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フレイムフェイス 第四話

再会のネイビーブルー (4)

 探索。接敵。
 咆哮。交戦。
 撃退。探索再開。

 それらを三度繰り返した後、カドシュは首を傾げた。

「妙だな」
「どうしたのカドシュ、ちゃん」

 尋ねるアンバー。奥歯に何か挟まったような口ぶりだが、カドシュは気にも留めない。

「敵戦力が小出しに過ぎる、と思ってな」
「確かに。この先で盛大な歓迎準備をしてるとは思うんですけどねえ」

言いつつ、フレイムフェイスはマップを確認。先程アンバーが探知した広間までは、もう少し距離がある。

「何と言いますか。露骨に遅延戦術ですよねえ」

相変わらず無造作に歩いていくフレイムフェイス。なお彼は今までの襲撃を、全て素手で切り抜けていた。腰の魔導銃と刀には、まだ手を伸ばす素振りすら見せない。

「他の狙いがある、と?」
「でしょうねえ。確証はないので、今のところただのカンですが」
「……いえ、一つ手があります」
「と、言いますと?」
「アンバー特別隊員、外のハーグ三等陸佐に連絡してくれないか」
「え? 分かっ、じゃなかった了解」

アンバーはコンソールを操作し、外の対策本部と通信を繋ごうとした。
 だが、出来ない。

「あれ? ダメ、繋がんないよ」
「おっと、では一気に分かりやすくなりましたねえ」
「どういう事です?」
「ダンジョン内部から外部への通信が繋がりにくい、あるいは不通になる現象自体は珍しいものではありません。ダンジョンを構成する魔力が、通信に干渉してしまうからです」
「『海の向こう』で言う所の地下や山深い場所じゃあ電波が入らないみたいな感じでですか」
「感じですね。ですが、それは大抵もっと深い場所に行ってからの話です。しかし我々はまだ入り口に程近い場所に居ります。よって答えは一つ」
「このダンジョンそのものに、通信を妨害する仕組みが組み込んである」
「そういう事でしょう」
「な、なら早く戻って知らせないと!」

操縦桿を捻るアンバー。フレイムフェイスの仮面だけがぐるりと後ろを向く。

「はっはっは、気持ちは分かりますが落ち着いて下さいアンバーくん」
「今戻れば、それこそ敵の思う壺だろう。何より敵はこのダンジョンを掌握してる。露骨に戻る姿を晒せば、通路が変形して入り口に辿り着けなくなる可能性だってある」
「じゃあ、どうすれば」
「簡単な話ですよ」

言いつつ、フレイムフェイスは己の仮面を正面に戻す。

「手早くこのダンジョンを攻略してしまえば宜しい。それから外の部隊に知らせる。それだけの話です」
「それは、」

言いかけて、アンバーは気付く。正面、一際大きな両開きの扉。話し込んでいる間に、先程探知した大部屋へ辿り着いていたのだ。

「何というか、その、シンプルですね」
「それが最善ですよ、何であろうと。筋道が見えてるなら猶更にね」

躊躇わず扉を開くフレイムフェイス。現れたのは、探知術式に描かれた通りのただっ広い石造り空間。四方に暗闇が堆積するその中央へ、フレイムフェイスとカドシュは歩いていく。
 やがて暗がりを透かして見えて来る次の扉。だが二人は足を止める。

「悲しいなあ」

唐突に、どこからともなく、そんな声が響いて来たからだ。

「アンバーさん、解析を」
「了解!」

頭中のアンバーへ指示しながら、カドシュと背中合わせに立つフレイムフェイス。
 その手が、刀の柄へ伸びる。

「悲しい、悲しいなあまったく。そりゃあ確かに俺の仕事は時間稼ぎで、見破られるのは織り込み済みだったけど。こんなに早くバレた上に雑談のタネになるばかりってのは、なかなか悲しいなあ」
「それは失敬。ではアナタもこちらへいらっしゃいませんか? アナタがたとの対話は常々したいと思っているのですよ。それこそ二百年前から、ね」
「へ、え。そうなんだ」

少し、言葉尻が上向く何者か。だがすぐさま最初の調子に戻る。

「ああ、でも、やっぱり悲しいなあ。それが出来ればいいのかもしんないけど」

アンバーの左正面、浮かんでいたホロモニタの一枚が、魔力の変動を知らせる。何かが現れようとしている。

「それを決められるのは、俺じゃあないし。俺のする事は、最初から決まってるし」

淡々とした、どこか気だるげな何者かの声。呼応するかの如く、地面に光が灯る。石畳の継ぎ目に電子回路じみた輝きが走る。

「こ、れは!?」

カドシュが見回す中、光は床だけでなく壁や天井まで走る。埋め尽くす。

「この部屋の定義を書き換えるつもりのようですねえ。警戒して下さい」
「書き換え、ってそんな軽く」

出来るもんでしたっけ。そうアンバーが言い終えるよりも早く、それは起きた。
 フレイムフェイスとカドシュ。二人の靴底が、地面から離れたのだ。そのまま少しずつ、止まる事無く上昇していく。

