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「静かなる男」の街、熱狂す
2009年3月11日~21日 アイルランド紀行13
3月14日 曇りときどき晴れ
Donegal - Drumcliff - Sligo - Cong③
Dublin,Drogheda,Donegalと海近い街に宿泊していたので(しかも頭文字がすべてDだ)、今日は違う立地でと選んだのがコング(CONG)。コングは、「湖と湖の間にはさまれた」という意味で、コリブ湖(Loch Corrib) とマスク湖(Loch Mask)の間に位置する。
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川が街を取り囲むように流れ、とても静かで美しい。一周10分余で歩ける小ぶりな町だが、ジョン・フォード監督の「静かなる男(Quiet Man)」という映画で世界に知られることになった。
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まずは宿を決めるべく街をクルクルと周遊し、やがてオレンジ色の建物のホステルに吸い寄せられるように車を止め、本日の宿が決定した。
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奥のホールでテレビ放映されている何かの試合が佳境だったらしく、玄関に出てきた宿のお兄さんは気もそぞろ。しかし部屋がみたいという要望に気持ちよく応えてくれた。「OK!ここに泊ることに決めた。」と伝えるとお兄さんはにっこり微笑んでチェック・イン手続きをし、再び試合を見に戻った。
暮れなずんできたコングの街に夕食前の散歩にでる。
宿の横を流れる清流に沿うと、耳に心地よい水の音で気持ちが安らいだ。
モナスターボイス、スレーン、ドネゴールと連日修道院跡を訪れているが、さらに4つ目……コング修道院跡に到着。さすがに夕暮れ時に墓を分け入るのはいささかおどろおどろしかったが、他にも観光客がパラパラと訪れていた。
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この修道院はアイルランドの至宝「コングの十字架」を所蔵していただけあり、規模が大きい。コングの十字架は後日ダブリンで見る機会を得るのだが、ケルト文様の細工の細かさにただただ驚嘆する白物である。察するに往時はさぞ栄えていたことだろう。
中庭を囲む回廊の柱一本一本のデザインが異なり、趣向が凝らされていて、その柱それぞれの個性を眺めるのは楽しかった。カメラにも収めたが、もっと日中の光で撮影したら美しかったろうにと思う。
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回廊の向こうの林の近くにも、さきほどの川がゆたゆたと流れていた。泥炭地のせいか、水が黒く見える。水は黒いが水底の藻がふわんふわんと揺れ動いているのがわかる。
「本当にブラックウォーターだね。オフィーリアが流れてきそうだ。」と夫が一言。なんと言い得て妙な表現だ。
シェークスピアの「ハムレット」のオフィーリアが溺死する情景を描いたジョン・エヴァレット・ミレーの名画があるが、それそのままに悲劇の女性が唇を半開きにしてひっそりと浮いていそうな雰囲気だった。
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コングのメインストリートは短いが、それでもパブが数件ある。
「Oh!!Woow!!」「Yeah!!」
いくつかのパブから、ほとんど同時に歓声がもれ聞こえる。
ホステルのお兄さんが熱狂していた試合が恐らくまだ続いているのだ。
この釘付けられぶりは、アイルランド対イギリスであろうか?
