウはビークルモードのままだった。
 だが。ヘルガと風葉かざはが思い知った先見術式は、モノが違う。あれ程の用意をしたヘルガ達の奇襲ですら、演算事象の一つとして織り込んでいたのだから。
 そしてここから先、ヘルガ達にchapterへ介入する事は難しい。今まで得て来た状況情報の中にはもう、chapter01前ほどの隙が無いからだ。
 ――いや、やろうと思えば出来るのだろう。例えば今この瞬間、凪守なぎもりへ連絡を取って全てを打ち明ける。そうした選択肢だって無くは無いのだ。
 しかし。
 それは、余りに博打極まる選択肢である。
 何せ世界各国の魔術組織には、標的ターゲットS――サトウの分霊に憑依された者達が相当数いる事が分かっているのだ。そしてそれは、凪守上層部も例外ではない。
 この状況が明らかとなるのは、実にchapter11。そこへ至る前に情報を流してしまったら、一体どうなるか。
 辰巳たつみを完全に信用する事すら、chapter11までの時間を要したいわおである。喜びこそすれ、完全な信用はされまい。十中八九、裏を取ろうとする筈だ。独自に持っている、凪守上層部とのコネを経由して。
 そしてその過程で、サトウに情報が渡る。先日の失敗、というレベルではない。今まで見て来たchapterが、全て御破算となってしまう可能性すらある。
 そんな状況を、作る訳にはいかない。
「あの、その。だとしたら」
 そこでおずおずと、風葉が手を上げた。
「もうひとつの分かって来る事、というのは?」
「ああ、うん」
 一瞬、ヘルガは視線を泳がせる。
「……まあ、口に出しちゃえばアタリマエな事なんだけどサ。先見術式で見た最後のタイミングまで力を蓄えるしかない、って事なんだよネ」
「成程。確かに、そうでしょう」
 頷きながら、オーウェンは眼鏡のブリッジを押し上げる。
「ですが、それだけではありませんね?」
「と、言いますと」
「そうですね。まだ数ヶ月あるとはいえ、状況が逼迫している事は事実。なので、単刀直入に行きましょう」
 にこやかに笑いながら、オーウェンはヘルガの目を見た。
「危惧しておられますね? 僕が裏切る事を」
「え」
 目を丸くした風葉は、ヘルガとオーウェンを交互に見やる。そして、途方に暮れた。
「で、でも! オーウェンさんはマリアのお父さんで、マリアは私の友達で……いや実際にはこれから友達になる子で」
「ふふ。まあ風葉がびっくりするのも無理ないよネ」
 肩をすくめるヘルガ。おどけるような仕草だが、目だけは笑っていない。
「良いでしょう、実際余裕もない事ですし。認めますよ。実際その通りです。よくわかりましたねエ」
「ふふふ。ディーラーの表情から手札を推察するのは、嗜みのひとつですから」
 笑みを深めるオーウェン。くつろいだ仕草だが、目だけは笑っていない。
「ゼロワンがアタシ達へ残した、最大の置き土産。それは令堂紅蓮れいどうぐれんという巨大な情報エサ、だけじゃあない。どれだけ策を弄しても状況を解決できない――『かもしれない』という疑念を植え付ける事。十中八九、それが最大の目的だったんでしょうネー」
「そして、ヘルガさん。アナタは実際、その疑念で僕を見ているのでしょう。何せ僕の父が、スタンレー・キューザックがそういう魔術師ですからね」
「……。ええ、と?」
 話についていけず、首を傾げるしかない風葉。
 オーウェンは少し考えてから、おもむろに人差し指を立てた。
「そうですね、例題を上げましょう。どこにでもある軽トラックと、最高にチューンナップされたレーシングカー。同時にスタートした時、勝つのはどちらだと思います?」
「え? それは、もちろん、レーシングカーだと思いますけど」
