07_考査05_ヘッダ

神影鎧装レツオウガ 第五十九話

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Chapter07 考査 05


 日乃栄《ひのえ》高校には二つの校舎がある。北校舎と、南校舎だ。
 どちらも三階建てで大きさも同じだが、新しいのは南校舎の方だ。昔は北校舎一棟しかなかったのだが、風葉が入学する少し前に増築されたのだ。
 二つの校舎は東西の端が連絡棟で繋がっており、上から見ると長方形のように見える。以前ギノアが光柱を発生させた中庭は、この長方形の中心に位置している訳だ。
「アレ、かな」
 西連絡棟を渡った先、南校舎二階廊下。窓ガラスに張り付く雪の隙間から、マリアはじっと中庭を見下ろす。
 掃除用具などが詰め込まれている物置。錆が浮き始めているトタン屋根の上に、奇妙な螺旋状の物体が一つ。
 大きさは三メートル程度。螺旋細工は発光しながら、定期的に雪を吐き出している。更に看破の瞳を通せば、電流じみた霊力光も見て取れた。
 間違いなく、写心《しゃしん》術式の核だ。
「術者の姿は無し……その辺は予想通り、ですけども」
 つぶやき、思索を巡らすマリア。考えねばならぬ事は色々あるが、当面の疑問はあの螺旋がどこから霊力を供給しているか、だ。
 日乃栄霊地への干渉、ではあるまい。先の一件以来凪守《なぎもり》も防護を強化しているし、もしそうなら干渉された時点で辰巳《たつみ》か巌《いわお》が何らかの反応をする筈。
 だが、それは無かった。
 ならばこれだけの写心術式を造り出す霊力は、一体どこから捻出されたのか。
「何か、カラクリがありそうですが……」
 教室の扉から声も無く現われる、歩兵三体。先程と同じ姿の敵を、マリアは横目で見る。指揮棒を振る。ただそれだけで、彼女の楽団員は反応した。
 ライフルが銃声を鳴らす。銃剣が刺突を振るう。斧が斬撃を見舞う。
 自動的、かつ完璧な迎撃。己の術式に頷きながら、マリアは北校舎を見やる。
 術式の核が近いせいだろう、北校舎の壁は雪でほぼ塗り潰されている。だが看破の瞳で見透せば、サーモグラフィのように光る人影を、向こうの廊下に見つける事が出来る。
 無論、辰巳と風葉《かざは》だ。
 二人の位置は二年二組からほとんど動いていない。しかも戦っているのは大柄な方、つまり辰巳だけだ。
 二組の壁を遮蔽物代わりに、左右の廊下奥からやって来る歩兵達を、ハンドガンで迎撃をし続ける辰巳。まるで拠点防衛だ。
 そうして護られている小柄な方――風葉は、何やら教室内でしゃがみ込んでいる。
 恐らく、レックウが呼べないため途方に暮れているのだろう。そうマリアは判断する。
 二人と離れてから分かったのだが、どうもこの雪には薄墨色の透過だけでなく、通信を阻害する効果もあるようなのだ。
 なので現状、マリアは二人と連絡を取れない。更に、凪守本部とも音信不通になってしまっている。
 必然、レックウは呼べない。先日ロンドンで黒死病を蹴散らした時のような、あの縦横無尽の突撃戦法を、風葉は取れない。結果、今の風葉は単なる保護対象になってしまった訳だ。
 さりとて風葉がそんな状況を良しとする性格で無い事も、マリアは理解している。そもそもそういう性質でなければ、ファントム5という場所に収まったりするまい。実際、二人の人影は何か喋っているようにも見える。何か手がある訳か。
「だとしても、どう切り抜けるやら。見物ね」
 言いつつ、指揮棒を振るマリア。二対の斧とライフルが、油断無く廊下を睥睨する。
 だが歩兵は、禍《まがつ》は姿を現さない。警戒か、あるいは打ち止めか。