「これは」
「かる、軽くなってる!?」
「いえ、何と言いますか、重さが消えたのです。無重量空間というものですねえ。『海の向こう』では宇宙と呼ぶらしいですが」
「そ、そう言えばそんな所もあるらしいですね! でも、聞くと体験するとでは大違いと言いますか!」

暴れる髪を抑えようとするアンバー。うっかり引っかかる眼鏡。飛び出し浮かびかけるそれを慌てて抑えた時、ホロモニタの一枚が接敵を告げた。

「て、敵が来ます! 数は八、全て上から!」

見上げるフレイムフェイスとカドシュ。視線の先、光の葉脈から染み出すように現れた影が、一斉に天井を蹴った。

「GAAAAAAAッ!」

先程と同じ声、同じ姿、同じウォリアータイプ。だが形状と、何より装備が異なっている。

まず脚部が無い。本来あるべき足が、平たく長いフィン状の構造に変換されている。フィンの先端には強い光が灯っており、これが推力を生み出しているのだ。アンバーは理解する。あれは『海の向こう』で言う所の『スラスター』と呼ばれる装置を模したものであると。

だから早い。自由落下が存在しないこの場所で、それこそ彗星のように距離を詰めて来る。

「GAAAAAAAッ!」

そして、それ以上に存在を主張するのが腕部の変形した武器だ。今までのような刃物ではない。銃器。それも長銃身。
 マシンガン? それともショットガン? 見極めようとするアンバーであったが、それより先にフレイムフェイス達が動いた。

「カドシュくん。お足を拝借できますか」
「足? ……ああ、成程」

無重量状態の中、二人の男は器用に互いの右足裏を合わせる。

「では行きますよ? いっせーの」
「GAAAAAAAッ!」
「せいっ!」

互いを蹴り合う二人。弾かれ離れていく両者が四秒前まで居た座標を、赤い光が薙ぎ払った。床を丸く抉り溶かすそれこそは、現代における炎の魔法、即ちファイアバレットである。
 戦鎧套メイルスーツ越しにその熱を感じながら、カドシュは告げる。

「プレート、戦鎧套を0G戦モードに」
「了解」

合成音声が答えると同時、カドシュの足裏と背中に光が灯る。内蔵の重力制御術式が働き、危なげなく着地。顔を上げる。迫っていた八体のウォリアーのうち、四体がカドシュ目掛けて軌道を変える。再び銃を構える。

「GAAAAAAAッ!」

咆哮と共に放たれる一斉射撃。カドシュは地を蹴り、更に壁を駆け上がる。無重量環境、かつ重力制御術式起動中だからこそ出来る芸当。だがそれでも多勢に無勢、完全な回避には至らない。何発かがカドシュの戦鎧套を叩く。

「熱つ、熱っつ!」

熱こそ多少伝わるものの、カドシュ本人にダメージはない。先に展開しておいたシールド・ディフレクターが保護してくれている。だが当然、シールド自体は消耗する。

「シールド減衰。パワーレベル9に低下」

律儀に状況を知らせる合成音声を聞きながら、カドシュはプレートへ音声入力。

「プレート、ホロモニタを一枚表示! 俺の前! 鏡面設定でだ!」
「了解。ホロモニタ展開します」

瞬間、カドシュの正面一メートル程の座標に正方形のホロモニタが浮かぶ。戦鎧套の機構を介してカドシュの視線と連動するそれは、どんなに激しく動こうともカドシュの顔前を維持し続ける。

カドシュは走る。遂に天井へ至る。モニタは鏡のようになっており、振り向かなくとも後ろが分かる。追随する四体のウォリアータイプはスラスターを唸らせ、じりじりと距離を詰めて来る。狙い通りだ。カドシュは意図的に走る速度を緩めていた。
 四体の銃口がカドシュを照準。仕掛けるならば。

「いま、だッ!」

モニタを消し、重力を操作し、カドシュは一際大きく跳躍。ウォリアータイプが吼えたのは、まさにそのタイミングであった。

「GAAAAAAAッ!」

咆哮、及び銃撃の雨。足裏を掠めるそれらを置き去りに、カドシュは反対側の壁へ至る。瞬間、全力で蹴る。反動が、カドシュを勢いよく射出する。射出先には、今まさに標的へ狙い定めんとするウォリアータイプの群れ。