夫がアイルランドで体験したいことに「アイリッシュ・コーヒーを飲む」という項目があった。その希望を満たさんとばかりに、通り一番手前のパブに「アイリッシュ・コーヒー」と書かれた看板が出ていた。
「お~っ、飲む飲む~。」
勇んで開け放たれた扉をくぐると小さな廊下があり、「静かなる男」の撮影現場写真が複数飾られていた。
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さらに次の扉を開くと、ギネスを片手に試合に熱狂している男ばかり7,8人がいっせいにこちらを注視する。突然入ってきた東洋人にぎょっとしている様子だったが、試合中継が大事とすぐにまたテレビを見やった。
「アイリッシュ・コーヒー、二つ」
店長は、無表情で試合を見るのを中断して作業に入った。いやはや、宿でもここでも申し訳ない。しかし店主のコーヒーを入れる様は本当に丁寧で職人のそれだった。
ワイングラスのようなものに入れられ、熱いアイリッシュ・コーヒーが運ばれてきた。グラスの柄の部分に持ち手が作られ、熱が伝導しないため、そこだけ分厚くガラスが加工されている。アイリッシュ・コーヒー専用グラスなのだろう。甘いクリームの下から、空腹時の胃を熱くするブランデーがコーヒーの苦味とともにはいりこんでくる。その甘み・苦味・アルコール具合がここぞというところで決まっている。極上の味だった。(2023年3月、今もって、あれ以上のアイリッシュ・コーヒーにはお目にかかれていない。)
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サッカーの試合と思いきやラグビーで、イングランドではなく対スコットランド戦だった。男たちのエキサイティングな雄たけびとともに、結果はアイルランド勝利で終わった。
ほどなくして、ヒーローインタビューが始まったが、あれほどまでに試合に熱狂していた男たちはすでによもやま話に花を咲かせ、画面には目もくれない。どうやら試合自体に興味があるらしい。
ところで日本に帰って半年ぐらいしてから、ジョン・フォード監督の「静かなる男」をようやっと見ることになった。
主人公ジョン・ウェインが恋人の兄と喧嘩する現場が、まさにアイリッシュ・コーヒーを飲んだこのパブだったのには、驚いた。
店の内外装もほとんど映画と同じまま!感動が倍増!
夫と悲鳴をあげて、喜んだのだった。
余談だが、近ごろ(2023年3月)観たスピルバーグ監督「フェイブルマンズ」でデヴィッド・リンチ監督がジョン・フォード役を演じていたのにびっくりした。渋かったなーー。
その後、アイルランドに来てから食事をはずしたことがない我々は真剣にご飯どころを探した。小さい町なのでレストランの数が限られるが、どれもピンと来ない。妥協のしどきか…むむむ。
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「泊っているところの食堂は、どうかな?」と夫が提案。
宿の1階のパブスペースは人だかりで、試合を見る人であふれていると思ったが実は食事がうまいのかもしれない、という推理にその提案は基づいていた。ピンと来ないまま同意したが、蓋を開けてみると旅一番のリーズナブルかつ極上のディナーにありつくことになった。
出てきた一皿目は「アボガドとエビのサラダ」。、カクテル風にアレンジされ、とてもおしゃれだ。ちょっとしたフレンチの店にきたようだ。
もちろんアイルランドの定番のお通し、じゃがいもも皿に盛られてきた。
メインで選んだ「タラのグリル」には、おおぶりの海老の串焼きが添えられ、これがジューシーでまたうまい。
最後に出てきたリゾットは、魚介の味もさることながら、チーズがご飯に混ぜられ、味付けが秀逸!!
リゾットはわずか10ユーロなのだが、「あなた、表参道で店だせますよ。この皿は3千円とれますよ。」とビジネスをすすめたいくらいであった。
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夜が更けるにつれ、小さな町のどこにこんな人がいたのかというくらい、店の中はごった返してきた。わざわざご飯を隣町から食べにきたカップルも見受けられた。
昨夜のダンス狂騒曲でほとんど眠れなかった夫は、早々に床についた。階下から、アイルランド音楽のみならずアメリカのポップミュージックなどジャンルを問わない音楽が聞こえてくる中、私はベッドの中で友人への絵葉書をしたためた。
出だしはこんな感じ……。
『「静かなる男」という映画は知っていますか? 今、そこの舞台となったコングという町にいます。10分くらいで一回りできる町ですが、本当に美しい町です。』
数枚書いて、眠りについた。昨日のダンス狂騒曲と違ってライブの音が気にならなかったのは、この町を包む静けさのせいかもしれない。
※この旅行記は以前に閉じたブログの記事に加筆して、2023年春にnoteに書き写しています
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