「出来ればこの間に来て欲しい所だけど……」
 ひょっとすると、本当に自分だけで中庭のアレを潰すようになるかも。そんな打算を思考しつつ、マリアは廊下奥へ視線を戻す。
「……あら」
 雪に埋もれた階段の踊り場。その壁の向こうから、ずるりと姿を現す巨大な影が一つ。
 鉄塊じみた車体と、それを支える無骨な履帯。左右に一体ずつ歩兵を随伴し、ゆっくりと前進する巨大なシルエット。車体上部に長大な砲身をそびえさせた、その姿は。
「戦、車」
 目を見開くマリア。写心術式によって現われた禍は、歩兵だけではなかったらしい。
 数は一両。形状は歩兵以上に不安定であり、気を抜けば今にも揮発しそうに覚束ない影法師。
 だがそれでも、砲口はマリアをしっかと捉えており。
 利英《りえい》謹製の鎧装がどれだけ頑丈でも、直撃を貰えばただでは済むまい。
「もたもた、し過ぎちゃったかなっ」
 脇の教室への退避、は不可能。雪が透過を阻害している。床、天井も同様。それらを無視出来る歩兵連中が今更に恨めしい。
 後ろに下がる、のも悪手だ。曲がり角に歩兵が控えている可能性がある上、背を向ければその瞬間狙い撃たれるのは自明。
「ならっ!」
 取れる手段は一つ、撃破しての突破のみ。ファントム2に倣うわけでは内が、攻撃こそ最大の防御だ。
 なのでこの瞬間、マリアの思考から北校舎の二人を待つ選択肢は消えた。その直前、小柄な人影が教室中に霊力を行き渡らせたと言うのに、だ。
 どうあれマリアは指揮棒を振り、二つの斧を自分の正面へ移動。術式によって刃が展開し、一メートル四方の盾となる。
 盾の上部にはくぼみがあり、そこにライフルが収まれば即席のトーチカの完成だ。すぐさまマリアはトーチカの裏にしゃがみ込む。
 直後、降って来たのは歩兵が放つ銃弾の雨霰。高密度霊力の刃が貫通される事はそうそう無いだろうが、それでも耳朶を打つ金属音はあまり気分の良いものではない。
「さ、て」
  マリアの指揮棒に従い、向こう側の景色を透過表示する斧。断続的に続く歩兵の銃撃は、やはりこの場にマリアを釘付けるのが目的らしい。本命であろう戦車の主砲へ、霊力の光が集まっていく。即席バリケードごと吹き飛ばす算段か。
「良いでしょう」
 頷き、マリアは覚悟を決める。こちらの銃は二丁。右の精密射撃で砲弾を撃ち落とし、左の連射で歩兵を排除。次弾装填の隙を突いて戦車へ肉薄し、斧で装甲を叩き切る。
「実に、張りがいのある賭けですねっ」
 しかして、マリアの声は弾んでいる。彼女は、と言うよりもキューザック家は、基本的に皆賭事が好きなのだ。
 だが、結局その賭けは外れる事になる。
「ヴォルテックッ! バスターッ!」
 マリアと戦車の間、丁度廊下の中央辺り。床や壁に厚く堆積していた銀色が、いきなり吹き飛んだ。北校舎のファントム4が、広域撹拌霊力砲術式を撃ち込んだのだ。
 一瞬竦むマリアと禍達。丸く抉れる銀世界。ようやく顔を見せる幻燈結界《げんとうけっかい》の薄墨色。
 そしてその薄墨色を縫うように、一台のバイクが跳躍透過して現われたのだ。
 響くエンジン、きらめく霊力、赤いラインの刻まれたボディ。
 そして、白赤の鎧装に身を包む、小柄なライダー。
 マリアは、目を剥いた。
「レッ、クウ……!?」
 そんな何故、どうしてここに、通信は遮断されている筈――そんな驚愕へ応えるように、風葉の金色の双眸が光った。
 カラクリはこうだ。
 辰巳がハンドガンで歩兵達の注意を引きつけている間に、風葉はフェンリルの力を発動。足下の雪を掘って薄墨の床をどうにか少しだけ露出させると、そこへフェンリルファングの影を滑り込ませた。
 それから教室全体に影を行き渡らせると、雪を影ごと教室の隅へ一気に押し纏めたのだ。つまりは雪掻きである。