「遅いっ!」

カドシュは得物を引き抜く。フレイムフェイスと同型の日本刀。推力を余す事無く乗せて、叩き切る。

「GAAAAAAAッ!?」

先頭にいたウォリアーが両断、爆散。カドシュは再び天井へ膝立ち着地し、振り向きざまに銃を抜く。照準。射撃、射撃、射撃。

「GAAAAAAAッ!」

三体のうち二体が銃撃を受け、怯む。体表が幾らか欠損する。だが致命打には至らない。出力こそ低いが、敵もまたシールド・ディフレクターを展開しているのだ。

「やっぱ対策してくるか」

呟くカドシュ目掛け、突撃してくる三体のウォリアータイプ。未だダメージのない一体をしんがりに列を組みつつ、一斉に武装変更。腕部が変形し、銃から刃へと形を変える。銃弾よりも体積の大きいそれは、当然ながら込められた魔力量も大きい。威力も上だ。

高い威力を叩き込む。それは二百年以上前から変わらない、防御魔法攻略の最も手っ取り早い方法だ。幾らカドシュのシールドが最新鋭のものだろうと、あれほどの加速が乗った斬撃を受ければただではすむまい。

もっとも。
 それは、当たればの話だ。

フレイムフェイスの随伴部隊員に選ばれたカドシュの実力は、伊達ではない。

「お、お、おッ!」

構えた刀で、カドシュは一体目のウォリアーの刃を受ける。絶妙に体を傾け、ウォリアーの刃を刀の上で滑らせる。止まれぬウォリアー。しかも足はスラスターであるため、たたらを踏む事すら出来ない。自らが生み出した速度のまま、地面へ強か叩きつけられる。

「GAAAAAAAッ!?」

二体目。間髪入れぬ薙ぎ払いを、カドシュは自ら背中から倒れこみ回避。鼻先を掠める刃。続いて通り過ぎるウォリアー本体。その腹に、カドシュは銃口を押し付ける。射撃。

「GAAAAAAAッ!」

吹き飛ぶ二体目。接射がため胴体には大穴が開く。いずれ形を失い消滅するだろう。だがそれより先に三体目がカドシュへ斬りかかって来た。

「GAAAAAAAッ!」

上段から襲い来る袈裟斬りを、カドシュは刀で受ける。衝撃。戦鎧套の機構がそれを緩和する。

「GAAAAAAAッ!」

更にウォリアーは勢いのまま連撃に移行。突き、払い、振り下ろし。両腕が刃である事を最大限に生かした、素早くコンパクトな連続攻撃。やはり無傷である分、先の二体よりも動きが良いのだ。

「ふ、う、うっ」

対するカドシュは刀で受け、止め、流す。反撃はしない。出来ない訳ではないが、仕留め損なえば今し方体制復帰した一体目から横槍を受けかねない。
 故に、カドシュは。

「プレート、モード閃雷準備」
「了解。閃雷術式、チャージ開始します」

無機質な合成音声と同時に、カドシュの刀がにわかに輝きを帯びる。白い光。稲光にも似た、明らかな必殺の気配。先んじるべく、ウォリアー二体は強引な攻撃に出た。

「GAAAAAAAッ!」

カドシュと鍔迫る個体がそのまま押し込んで動きを封じ、もう一体が側面から突撃刺突を敢行。あわや刃が脇腹を抉る、その直前。

「はッ!」

戦鎧套の身体強化を瞬間増幅し、カドシュは正面のウォリアーを押し退ける。次いで側面の刺突を刃で受け、流す。二体のウォリアーが、ほぼ一直線上に重なる。

「い、まッ!」

刹那、カドシュは輝く日本刀を降り抜く。横一文字。閃雷術式が発動し、斬撃半径が瞬間拡大。白い円弧となってウォリアー二体を引き裂く。

「GAAAAAAAッ!」

断末魔と共に、ウォリアー二体がズレる。構成魔力が行き場を失い、音立てて爆散する。約二十年前、フレイムフェイスも見せた攻撃術式。それを今、カドシュは放ったのだ。

「ふ、う」

感慨、とはとても似つかぬ奇妙な感情を抱えながら、カドシュは納刀する。光はとうに失せている。次いでフレイムフェイスの、アンバーの戦況はどうなったのか、と顔を上げて。

一帯を埋め尽くす巨大な爆発を、カドシュは見たのだ。


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