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神影鎧装レツオウガ 第百八十一話

第181話「用意していた、ワケではあるまいな」

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 轟。
 おぼろを遥かに超える速度で、銀朧ぎんろうは加速する。
 向かうは地表。標的は、当然ネオオーディン・シャドー。
 迎え撃つサトウはゆらりとグングニル・レプリカを構え――その機先を制し、遠方から弾雨が襲いかかって来た。それも右、左、背後の三方向から。
 射手の正体は、やはりシャドーだ。遠方の三箇所、新たに生じた個体がそれぞれ両腕と頭部をバルカン砲とキャノン砲に変じさせ、対空攻撃を仕掛けて来たのである。
 対する銀朧は錐揉み回転、背後と左からの射撃を苦も無く避わす。そして右からの射撃には、再度霊力障壁を展開した右丸盾が防いでしまう。
 ダメージ無し。その盾を操作していたメイは、軽く鼻を鳴らす。
「その程度の狙い、通るワケ無いだろう」
 新たに銀朧のサブパイロットとなった冥の仕事は、サブシステムを用いた周辺警戒、及び丸盾とトマホーク・マグナムの合体した遠隔操作型の複合武装「シールド・マグナム」の制御である。この鉄壁の防御を維持したまま、銀朧は着地。ネオオーディン・シャドーは正面方向。だがその間には、既に生じていたシャドーが道を塞いでおり。
「邪魔だッ! ぐるぅぅおオアアアアアアアアアアッ!!」
 ソニック・シャウト。嵐のように吹き荒ぶ攻性音波砲が、邪魔な障害物全てを吹き飛ばす。ネオオーディン・シャドーもその余波に思わずたたらを踏み、槍を杖のように使っている。
 即ち、隙がある。
「ファントム2!」
「分かっとるとも!」
 銀朧の胸部、虎の口が閉じる。同時に火を噴く背部スラスター。大質量が、砲弾のように吶喊する。
「うおおおああアッ!!」
「ち」
 対するサトウは舌打ち、グングニル・レプリカを掲げる。防御姿勢。その柄に、銀朧の拳が突き刺さった。
 衝撃。みしみしと呻く神の武器。レプリカであるとはいえ、こうも容易くグングニルを軋ませるのか。そうサトウが感心する暇もなく、第二撃。逆手による正拳突き。これもグングニルで防御。軋みが大きくなる。
「ぐ、」
 本体たるネオオーディン・シャドーすら揺るがす相当な衝撃。歯噛みして耐えながら、サトウは反撃の隙を狙う。
「ぐるあああアアッ!!」
 獣そのものの唸りを上げながら、雷蔵らいぞうは、銀朧は連撃を繰り出す。繰り出し続ける。
 打突。前蹴り。アッパー。回し蹴り。手刀。二段蹴り。肘打ち。正拳突き。
 怒涛のような連撃に、途切れる気配や間隙の類は微塵もない。
 サブパイロット達が絶妙な機体制御で隙を消しているから? 無論、それもあるだろう。だが最大の理由は、単純に銀朧の機体性能が合体前よりも大幅に向上しているからだ。
 黒銀くろがねという増加装甲を纏った事により、朧は装甲、推力、武装、霊力経路と言った面で大幅な強化を果たした。中でも霊力経路の増設によって、黒銀は朧単体時を遥かに超える霊力を扱う事が可能となった。これにより、銀朧は通常時でもランページ・アタック・モードに迫る運動性能を獲得するに至ったのである。
「ぐるゥあああアアアッ!!!」
 故に荒ぶる雷蔵の操縦は、留まるところを知らない。眼前の敵機を砕き、引き裂き、叩き伏せる事のみを目的とした全身全霊の戦闘機動。嵐のようなその連撃を捌き、あるいは防御し続けながら、サトウは微笑んだ。
「成程、大したものだ。でしたら」
 幾十度目かになる銀朧の拳を防ぎながら、ネオオーディン・シャドーは重力制御術式を起動。同時に脚部スラスター噴射。打撃の勢いすらもそれに加算して、銀朧から距離を取る。