「でしょうね、僕もそう思います。では続けてもう一問。その二台のどちらかに今月のお小遣い全てをかける事になった場合、どちらへベットしますか?」
「えぇ? それも、もちろん、レーシングカーだと思いますけど」
「でしょうね、僕もそう思います。では、更にもう一問――今の私達の立場は、軽トラックとレーシングカーの、どちらでしょう」
「え、」
 一瞬。風葉の思考は止まった。
 肩をすくめながら、ヘルガはオーウェンの言葉を引き継ぐ。
「まあ、ね。そーいうコトなんだよネ。最初にして最大の機会を失ったアタシらは、どう立ち回ったトコロで不利に変わりない。しかもその不利は――もうずっと先まで覆せない事が、先見術式で確定しちゃっている」
「状況の本流にどう足掻いても介入出来ないというのは、作戦の是非を問う以前の致命傷ですからね」
 ヘルガと同じように、オーウェンも肩をすくめる。何だか仲が良いようにさえ見える仕草。
「で、でも。それがどうして裏切りの話に繋がるんですか!?」
 だから、風葉には尚更解らなかった。
「そこで、さっきのお小遣いの話を思い出して下さい」
「そだねエ。それも千円二千円なんてシケた話じゃない、全額だ」
「そ、それがどういう」
「その全額代わりに実際賭けられているのは、キューザック家の資産、名声、プライド……そういったものなのですよ」
「あ、っ」
 ようやく、風葉は理解した。
 風葉とヘルガは、この戦いに全てを賭けている。辰巳が、ファントム・ユニットの皆が辿ろうとしている運命に、全力で抗う覚悟がある。それこそ、身命を賭してでも。
 だが、オーウェンは違う。彼はあくまで『有意義な情報を一方的にもたらされた協力者』に過ぎない。所属はBBBビースリーであり、この時点での立場はあくまで中立。マリアが凪守へ出向し、更に風葉との信頼関係を結ぶのは、もっとずっと先の話だ。
 今この段階の、ギノア・フリードマンを倒した直後のマリア・キューザックは、名も知らぬ他人に過ぎない。
 そして、キューザック家の視点から鑑みれば。
 このまま、ヘルガ達に協力する事は。軽トラックに賭け続ける事は。
 あまりにも、分が悪い話ではないのか。
「で、も! そのっ!」
「ですけどねエ、オーウェン・キューザックさん」
 風葉は勢い込んで。ヘルガは冷徹に。
 同時に声を上げた二人は、そこでお互いを見やった。
 微妙な空気ただよう一拍。オーウェンの口角が少し上がった。
「ええ、ええ。不安なのは分かりますとも。なので、先に断言しておきましょう」
 そして、言い放っだ。
「見くびらないで頂きたい。そもそも裏切る理由がありません。なので僕は、このまま軽トラックに全てを賭けます」
「……へエ」
「で、も。えっと、それって」
 ヘルガは、少し以外そうに。風葉は、目に見えてうろたえながら。
 それぞれ、オーウェンをじっと見た。オーウェンの口角が、更に上がる。
「面映ゆいですね。二人の美女に見つめられるというのは」
「はは! 褒めても疑問しか出ませんヨ?」
 ころころ笑うヘルガだが、しかし一瞬で真顔に戻る。
「……でも、どうしてです? ブッチャケますけど、言っちゃあナンですけど、かなりムチャクチャとんでもなく分が悪い勝負ですヨ?」
「でしょうね。つまり、ヘルガさん達は負けるつもりなのですか?」
「まさか」
「それだけは、無いです」
 即座に食い下がる二人。ヘルガだけでなく風葉も見せた表情に、オーウェンは頷く。
「そうでしょうとも。では、それが理由で十分――」
 二人のジト目が強くなる。オーウェンの眉根が、少し下がった。
「――と、いう訳にもいきませんよね、ええ。ご説明しましょう」
 二本。オーウェンは、指を上げる。
「僕が軽トラックへベットする理由は、二つあります。一つは、単純にレーシングカーが勝った後の状況に、光明が見えないからです」
