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「世間体」という戒律が厳しい社会のこと

「テニスより重要」と、警官による黒人男性銃撃事件に対し、抗議に同調する声明文を自身のSNSに投稿し、ウエスタン・アンド・サザン・オープン(ニューヨーク)の準決勝を棄権した大坂なおみ選手。

一転、準決勝出場を決めたとの報道が!

本当に強い! 圧倒的に支持。

ノリにのっている時期にお預けになっていた半年ぶりの試合。「とても楽しみにしている」とインタビューにも答えていた大会で、「準決勝に出ないという判断」を大坂選手が選択したこと。

そして、「自分に注目が集まったから、逆に出場した方がより注目される」と前言撤回での準決勝出場。

いろいろな意見が飛び交うのを承知のさらなる決断。気持ちの上で集中力を維持することが大変だとも思うが、とにもかくにも頑張って欲しい。今はそれだけである。

一方でかなり気になったことがある。

準決勝を棄権するということに対して、「本当に、なぜ?」という意見が多く見受けられ、心底驚いた。多少ならまだしも、本当に凄まじい量だったからだ。大坂選手の一人の人間としての凛々しき行動に、なぜ、これほどまでにネガティブで無責任なコメントが寄せられてしまうのか? 

脳科学者の中野信子さんと漫画家のヤマザキマリさんの対談本を読んだ。「古代ローマ帝国から現代日本まで、歴史を縦軸に、洋の東西を横軸に目からウロコの文明論が繰り広げられる。世界各国のコロナ対策を見れば、国民性がハッキリ見える」と、行われた緊急対談本だ。

大坂選手に寄せられたコメントを頭の片隅におきながら読むと、なんとも合点がいくことがたくさん書かれている。

・疫病に対する恐怖感が高まると、人間の脳は意外なことに、理性を失う方向に動く。
・(日本は)世間体の戒律が厳しい。
・(日本の)職階制においては、仮に優秀な人が出てきても、その人は組織の維持にとっては悪なんです。   
……etc.

少し話は飛ぶ。

是枝監督が韓国のキャストとスタッフで映画を撮るというニュースが流れた。「しばらく映画は撮らない」とどこかのインタビューで答えていた監督も、それには「日本では」という意味を含ませていたようだ。

「今回は僕にとって、前作『真実』(2019年)に続いて母国と母国語を離れての映画作りになります。言語や文化の違いを超えていったい何が伝わり、共有出来るのか? そもそも監督とはどういう存在なのか? 作品作りを通して、もう少し踏み込んで模索してみたいと思っています。」

世界で認められた監督は、(おそらく)自由を求め、フランス(カトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュを迎えた『真実』)に続き、韓国で映画の制作に入る(それにしても、とても魅力的なキャスティング!!!)。

日本のように流動性の低い社会においては、適応戦略は「集団の論理に従う」ことです。目立たず、自己主張せず、長い物に巻かれるのが、最もダメージを受けない、いわば「賢い」生き方になるんです(前出『パンデミックの文明論』より)。

既存の考え方や構造の中で自己防衛することを是とする生き方には限界がきている。常々思っていたが、大坂選手や是枝監督の動き、また、それを取り巻く社会の反応に、その考えをより強くしてしまった。






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