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黒面の探索者 BlackDiver 第四話

CASE01 人類特使誘拐未遂事件(4)

「ええと」

 慣れた手付きで、マットは情報端末《プレート》を操作。『星の向こう』で言うスマートフォンに似た動作を見せるそれの通話機能を起動。呼び出す。
 通話相手は三コール目で出た。

『はっはい! こちらは何と言いますかあのその』
「ああカドシュ君。僕です、マット・ブラックです。突然で恐縮ですが、色々とお伝えしたい事がありまして」
『えっブラック・ダイバーさん!? それはそうでしょうけどこっちも少々立て込んでおりましてえええええげばあ!!』
「――えええええげばあ!!」

 炸裂。衝撃。粉塵。
 背後の道路、T字路の中央に、奇声を上げるなにかが降って来たのだ。

「おわっ!?」

 反射的に情報端末を胸に戻すマット。背にスティアを庇いつつ警戒。やがて粉塵は晴れ、そこには――路面をひび割らせながらも、どうにか着地を成功させたカドシュが居た。
 なおガニ股であった。

「えぇー」

 マットは見上げる。カドシュが落ちて来た方向。覚えのあるビル屋上。
 理解し、改めて情報端末越しに話す。

「ひょっとして、落下中に通信してしまったのでしょうか僕は」
『はい、そうなりま、す』

 つらそうな声を出すカドシュ。あの鎧套《メイルコート》がマットのものと同型である以上、跳躍補助の術式もまた内蔵されている筈。使えなかった訳でもないだろう。そうでなければそもそも飛び降りる選択をするまい。
 余程通話が気を散らしてしまった、と言う事か。

『と、とりあえずそちらへ行きますね』

 宣言通り歩いて来るカドシュ。ぎくしゃくした足取り。それがどうにか普通に直立出来るようになったのは、丁度マットの前に辿り着いた頃だった。

 そして、勢いよく頭を下げた。

「いやホントすんませんでした!!」
「申し訳ありません。とんだ粗相を」

 それとまったく同じタイミングで、マットも頭を垂れていた。

「えっ」
「おやっ」

 同時に頭を上げるマットとカドシュ。沈黙は数秒。今度はマットが先んじた。

「僕が術式操作の邪魔をしなければ、あんな事にはならなかった、ですよね」
「いや、いやいや。オレのやらかしの方がヤバいですよ。まさかアナタがかのブラック・ダイバーだったとは……」

 気まずそう謝り合う似た服装の二人。どうしたものかと髪をいじっていたスティアは、やがて強まって来るサイレンに気づいた。

「……? あのう、何か、近づいてません?」
「え? ああ、そりゃそうだ。そりゃ来ますよね。此方の管轄のZATが」
「ZAT?」
「霧幻迷宮攻略部隊《ゾーン・アタック・チーム》の略称です。まあ見た方が早いですね」

 手でひさしを作り、マットは道の向こうを見やる。果たしてT字路を曲がって現れたのは、一台の巨大な車両であった。

『星の向こう』で言う大型ダンプカーくらいの大きさだろうか。全高はなお高い。如何にも戦闘用である事を隠さない、角張った無骨な六輪の装甲車両。
 更にその後部には、車体そのものより長大なコンテナが二つ牽引されている。それが近づいて来ているのだ。サイレンを鳴らしながら。さながらドラゴンが近付いて来るような錯覚を、スティアは受けた。

 実際、間違いではない。その名はレックス級鎧機甲車メイルキャリアー。かつて『星の向こう』で生息していた竜種の名を関する装甲車両は、マット達が立つ少し手前で停止。かくて霧幻迷宮《ゾーン》へ睨みを効かせる磑機兵車両から、最初に降りてきたのは一人の山人《ドワーフ》であった。

 短い髪。山人特有の小柄な背丈。スティアよりも少し小さいだろうか。だがその角張った顔立ちと、何より鎧套の下からでも解る筋肉は、ひ弱さからはおよそ無縁なシルエットを作り出している。
 きびきびと歩く山人の男は、やがてマットの前で停止。向かい合う二人は、短い敬礼を交わす。

