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フレイムフェイス 第九話

猛撃のディープレッド (3)


 時間は少し遡り、アンバーを乗せた輸送車両が発進した少し後。
 サイアを筆頭とする一般防衛隊員達も各種車両に乗り込み、車列を作って走り去る。後に残ったのは所轄警察と、救護支援目的の一部防衛隊員達。
 そして、カドシュであった。

「では、さっそく始めましょう」

カドシュの掌中、プレートに表示されたフレイムフェイスが促す。彼はアンバーの車両を制御していたのとは別個体だ。己の意思を分割し、二か所の作戦行動に対応しているのである。

「……アンバーの方にいるご自身とも、情報共有できてるんですよね」
「勿論、切り離しているのは意識だけです。記憶領域は今でも共有していますよ。そうでなければこんな作戦出来ませんからねえ」

のほほんと、とんでもない事を言ってのける上司。つくづくヒトの在り方を逸脱したフレイムフェイスは、プレートに告げる。
「プレート。過去一か月間、タームハイツビルを中心として、半径三キロ圏内で撮影された人物を抜き出して下さい。その際、公的登録された写真に引っかからなかった人物をピックアップするように」
「了解。顔認識実行します」

途端、カドシュの前に現れる一枚のホロモニタ。区分けされた大小さまざまな四角形が並ぶ中、最も目を引くのはやはり一番右側のものだろう。最も大きいというだけではない。中に映る写真が、凄まじい勢いで切り替わり続けているからだ。

写真はどれも人の顔写真だ。表示時間は一枚につき一秒にも満たない。
 角度、解像度、どれも一定しないが、全て高い場所から撮影されている。フレイムフェイスの音声コマンドに従い、周囲の監視カメラ映像を解析、既存情報と比較しているという訳だ。
 ふと、カドシュは問う。

「さっきのダンジョン内の戦闘で、アンバーがタギー・ユイス氏の詳細を素早く割り出せたのも、この顔認識術式があったからですよね」
「そうですね」
「で、認識の比較に使われるデータベースは、遠く離れたサーバー内にある」
「まあ、そうですね」
「でも、さっきのダンジョンは通信が封鎖されてた筈では?」
「ああ。それは簡単ですよ。現着した時、予めカドシュ君とアンバーさんの戦鎧套メイルスーツ内部データバンクへ、この建物一帯の人物資料などを入れておいたんです」
「ああ、成程」

外部との連絡が不安定になる事件現場へ対応する際、役立ちそうなデータを持ち込むようにする。それ自体は特に珍しい事ではないが、その為には結構な設備が必要である筈だ。『海の向こう』で例えるならハードディスク、あるいはサーバーそのものを携行するようなものなのだから。

最低でも通勤カバンサイズの記憶装置。大掛かりなものになれば車両まる一台が使われる場合もある。それを、たった一着の戦鎧套の一部位が賄っているとは。相応な希少素材が使われている筈である。恐らくはハイブリッド・ミスリル。それも第三世代以降の。

「それにしても、時間かかりそうですね」
「期間も半径も、かなり広くとりましたからね。ひょっとするとこの検索が終わるよりも先に、どこかへ新しいダンジョンが生えるのが先かもしれないですねえ」
「その間、手ぶらで居る訳にもいかないよな」

改めて、カドシュは周囲を見る。数は減ったが警察も防衛隊もまだまだ忙しく動いている。車両群は改めて並びなおされ、うち医療用車両は内部機構を展開して簡易医療基地へと変形済。救出された住人の受け入れを始めている。カドシュ達はその片隅の机を借りて解析をしていたのだった。

「隊長、俺も救助活動の応援に入ります」
「分かりました、宜しくお願いします。続きの解析は」

簡易医療基地の隣に止まっていた車両のライトが点灯し、ホロモニタが浮かび上がる。四角の中では写真が切り替わり続けている。

「此方を借りて進める事にしますよ」
「了解です」

プレートのホロモニタを消去し、立ち上がるカドシュ。
 歩き出そうとして、ふと思いつく。

「あ、そうだ」
「どうしました?」
「検索条件ですよ。例の工場の周囲で見かけた顔と照合すれば、対象をかなり絞り込めるのでは」

一回、二回。フレイムフェイスのアイコンは回転する。

「……成程。今工場へ展開しているダンジョンの、敷設準備や下見をしていたかもしれない訳ですね」
「そうです」
「ウン、鋭い着眼点です。そちらも合わせて検索を始めます」
「お願いします」

今度こそ歩き出すカドシュ。救護活動に加わり、担架を一台借り受ける。
 そうして一人の要救助者を預けた矢先、フレイムフェイスから連絡を受けたのだった。

◆ ◆ ◆

「それで、どうでしたか」

卓につきながら、カドシュはプレートを起動。ホロモニタが浮かび上がり、移って来たフレイムフェイスアイコンが表示される。

「まず絞り込めたのは、この十八名です」

フレイムフェイスの隣にもう一枚、横長のホロモニタが追加表示。言葉通りに十枚の写真がずらと並ぶ。

「若い子が多いですね。というか、半分くらい、学生?」
「ええ、アパートですからね。住人の方々です。未成年は公的記録写真……運転や魔法の免許証なんて、まず持ってませんからねえ」
「ではそれらは除外するとして、他は……」

ざっと眺める。老人、中年男性、主婦。どの写真も共通して角度が悪い。あるいは帽子を被っている。それが理由で、あるいは公的記録と髪型が変わっているため弾かれたのだろう。