 バックステップよりは大きい、けれども槍の間合いとも言い難い、奇妙な位置。そんな間合いへ敢えて着地しながら、ネオオーディン・シャドーは己の槍を分割した。周囲のシャドー達と同様に、己の武器を構成する術式を改竄したのだ。
 かくて新たに組み上がったのは、二振りの両刃剣。今までに銀朧が見せた格闘、及び射撃から絶妙に外れた位置を間合いとする得物。
 無論、雷蔵のセンスであれば即座に対応出来るだろう。だが今の今まで怒涛の連撃を行っていた獣に、このフェイントへ対応できる程の判断力は、果たしてあるのか。サトウはそれに賭けたのだ。
「これで、どうですッ!」
 瞬間的なスラスター加速を加味した、高速の二連斬撃。拳を振り抜いた体勢の銀朧は、その円弧に切り裂かれていただろう。そのままならば。
 だが、銀朧はファントム・ユニットの技術の粋を集めた機体の一つであり。
 何より、パイロットは一人ではないのだ。
「はッ!」
 裂帛の気合。響く鋼。刃と刃が弾かれあい、火花を散らす。
「な」
 呻いたのはサトウだ。彼は、驚くべきものを見た。何より、直前に聞いた。そもそも今銀朧から裂帛の気合を発したのは、雷蔵ではない。いわおだったのだ。
 更にこの時、銀朧は拳を振り抜く体勢をしていた。上から下へ、打ち下ろすハンマーパンチ。それがバックステップへ利用されたのと同時に、銀朧は腰部キャノン砲側面から術式陣を投射しており。
 そこから作り出された霊力武装――一振りの刀を掴み取った銀朧が、流れるような斬り上げを放った。それがネオオーディン・シャドーの斬撃を弾き飛ばしたのだ。
「な、ん、と」
 体勢を崩されながらも、サトウは推察する。この動き、明らかに雷蔵のものではない。巌の、ファントム1の操縦である、と。
 事実、その推察に間違いはない。銀朧には、パイロットの操縦系統を切り替える事で戦闘方式をまったく別のものへ変更する機能が備わっているのだ。
 だが、なぜそんな機能が追加されたのか? それは無論、仮想空間で行われた戦術会議で導き出された結論だったからだ。
『ザイード・ギャリガンが頭目でない事が分かった以上、最後に立ちふさがるのは間違いなく無貌の男フェイスレス――つまり標的ターゲットSであり、サトウ氏だな』
 情報を総合した巌の結論に、出席者は全員同意した。となれば、次はその仮想敵がどう出るかを先読みする段階となる。
 仮にサトウが戦闘しなければならなくなった場合、どんな手段を使うのか。やはり奇策で来るか。数だけはあるんだしそれを頼みにするのでは。意外と真正面から来るかもしれない。いやいやそれら全部を目くらましにして逃げる可能性も。
 会議は長引いた。如何せん同じ組織に居たグレンやハワードでさえ、サトウが戦闘する場面を見た事が無かったからだ。幸いと言うべきか、その本質だけは虚空領域でヘルガが見抜いていたため、方針はそれが下地となった。
 更に表舞台へなるべく出ようとしない彼の性質を加味した結果、戦闘が不利になればその瞬間に何らかの奇策でひっくり返そうとするだろう。裏方で権謀術数を巡らせていたのだから、実戦でもそうした手を使う可能性が高い。そのような分析結果が概ねの支持を得た。
 加えて最終的に銀朧が対サトウ戦力の主軸となる事もこの時点で決まった――ハワードは大層不満気であったが――ため、調整は急ピッチで行われた。その一つが、操縦系統の切り替え機構であったという訳だ。
 そしてその判断は、見事に的中した。
「な、ぜ」
 振るわれる銀朧の刃を捌きながら、サトウは対応された理由を探す。探してしまう。その行為自体が思考を鈍らせ、新たな隙を産んでしまう――思い至ったサトウは、強いて思考を遮断。新たな手を実行する。それは、即ち。