「SPSF所属、マット・ブラック三等特佐です」
「セントラル第三方面軍ZAT隊長、タリク・レイバであります」

 言って、敬礼を解く二人。次いでマットは右腕を掲げる。そちらにのみ装着されている黒色の籠手。その手首辺りを操作。
 途端、鎧套から立ち上る魔力。一瞬の光。それが晴れると、マットは元の黒髪の頭に戻っていた。変身を解除したのだ。
 まだ掲げている右手には、いつの間にかLキーが握られている。スティアは察する。先程の黒い籠手は、これが形を変えたものだったのだ、と。

「お疲れ様です、レイバ隊長。何年ぶりでしょうか? どうやらご出世されたようで、おめでとうございます」
「ハハハ! ありがとうございます。顔を合わせたのは確か、そう、六年ぶりですなあ」

 笑い合う二人。盛り上がっているようだが、スティアには何が何だか分からなかった。

「知り合い、なんですか」
「そりゃ勿論そうですよ。何せブラック・ダイバーと言えばこの世界、エルガディア創世時から活躍されている英雄ですからね。伝説ですよ伝説」

 答えるカドシュは誇らしげに笑っている。
 何となく、スティアは気に入らなかった。

「――さあて、挨拶はここまでにしまして。始めましょうか。各員に通達! ベース・フォーメーション開始せよ!」

 そうタリクが言うなり、背後の鎧機甲車が音を立てた。背部、牽引されていた二つのコンテナが音を立てて展開。収められていたものが姿を現していく。

 前コンテナからは、各種コンソールなどが並ぶ攻略拠点が。
 後コンテナからは、ベッドや魔力タンクが並ぶ補給拠点が。

 そしてどちらのコンテナからも、待機していたZAT隊員達が降車。総勢二十人くらいだろうか。うち一人の大柄な隊員が鎧機甲車の傍らに立ち、背負っていた両刃剣を抜き放つ。
 戦闘用、にしては奇妙な文様の刻まれた刀身。『星の向こう』に置ける電子回路に酷似しているそれを、スティアは知っていた。

「コントロール・ブレードだ」

 大柄な隊員はコントロール・ブレード、通称Bコンを地面に突き立てる。鍔元の装甲が展開し、刀身の電子回路が輝く。
 連動し、先頭車両の装甲継ぎ目から魔力光が溢れる。内部機構が駆動し、鎧機甲車は変形を始める。

 そう、変形だ。そもそも鎧機甲車《メイルキャリアー》とは、元来の出力を運搬用に転用した形態でしかない。鋼の巨体は手足を伸ばし、本来の姿を、磑機兵《メイルギア》としてのカタチを顕にする。
 即ち。『星の向こう』に置ける竜種《Tレックス》を彷彿とさせる、巨大な二足歩行兵器の姿を。

 大型な隊員はBコン鍔元から展開された操縦桿を掴み、ゆっくりと倒す。レックス級鎧機兵は前進。霧幻迷宮によって変異した区画の手前で立ち止まる。

 今もなおじわじわと広がり続ける変異現象。睨みながら、レックス級は右足を振り上げる。
 すると足底部から一本の杭――パイルバンカーが展開。大柄な隊員の操作に従い、それを地面に突き立てる。そこを起点として、電子回路のように複雑な光文様が地面を走った。

 右と左。二方向へ瞬く間に広がっていく光の線は、あっという間に霧幻迷宮の領域を取り囲んだ。直後、レックス級の足元で変異領域が光文様に触れる。だが変異はしない。ただバチバチと音を立てるばかり。防御術式による囲い込みが完了したのだ。レックス級の魔力が尽きる、あるいは破壊されでもしない限り、この防御が突破される事はあるまい。

 侵食防止、並びに攻略拠点展開。ZATによる霧幻迷宮攻略の第一段階が、まずは完了したのだ。
 そうした一部始終を見やりながら、マットは頷いた。

「素晴らしい展開速度ですね。では、迷宮入りと参りましょうか」
「? それ、どういう意味なんですか?」
「ああ。何でも、『星の向こう』に置ける事件への対処心得らしいんですよ。何だか語感が気に入ったので、口癖になっちゃったんです」
「ほほーう。なるほどなるほど」

 本気で感心するカドシュ。だが悲しいかな、それがまったくの誤用である事を指摘できる人間は、残念ながらこの世界には一人も居なかった。

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