通常の捜査であれば、それを基として次のステップへ進むものだ。それは更なるデータ解析だったり、あるいは地道な聞き込みだったりと、状況に応じて変わる。
 だが、今回は。

「……この、垂れ目の男が、何となく怪しいですね」

カドシュ・ライルの直観による選別と。
 彼が考案した別視点からのデータ比較があるのだ。

「良いカンしておりますねえカドシュ君。どうやらその通りのようです」

更にもう一枚、ホロモニタが追加表示。映るのは横顔の拡大写真。ティンチ飲料工場の作業着を着ているが、間違いない。
 帽子を取って頭をかいているその顔は、垂れ目の男だった。

男の周囲には、同じく作業着を着た三人。一人は赤い髪の偉丈夫。一人は小柄な金髪の少女。
 そして、もう一人は。

「……あれ」

先程のモニタに視線を戻すカドシュ。学生だろうと外したうちの一枚を、まじまじと見る。
 長い銀髪の、若い女。工場側の写真は帽子に合わせて髪をまとめているが、間違いない。同一人物だ。

「工場のバイトに精を出す学生達、って訳じゃあなさそうですね」
「でしょうね。特に男二人の方。明らかに成人しているでしょうに、公的記録写真から見つかりません」
「工場の勤務者名簿から調べられませんか? サーバーは敷地の外でしょうし」
「既に検索済みです。四人とも該当しませんでした」
「と、言う事は」
「ええ。この四人の足取りを追えば、彼らの本命を事前に潰せる筈です」

◆ ◆ ◆

未だ四隅から光柱が立ち昇り続けているティンチ飲料工場。敷地内は見通せない。全体に暗い、夜のような靄がかかっているためだ。
 否応なく、思い出してしまうアンバー。十年前――世間一般では、十七年前。当時発生したダンジョンへ、カドシュと一緒に巻き込まれ。
 すんでのところでフレイムフェイスに救助された、あの日の事を。

「準備完了しました、特佐」

サイアの声に、アンバーは物思いから引き戻される。そこは工場入り口前。今までに無かった扉が一つあり、それを中心として防衛隊と警察の車両群が半円の陣を敷いている。
 陣の内外で忙しく動き回る警察官と防衛隊員達。そんな中にある半円陣中央、扉の前で動かない一団は否応なく目立っている。

彼らは濃緑色の戦鎧套に身を包んだエルガディア防衛隊員達であった。

「了解しました。さあ、アンバーさん。お願いします」
「は、はい!」

一歩、勢いよく前に出るアンバー。真正面の整列隊員達と目が合う。見回せば、他の隊員や所轄警察官達も自分を見ているのだろう。
 何だか急に気恥ずかしくなって来た。ので、動けなくなる前にアンバーは開始する。

プレート中央、紫色のアイコンをタップ。噴出する魔力光。光は線となって二メートル程上空へ伸び、一瞬で幾本にも分割。弧を描き、組合わさり、光の円陣を形作る。

「ゲット レディ」

合成音声で問うプレート。二度目であるアンバーは、迷わずに答えた。

装着オーバー変身ライドっ!!」

円陣は、魔導陣は応える。光を増しながら下降。アンバーの身体を通り抜け、地面への接触と同時に、消滅。

かくてアンバーと入れ替わって現れたフレイムフェイスの姿に、周囲の者達は目の色を変える。最初に変身した時は周りを確認する余裕なんて無かったが、こうして見ると。

「皆さん、何だか、テンション上がってるぽいですね」
「そのようですねえ。きっと有名人が現れたんでしょう」
「なるほどー。でもそれっと多分私がコクピットに座ってるひとだと思うんですけども」
「はっはっは」

などとアンバーが所感を述べている合間に、フレイムフェイスは外側でも状況を進めていく。

「最初の突入班パーティは、こちらの五名ですね?」
「はい」

サイアの頷きに合わせ、最前列で並んでいた隊員の目が鋭くなる。彼らは拳銃だけでなく、連発銃や長剣、大型盾などで武装している。見れば、後ろに並ぶ者達も同様だ。

突入班《パーティ》。それは二百余年前から続く、由緒正しいダンジョン攻略要員の名前である。

この世界における「ダンジョン」とは、今も昔も魔法によって物理法則を歪められた領域の総称だ。魔物の発生、通路の変化、重力の変動――例を挙げればキリがないが、最も警戒すべきなのが「ダンジョンそのものに取り込まれる」という事態である。

物理法則を書き換えるダンジョンは、当然ながら展開するだけで魔力を消費する。それも相当な量を。技術者達は今も昔もこの問題へ果敢に挑み続けており――その中でも初期に考案され、現在も使われ続けているのが「入り込んだ者の魔力を強制吸収する」システムである。
 敵対侵入者の意識を何らかの手段で失わせ、精神を制御。そのまま生きた魔力タンクとしてダンジョン維持に使うという訳だ。

この為侵入する側は対策を強いられた。大量の人員投入による飽和攻撃、は程無く廃れた。例えば誘い込まれた次のフロアが低酸素空間だった場合、どれだけ頭数があろうと窒息や高山病で全滅するからだ。

試行錯誤の後、主流となっていったのが高性能装備で固めた小隊による威力偵察を主とした侵攻作戦である。

「では、攻略を開始しましょうか」

そして二百余年間、フレイムフェイスはその先端に立ち続けた戦士であり。
 彼は、無造作にダンジョン入り口の大扉前へ立つと。

「お邪魔しまーす」

無造作に、それを開いた。
 そして、相対する事になるのだ。
 ディープレッドの刃を持った、短髪の偉丈夫と。


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