「――いや、いやいや! 大したものだ! だが!」
 サトウは笑う。銀朧は強い。しかし、それは所詮正攻法の戦術に限った話。
 そう、以前ファントム・ユニットがやった時と同じだ。
 まともに戦って勝てない相手ならば。
 そもそも、まともに戦わなければ良いのだ。
「あなたには! 僚機という急所がある!」
 サトウは術式を操作。少し離れた場所に居たシャドー二体が、一瞬で液状化。混ざり合う禍二体分の霊力は、新たな形となって具現化する。
 即ちそれは、腕の代わりに長大なキャノン砲を備えた異形のシャドーであった。
 明らかな長距離砲が狙うそれは、未だ無人機の指揮を取って奮闘する自衛隊機達に向けられていて。
「うご――」
 銃声。
 撃ち出された銃弾が、異形シャドーの眉間と胴体を貫いた。サトウの笑顔が、固まった。
「な」
「どうした? よもや今まで素晴らしい権謀術数を披露していた黒幕が『動くな、仲間の命が惜しければ』とかいう陳腐極まる言葉を用意していた、ワケではあるまいな」
 悠々と言い放ったのは二人目のサブパイロット、冥である。その操縦桿が制御しているのは、言うまでもなくシールド・マグナム。かつて黒銀の手に握られていたその銃口からは、硝煙じみた霊力光が立ち上っている。つまり、冥が異形シャドーを撃ったのだ。これもまた、会議による先読みの成果である。
『この先の戦況がどうなるにせよ、サトウが用意できる戦力は限られている』
 それは何か。ネオオーディン・シャドーの複製か。あるいは再構成されたバハムート・シャドーⅡか。意見は色々と出されたが、最終的に重要視されたのはそれらが通用しなかった時、果たしてサトウがどんな選択をするかという事だった。
『……十中八九、こン中ののダレかを人質に狙うんじゃねエかな』
 予測したのはハワードであり、問うたのは巌だった。
『その、根拠は?』
『色々と取り繕っちゃいるが、あのヤロウの根っこは反吐の出る快楽主義者だ。が、テメエの邪魔だと判断したモンは躊躇なく切り捨てる性質も持ってやがる』
『だな。月面で撃たれた被害者の言質は、一味違うや』
 茶々を入れる冥。ハワードは頬杖を突く。
『うっせエ。とにかく、あのヤロウは追い詰められれば何だろうとやる。それこそ――』
 ――人質を取るなンつー三下じみたな真似でもな。そうしたハワードの言葉が決め手となり、銀朧の調整は行われた。本来腕部へ装備している筈だった丸盾を脚部へ移動、補助武器として運用する筈だったトマホーク・マグナムと術式で接合、冥の扱う補助武器に仕立て上げた。それも全てはこの瞬間、最速のタイミングでネオオーディン・シャドーの動きを潰すために。
「く、」
 ネオオーディン・シャドーは刃を構える。構えようとする。だが鈍い。動揺が機体操作にブレを与えてしまっている。その隙を、巌が見逃すはずがない。
 構える。スラスターが唸る。光翼が、霊力光を噴出する。
「しッ――!」
 高速突貫。翻る二刀。
 すれ違いざまに繰り出された閃きは、ネオオーディン・シャドーの首と胴体を、過たず断ち切った。
 錣薙しころなぎ。そう呼ばれる妙技であった。
 そうして、びょう、と。血ぶるいするように刀を振った後、銀朧は柄から手を離す。既に役目を終えた霊力武装は、形を失って解け失せていた。
「ふ、う」
 息をつく巌。その合間に冥はシールド・マグナムを操作し、銀朧の脚部へと再合体させた。

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【神影鎧装レツオウガ 裏話】
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