フレイムフェイス 第十四話

猛撃のディープレッド (8)


「それは、つまり」

カドシュは、眉根を寄せる。

「アンタらは、『乗合馬車キャリッジ』は、一枚岩ではない……どころか、空中分解しかけた組織だったって事か!?」
「そういう事。平たく言えばな」

素気無く返すリヴァルに、カドシュはなおも疑問をぶつける。

「いや、でも、おかしいだろ? 少なくともそっちにとって、エルガディアを……破壊する事は、全員一致するメリットの筈だろう?」
「鋭いねえ。だが、コトはそう単純じゃあねえのさ」

言って、リヴァルは石畳の敷石を一つ示す。

「例えば、だ。この石がエルガディアだとするだろ」
「ああ」
「必然、国境を跨いで色んな国が四方八方にある」
「そうなのか」
「そうなのか、ってオマエ……ああそうか、二百年近く鎖国してるもんな。まあとにかくだ、あるんだよ別の国が。エルガディアの近くに。色々と」

幾つかの敷石を忙しく指した後、リヴァルは改めてエルガディアの石を示す。

「で、だ。仮にエルガディアを破壊した場合。ド派手な花火になった場合。周りの国は、どうなる?」
「それは」

顔をしかめながら、カドシュは石畳を見る。考えたくもないが、考える。

「……規模にもよるだろうけど。結構な余波が生じるんじゃないのか? 建物が吹っ飛んだり、国土が削れたり。でも、それが分かってるなら防御策もあるんだろどうせ」
「そりゃ勿論、と即答出来りゃあ良かったんだがな」

リヴァルは溜息をつく。あからさまにそっぽを向く。
 カドシュは、察する。そして呆れた。

「え。嘘だろ? まさか、防御策無いのかよ周りの国」
「そうなんだよ。いや全然ないワケじゃあないんだけどさ。国によって差があるっていうか、バラつきがあるっていうか、ちゃんと守ってるのトコ数えた方が早いっていうか」
「特定の勢力のお膝元だけ完璧な体制をしいてる、なんて分かりやすいトコもあるわよね」

肩を竦めるスティア。カドシュには理解できない。

「……どうしてそんな事に? アンタら『乗合馬車』は、アンタらを動かしてる勢力とやらは、エルガディアを滅ぼそうとしてるんだろ?」
「そうだな、一応な、そういう名目で来てるし」
「だったら、どうしてそんな不備がある!? どうして自国に被害が出る選択肢を取る!? そもそも侵攻ってのは一丸になってやるもんじゃないのか!?」
「いやあ、侵攻相手国のお人に言われちまうと返す言葉もねえなハハハ」
「笑ってる場合か!」
「笑いたくもなるさ。ここ数十年の混乱、錯綜する情報。気が付いたらエルガディアの破壊すら政争の一手段になってて、誰も彼もがそれを、正義を疑わない――」

リヴァルはじっと見る。敷石を。エルガディアを。隣接する国家群を。

「――とてもじゃあないが、俺はそれを良しとは出来ねえ。だが気付いたところで俺個人がどうこう出来る段階の話では、もはや無くなってた。何より」

何より。自分自身が良しと出来ないだけであって、エルガディアの破壊そのものにはそれなりのメリットもあるのだ――という続きを、リヴァルは飲み込んだ。今する話ではない。

「何より?」
「……いや。とにかく、俺にはエルガディアの破壊を止める理由がある。だから計画の合間を縫ってアンタらネイビーブルーと、フレイムフェイスと接触したかったのさ。相当に綱渡りしたんだぜ? ま、それはそっちも同じだったみたいだが」
「まったくですねえ」

しれりと言ったのは、誰あろうフレイムフェイスであった。

「はてさて。長くなってしまいましたが、本題に戻りましょう。『乗合馬車』の離反者、リヴァル・モスターさん」
「ああ」
「こちらは約定を果たしました。アナタもそうして頂けるのですよね」
「無論。と、言いたいとこなんだがね」

リヴァルは顔を上げる。カドシュとスティアを、交互に見る。

「結局のところ、戻って来るんだよな。お互いのツレから納得を引き出せんのかって話にさ」
「それは」
「……確かにな」

カドシュは腕を組む。考える。
 人事の不自然さ、作戦遂行の早急性。それらは全て、彼ら二人が行っていた秘密取引に端を発しているのだろう。恐らくは、ネイビーブルーの結成すらも。
 そして十中八九、理由を聞いた所で納得のいく答えは返って来るまい。状況が押している事もあるだろうが、そもそも――。

「――そもそも。選択肢は出されてたんですよね」
「それは?」
「どんな手を使ってでもエルガディアを守る。それに同意できるのか、否か」

輸送車両内で交わした会話を、タームハイツ内での戦闘を、何より十七年前の立ち回りを、カドシュは思い出す。
 フレイムフェイスが行う事に、間違いはほとんど無い。全ての情報を明かしてくれない事にも、何らかの理由がある。
 カドシュは、そう判断した。

「信じますよ、勿論」
「お、即答だな」

意外そうな顔をするリヴァルに対し、カドシュは鼻を鳴らす。

「当たり前だ。そもそも隊長は二百年近くこの世界を守り続けて来たんだ。疑問はあっても、それで突っぱねる理由にはならない」
「ははは。面映ゆいですねえ。ほっぺたが赤くなります」
「アンタのほっぺたどこだよ。つーか紫じゃん」
「はっはっは」
「ま、とりあえず先方はまとまった事だし。こっちは勿論」

