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「実は、うすうす気がついていたこと」と向き合う

この自粛期間で、(因果関係はまだ解明されていないが)自殺者は、前の年の同じ月に比べ、359人少ない1455人で、19.8%減ったことがわかったらしい。

「ステイホーム」が求められる状況下において、好きな職場、好きな学校に行けず、楽しい時間を過ごせず、好きな人と会えなくて、それこそ死ぬほどにつらい思いをしている人が大勢いる。しかしその一方で、嫌いな職場、嫌いな学校に行かず、苦手な人、嫌いな人に会わずに済んでいることで、心から胸をなでおろしている人もいる。

人間は慣れるものである。私は、通勤がなくなることで「寂しい」とか、気持ちを転換できる時間(空間)がなくなって、なかなかしんどい。そう思っていたはずなのだが、いざ、「いいですよ」と号令がかかると、「いや、基本的にはこのままがいいです」と思ってしまう。

少し前は、コミュニケーションの質が大きく様変わりしてしまい、それに適応できずに右往左往していた。オンラインミーティングや取材続きで、相手の本心が見抜きづらいといったような潜在的気遣いから知恵熱が出てしまうくらい脳が疲弊していた。

数日前の知人からの「歩きながらミーティングしましょう」の誘い。2人で前を向いて、話ながら散歩より少し早いペースでただただ歩く。久しぶりに会った勢いで会話が止まらず、気がつけば15キロくらい歩いていた。頭の中の詰まりみたいなものがスッコーンと抜けた。

「これはいい!」と、後日、ひとりPodcastを聞きながら実践。いつもは公園をグルグルとまわっていたのだが、あまり土地勘がない人気のない通りをズンズン歩いた方が気分転換効果としていいのかもしれない。

「めっちゃ歩く」という解決法を見つけ出し、これでだいぶとバランスがとれるようになるかも、と考えている。

東京も緊急事態宣言が解除される見通しがたった昨日、「出社鬱」という言葉がTwitterのトレンドワードになっていた。テレワークの利点も弊害もだいたい把握できるようになってきた今、まるで何も知らなかった頃のように、働き方をコロナ前に戻すことは難しいのではないだろうか?

話は変わるが、グッチのクリエイティブ・ディレクターであるアレッサンドロミケーレ氏が、自身のSNS(その後、グッチの公式SNSにも)に「これからコレクションは自由な形で発表する」とアナウンス。

サンローランもパリコレ不参加を表明している。

2021年春夏シーズンのパリ・ファッション・ウイークでランウエイショー形式の発表を行わないことを明らかにした。新型コロナウイルスが世界的に猛威を振るう中、同ブランドは2020年に予定していた全てのショーをキャンセルし、コレクションスケジュールの見直しも示唆している。

以前紹介したアルマーニ氏も同じようなのメッセージを発信しているので、コロナショックの大打撃を受けたファッション界を牽引するクリエイターや企業は、コロナ前に戻ろうとはしていないように思う。

作家のミシェル・ウエルベック氏は「世界は何も変わらない」という文章を発表した。

すべての傾向は、すでにいったように、新型コロナウイルス以前の世界にも存在していた。ウイルスの蔓延によって、新たな明白な事実とともに表出したにすぎない。わたしたちは外出自粛が解かれたあと、真新しい世界で目醒めるわけではない。「新型コロナウイルスをめぐって/ミシェル・ウエルベック「少し悪化した世界に」(試訳)」より

ファッション界は、決まったペースでコレクションを発表し続けることの不毛さには、きっとコロナ前に気がついていた。テレワークが可能な産業に従事する人たちは、通勤しなくてもテレワークである程度仕事がまわってしまうことをきっとコロナ前に気がついていた(少なくとも私は)。

でも、なぜか気づかないふりをして、ずっとやりすごしてきた。

ほぼ全員が同じような生活スタイルを世界中で体験している。この希有な期間を経て、「実はうすうす気がついていたこと」をそのほぼ全員で見て見ぬふりすることは、なかなかに難しい。私はそう思う。

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