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霧のダブリン&U2ボノのホテル

2009年3月11日~21日 アイルランド紀行26
3月18日 晴天
Killarney - Dingle Peninshura - Dublin⑤

ケリー → ダブリンで使用する航空会社は新しく参入してきた会社らしく、航空運賃が異様に安い。代わりに機内サービスは有料、掃除をせずに前フライトの乗客のゴミもそのまま置いてある場合があると、インターネットにあった。安すぎるので、ひょっとして機体整備も疎かなのでは?と疑念がわいた。
空中に浮いたら逃げ場所のない鉄の固まりに乗るのだから、ちゃんとした航空会社のに乗ろうと夫に訴えたが、「たかが50分だよ!浮いたら、すぐ降りるだけだよ。」とどこまでも楽観的だった。

ついにその航空会社の飛行機に乗る時がやってきた。シートベルトを締めると、心臓がドキドキしてきた。
しかし飛行機は待てど暮らせど出発しなかった。

やがてコックピットから出てきた機長が、こう告げた。
「ダブリンの天候が悪いため、向こうで着陸することができません。そのため、この飛行機は出発することができません。」
機内にどよめきが起こったが、「みなさまの安全が一番ですので」と機長は重々しく付け加えた。

ここケリーでは空に星がまたたいているというのに、いったいダブリンはどんな悪天候だというのだ。一旦、飛行機をおり、係員に詳しく事情を聞くと、ダブリンは濃霧らしい。霧のロンドンとは言うが、ダブリンもか。

いずれにしても出発までどれくらいかかるかわからないので、待合室のパブで一杯飲むことになった。
しかしこの一件のお陰で、航空会社への不信が払拭された。
「人命一番か…(当たり前だが)。まっとうな航空会社じゃん。」とギネス片手にひとりごち、安心するのであった。

しかし飛行機が飛ばなかったら、それはそれで問題であった。
「ねえ、もし欠航になったらどうする?明後日の日本行きの飛行機、絶対乗らなくちゃまずいよ。」
「またケリーに戻って、一泊しようか。そして明日はまたディングルをまわる(晴れだし)!!そして夜通しダブリンまで車で突っ切る。」
あの手この手を考えるのは、ちょっとワクワクすることでもあった。

ところがギネスを飲み終えるか飲み終えないかのときに、出発決定の場内放送が入った。20分たらずで、アイルランド横断の冒険話はついえた。こんなに早く天候は変わるものなのか?残ったギネスを流し込み、2度目の荷物検査をパスし、そそくさと飛行機に再びのりこんだ。

離陸後うとうとして気が付いたら、すでにダブリン上空であった。
窓の外はかなりの濃い霧で、視界がとざされる中を滑走路のランプ頼りに飛行機が降りていく。

いささか不安にかられたが、機長のジャックさんだったか、二コルさんだったかはなかなかの腕前で、しっかりとダブリン空港に着陸した。
ブラボー!ハラショー!
タラップを降りて飛行場の施設に入ると、ケリー空港への折り返し便を待っていた客たちが憔悴した面持ちで並んでいた。
彼らは私たちの乗ってきた便で、これからケリーに帰るのだった。

霧のダブリン

今日こそは鈍行の市内バスでなく、エアリンクの直行のバスで市内に行こうと空港施設の外に出ると、バスはそれしか運行していなかった。
時計は午後10時半を回っており、市内バスはとっくに営業を終了していたのである。

直行便のフカフカな座席はとても楽ちんで、十分に値段の価値があった。
車窓から眺めるダブリンの街は深い霧に包まれており、数メートル先は視界がきかない。よくぞ帰ってきたものだと思う。
バスはほどなくダブリン市内に入り、我々はホテルに最も近いバス停「トリニティカレッジ」で下車した。

最後の2泊を飾るのは、リフィー川に面したテンプルバーにある5つ星ホテル「ザ・クラレンス」!
かの名高きバンドU2のボノが経営しており、もちろんミーハー心でこのホテルを選択した。
お土産でふくらんだ荷物をひきあげながらホテルの扉をくぐると、夜11時すぎにも関わらずポーターが丁寧に出迎えてくれた。

「濃霧で飛行機が遅れてしまって、ご連絡もできずにごめんなさい。」
「それはたいへんでしたね。大丈夫ですよ。お部屋も用意してございます。」フロントの男性はとびきりの笑顔で答えてくれた。

用意された部屋がダブルだと知り、ツインへの変更を申し出ると、
「はい、大丈夫ですよ」とこれまた快い返事。真夜中近いにも関わらずその作業にかかってくれた。
申し訳なさでいっぱいだったが、疲労もたまっていたので別々のベッドでゆっくり眠りたかった。なにしろ疲れている夫のいびきはかなりの音量なのである。

「ベッドを分解するのに30分ほどかかるので、お飲物を差し上げますがいかがですか?」と聞かれ、素晴らしい調度品がととのった待合室に通された。
ギネスを頼んだら持ってきてくれそうな勢いだったが、さすがにそれはずうずうしいので、紅茶をお願いした。

しばらくするとポットにたっぷりの紅茶とクッキーを添えて、サーブしてくれた(普通に頼んだら、多分千円以上するだろう)。
「どうぞごゆっくり」
さすが5つ星!サービス抜群で、誰一人慇懃無礼ではなく、徹底したホスピタリティを提供するプロ達であった。

霧の夜、天井の高いスタイリッシュな、でもどこか無機的な空間で、ゆっくりと紅茶に砂糖が溶けていく。
空間にはオーナー自身の在り方がもっとも現れるというから、U2のボノのこんな風におしゃれで、それでいてどこか物憂げなのかしら。
あたたかい液体が胃に流れ込み、砂糖の甘さが疲れを溶かしてくれるようだった。まったりと不思議な時間が流れていった。

やがて、ベッドの用意ができて、部屋に案内された。
クラランスは部屋ごとに基調になる色が異なっており、私たちの通された部屋は赤だった。
そしてサイドテーブルには紫のポーチに入ったスリッパが置いてあった。
旅の間中、スリッパがあれば重宝だろうと思っていたので、これはうれしかった。
シャワーを浴びてようやっとひと心地つき、ベッドにもぐりこむ。
ディングルの風景を思い出しながら、ゆっくりと意識がとぎれていった。

※この旅行記は以前に閉じたブログの記事に加筆して、2023年春にnoteに書き写してます。

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