 伝説の魔狼の力でこんな事をしたのは、凪守はおろか世界を見渡しても風葉が初めてだったろう。
 どうあれ一時的に通信を回復した風葉は、即座にレックウの緊急出動を要請。紫色の転移術式によって二年二組へ現われた二輪は、今し方フェンリルがかき集めた雪の小山を蹴散らして着地。
 かくて風葉はレックウに跨り、辰巳はその発進道を切り開くため、ヴォルテック・バスターを放ったのだ。
 そうして今に至る訳であるが、無論そんな一部始終がマリアに理解出来る筈も無く。
 驚きで硬直したマリアを余所に、風葉は目の覚めるようなアクセルターンを決める。南校舎廊下に突っ込んだジャンプの勢いを殺すためだ。
 だがそれは、同時に戦車主砲の射線に自ら飛び込んだようなものでもあり。
 故に、轟、と。
 昆虫のごとく反射的に反応した戦車が、その主砲をレックウに向けて放った。
「あ」
 更にマリアの目が見開く。思考が加速する。危ない。だがどうする。こちらの射線はレックウそのものに阻まれている。打つ手は。何か打つ手は。
 そう思考する合間にも砲弾はレックウに肉薄し――真っ二つに切断された。
 ターンの勢いのまま、ウィリー姿勢で振り上げられた乱杭歯の前輪、サークル・セイバーが砲弾を切り払ったのだ。雪での転倒を防ぐため、スパイク代わりとして事前展開していたのである。
 右、左。マリアの斜め上を飛び去った後、後ろの壁にぶつかって爆発する分割砲弾。
 それと同時に、レックウはようやく車体を落ち着けた。だが霊力に輝く二本のタイヤは、あろう事か廊下に対して垂直方向で止まっている。マリアと歩兵達に、わざわざ面積の大きい側面を向けているのだ。
 無防備状態。そう言っても過言ではないレックウに跨ったまま、風葉はマリアを見た。
 金色の双眸に、フェンリルの眼に、マリアは射貫かれた。
「な」
 マリアは、絶句した。戦車の砲口が輝き始めた事もある。随伴歩兵達がライフルを構えた事もある。
 だがそれ以上にマリアを驚愕させたのは、そうした禍共の姿が見えるよう、風葉が身体ごと小首を傾げた事だ。
 つまり、風葉はこう言ったのだ。
 撃て、と。
「――分かってる、って!」
 集中するマリア、発現する看破の瞳。
 霊力が集中する戦車の砲口、昂ぶる霊力の中心に、マリアは照準を合わせた。
 指揮棒が振れる。照星が狙う。撃鉄が落ちる。銃声、銃声、銃声、銃声が響く。
 射出される弾丸、弾丸、弾丸、弾丸。その一群は風葉の犬耳の三ミリ上を通過した後、正確無比に戦車主砲へ吸い込まれる。着弾。
 静寂は、僅かに一秒。
 爆発は、鮮やかに吹き荒れた。
 誘爆する砲弾。微塵に吹き飛ぶ戦車。随伴歩兵達も巻き添えで消し飛んでいく。
 吹き荒ぶ熱風と雪。思わず目を細めるマリア。バイザーがあるためその必要が無い事を、去った後で自覚する。
 取りあえず、当面の危機は去った。
「は、ぁ」
 立ち上がるマリア。斧の刃が折り畳まれて元に戻り、ライフル共々ふわりと浮き上がる。
「ありがとうございます、ファントム5。助かりました」
 バイザーを開いて礼をするマリアだが、緊張の度合いはむしろ戦車と鉢合わせた時より増している。
 金色に輝く風葉《フェンリル》の双眸が、こちらを射貫いているからだろうか。
 教室ひとつ分の距離を置いてマリアを見る風葉は、おもむろに口を開いた。
「聞こえてたよ、あなたの動き」
 ああ、やっぱりか。喉元まで出かかったつぶやきを、マリアはすんでのところで飲み込む。首を傾げてマリアに射線を通したのは、それを伝えるジェスチャーでもあった訳だ。