半笑いの表情でリヴァルはスティアを見上げる。
 そして、固まった。

「そうね。勿論」

何故なら、スティアの掌中には。
 今度こそ懐から取り出された巻物スクロールが、固く握りしめられていたからだ。

「決まってるわよ――イグニション!」

そのまま問答無用で、スティアはスクロールを発動。ダンジョンを発生させたのだった。

◆ ◆ ◆

「ふうむ」

もうもうと立ち込める塵芥。一メートル先も見通せない悪視界の中で、理解できる情報は少ない。

一つ、爆破解体デモリッションに巻き込まれた事。
 一つ、床が崩れ足場が消滅した事。
 一つ、重力の感覚がない事。

つまるところ、察するに。

「絶賛落下中と言う事ですねえ」
「しみじみ言ってる場合でもないのではー!?」

頭部コクピット内、操縦桿を握りしめながらアンバーが叫ぶ。

「はっはっは。なればこそ、動揺している場合でもありませんよアンバーさん」
「――はっ!? そういやそうですよね!?」

我に返るアンバー。そう、今の己はフレイムフェイス隊長を――カドシュ側とは別の分体を装着変身オーバーライドしている。この鉄火場の中にあって最も安全な位置に居り、だからこそ索敵や魔法による補助などを任されている。
 だから、今アンバーがするべき事は。

「私と隊長は無事……なら次は隊員の皆さんの安否……!」

即座に探知術式を起動するアンバー。反応は即座に返る。細かい所までは分からないが、少なくとも全員生きている。そして自分達と同じく絶賛落下中である。

座標はまちまちだ。フレイムフェイスの上にいる者もあれば、下でもがいている者もいる。より正確に位置を計算すれば、どうやら十五メートル程の半径に全員が収まるらしい。

後は簡単だ。フレイムフェイスを中心として、球状のシールドを形成。次に内部の重力を操作し、全員が横一列に並ぶよう調整。最後にシールド球そのものを操作し、先程の探知へ引っかかった床へ着地する。

そう、床だ。先程探知術式を使用した際、爆薬反応と共に発見していた着地点。

十中八九元のビルの一階データを使用しているのだろう、間取りや建材に類似点が多々ある。だが先程発生した爆炎の残滓や、コンクリートの残骸などは見当たらない。ダンジョンの管理者が排除したか。

そして、恐らく。

「つまんないなあ。一人も減らなかったなんて、つまんないなあ」

その排除操作をしたと思しき少女が、無表情にフレイムフェイス達を一瞥した。
 短い髪に、小柄な体躯。ともすれば人形のような印象すら受ける美少女であるが――アンバーは冷静に音声データを収集。照合は、すぐに終わった。

「声紋一致しました。彼女は先のダンジョンで交戦した破壊獣「ラージクロウ」の術者です」
「成程、ありがとうございます。ところで、魔力残量はどうなってます?」

率先して前面に進みながら、フレイムフェイスはアンバーへ尋ねる。無論、聞かれぬよう内部回線でだ。

「はい、ええと」
 素早くホロモニタを呼び出し、自分を含めたチーム全員の状況把握に努めるアンバー。その間に隊列を組み直し、フレイムフェイスの援護体勢を作る隊員達。
 ざっと確認した限り、彼らに目立ったケガはない。戦鎧套の頑健性に加えてシールド・ディフレクターもあるのだから当然ではある。

問題は、そのシールドがいつまで持つかだ。

「高い人でも、残りのシールドレベルは3……」

シールド・ディフレクターは強力な防御である分、魔力の消費も大きい。専用の魔力ストレージを装備しているネイビーブルー仕様ならばまだしも、一般隊員の戦鎧套はそこまで魔力容量が大きくない。
 それを補うのが魔力供給車両からの補給であり、安全地帯セーフポイントだったのだが――。

「はてさて。状況は変わりましたよ、乗合馬車のお嬢さん」
「クレイル。クレイル・フォー」
「ではフォーさん。理解しているのでしょう? アナタがたが持っていた優位性が、既に崩れている事を」
「……?」

数秒。
 心底不思議そうに、クレイルは首をかしげる。

「ああー。どうでもいいなあ」

それから、ようやく納得する。

「確かに私達はそっちの虚を突いた。初めて会う相手だから、戦って良いのか悪いのか分からない。そんなバカみたいなシステムの、弱いトコを叩いた」
「はっはっは、痛いご指摘ですなあ。まあいずれその辺は改善するでしょうが――どうあれその策が通用するのは、最初の一回きりです」

フレイムフェイスの背後、キャプテンが合図する。隊員達が一糸乱れず銃を構える。

「交戦許可は、もはや出ています。僕が、ネイビーブルーの権限がそれを認可しました。ご承知の通り、迷宮攻略班ですのでね」
「ふうん。それはちょっと面白いなあ」

誘い込んだダンジョンの奥地でフロアそのものを破壊し、安全地帯ごとフレイムフェイス共を攻撃。頭数を減らした上で上層部との通信を断絶させ、その間に壊滅させる。そんな流れの作戦を、ギューオ側は立てていた。

これは本命であるリヴァル側の動きを隠すための攪乱行動であり、フレイムフェイスとの交戦結果は特に重視されていない。勝とうが負けようが、特に意味は無いのだ。

だが。

「本気のギューオと、どっちが上かなあ」

ギューオ・カルハリは、こと戦闘に関して手を抜かない男であり。

「そんなもの。考える必要があるか?」

言いつつ重力を制御し、ふわと着地するギューオの右手には。
 深い赤色ディープレッドの魔力光を立ち昇らせる、大振りの剣が握られていた。

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