「ふむ」
 ヘルガは頷く。実際その通りだ。もしあのまま、chapter16のまま状況が進んだ場合、どうなるか。ファントム・ユニットは全滅し、協力していたマリアも刑罰は免れまい。
「ですが、今グロリアス・グローリィに情報を流して、ご息女を見逃してもらうよう頼めば……?」
 故に確かめるべく、ヘルガはあえて水を向けた。
「ははは。それ自体はまあ魅力的な提案ですが……」
 静かに、オーウェンは眼鏡のブリッジを押し上げた。
「あり得ませんね。最終的にはキューザック家が、BBBが、下手をすれば魔術世界そのものに大打撃が訪れかねません」
「その、根拠は?」
「グロリアス・グローリィ。ザイード・ギャリガン。サトウ。彼らが目指す勝利条件が、あまりに不明瞭だからです」
「どういう、事でしょうか。あの人たちは、ええと。わるいことをしてるん、ですよね?」
 眉間に皺寄せる風葉へ、オーウェンは苦笑する。
「ふふ、確かにその通りですね。では、その先はどうでしょう?」
「その、先?」
「ウーン、つまりサ。ファントム・ユニットを倒して、アフリカで何やらとんでもない規模の術式実験をやらかして、標的Sでもって世界中の魔術組織を掌握して。そんでどうすんのってコト」
 指を振りつつ、ヘルガは語る。それは風葉への説明だけでなく、己の思考整理も兼ねていた。
 眉間にしわを寄せながら、風葉は答える。
「んん、それは。新商品を売り出すため、とか?」
「それは多分違うかナ。こんな騒ぎを起こすまで、グロリアス・グローリィの資金繰りは盤石だった。何せほとんどの魔術組織が何らかのカタチでグロリアス・グローリィと流通で繋がってたからネ。オモテのレイト・ライト社の収入も凄かったデータがあるし」
「んんん、だったら。なんか、あたらしい術式とかを売り出すため、とか?」
「それも、多分違うかナ。それをやる為にサトウの分霊を使って魔術組織へ無理矢理コネを作る、ってトコまではまあワカル。売り込み先と後ろ盾を得る為だネ」
「ですがそれを行うのなら、提携先は可能な限り少なくした方が高い利益を出せます。技術を囲い込んで独占する訳ですね」
 ヘルガの言葉をオーウェンは引き継ぐ。その顔に先程の笑みは無い。
「しかし、ザイード・ギャリガン氏はそれをしなかった。サトウ氏は世界中の魔術組織に入り込んでおり、世界規模の反攻を行った……行えるだけの、恐るべき根回しをしていた」
「その気になれば横槍なんて幾らでも握り潰せた。けどそれをしなかった上、あんなデカい戦いさえ引き起こした」
 ヘルガへ、オーウェンは頷きを返す。
「ザイード・ギャリガン。グロリアス・グローリィ。彼らが何を目指しているのかは、現状図り切れません。ですが、少なくともロクでもない未来図を描いている事だけは確かです。ならば、勝算が低くとも軽トラックへ協力した方が健全というものでしょう」
「なるほど。それで、二つ目は?」
「ああ、そちらは単に僕の嗜好の問題なのですが」
 照れくさそうに、オーウェンは頬をかく。
「そちらの方が、明らかに倍率高いじゃないですか」
「ああー」
「ええー」
 納得するヘルガと、呆れ顔になる風葉。二つの視線を受けながら、しかしオーウェンは微笑を崩さない。
 明かさなかった三つ目。最大の理由。
 仕事柄顔を合わせづらく、気づけば気難しく育ってしまった愛娘、マリア。
 その友人となる風葉との縁を切る選択肢なぞ、オーウェンには最初から無かったのだ。

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【神影鎧装レツオウガ 裏話】
この辺を書いてた時の四の五の(6)

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