 ――音の反響を解析し、周囲の地形やモノの動きを知覚する術式は、確かにある。風葉はそれとほぼ同じ事を、フェンリルの力で行ったのだ。恐らく、無意識に。
 因みに風葉が聞き始めたのは、マリアが南校舎から二年二組を眺めた、少し前だ。
 二人の動きを試すような仕草とつぶやきは、ほぼ全て筒抜けだった訳だ。
「学校の中だから、音が籠って聞きやすかったのもあるんですけど」
 疑問、戸惑い、少しの苛立ち。それらをない交ぜにした金色の視線が、マリアを見つめる。
「どうして、一人で先に行ったんですか?」
 静かに、しかし、まっすぐに問う風葉。
 対するマリアは目を閉じる。しばし、黙考する。
 こちらに注意を向かせるという目的は、確かに果たした。だがこちらの動きが見られて――もとい、聞かれていたのは予想外だ。
「それは、ですね」
 適当な相槌を打つマリア。動揺が心中にあるうちは、何を喋ってもロクな切り返しになるまい。
 故に、マリアは時間を引き延ばす。遠からず来るだろう、潮の変わり目を待つために。
 十秒。水飴のように粘ついた時間の後、それは来た。唐突に銃声が響いたのだ。
 音源は中庭。弾かれたように、風葉は中庭を見下ろす。
「な、なに!?」
 中庭の中央、物置の屋根。その上に生えていた霊力の螺旋が、粉々に砕け散っていた。北校舎の壁から半身をすり抜けさせた辰巳が、ハンドガンを撃ち込んだのである。
 破壊され、消滅する術式の核。途端、廊下奥から向かってきていた新たな歩兵が、霞のようにかき消える。同時にざりざりというノイズが、マリアの耳朶を打った。通信が回復したのだ。
『……お、戻ったみたいだな。ようファントム6、無事か?』
 ヴォルテック・バスターで抉れた雪の穴から、ひらひらと手を振る辰巳ことファントム4。その絶妙なアシストに感謝しつつ、マリアはヘッドギアに手を当てて通信音量を調整する。
「ええ、問題ありません。ところで物置の上にあった霊力塊を撃ったのはファントム4、貴方ですか?」
『ああ、いかにも怪しい物体だったんで、思わずな。どうやら撃って正解だったようだけども』
 壁や廊下を見回す辰巳。その周囲では、あれだけしつこく積もっていた雪が急速に溶け始めていた。完全に消滅するまで、あと数分もかからぬだろう。
 だから、マリアは閃いた。
「そうだ。完全消滅する前に、情報を収集しないといけないですね」
『? そりゃそうかもしれんが、痕跡なんざ――』
 ほとんど残ってないんじゃないのか、と続く辰巳の言葉を遮って、マリアはまくしたてる。
「とにかく、行きます。幻燈結界もいつまで展開してくれてるか、分かりませんしね」
 通信を切るマリア。南校舎の雪もどんどん消えており、すり抜けにはもう何の支障もあるまい。今はとにかく、心が落ち着くまで風葉の追求から逃げるのが先決だ。
「ちょ、ちょっと待ってよ! まだ答えを聞いてないよ!」
 抗議する風葉だが、その瞳は黒に戻っている。先程の威圧感はもう無い。祖父が睨んだ通り、不安定という事か。
「その不安定から助ける下準備だよ、風葉さん」
「え、えっ?」
 意味の見えない回答と、突然に砕けた言葉遣い。その二つに風葉が目を白黒させた隙を突き、マリアは飛び降りる。
 動揺は、もう無い。
「……面白い子」
 代わりに芽生えた興味をつぶやくマリアの頬を、溶け残った霊力の残滓が撫でていった。

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【神影鎧装レツオウガ 人物名鑑】
霧宮風葉(2) 【個人記録】フェンリルとの合一について

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