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Before Too Late 番外編 祖父たちの軍歴調査編

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2010年から14年マレーシアで暮らして来た筆者が、太平洋戦争中に日本軍がこの地を占領していたことを知り、興味を持って調べて行くうちに数多くの出会いや出来事がありました(note…
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#1 〜福岡県出身の亡き祖父たちが生きた戦時中から戦後の時代を、軍歴を通して辿る旅を経て「本当の絆」を取り戻した私の家族の記録〜

[注]最初にお断りしておくと、これめちゃくちゃ長い上にしかも続きます(汗)家族のことを赤裸々に書いていますが、家族の許可取っています。 matahari@マレーシアこと江頭陽子です。 ご無沙汰しております。 しばらくnoteを更新出来ておりませんでしたが、おかげさまで様々な出会いを通して「マラヤの日本占領期の歴史を伝えるストーリーテラー活動」は依然として続いております。目の前にいる人たちに伝えることは出来ても、なかなか腰を据えて「書く」という作業に向き合えない日々を送って

#2 〜福岡県出身の亡き祖父たちが生きた戦時中から戦後の時代を軍歴を通して辿る旅を経て、本当の絆を取り戻した私の家族の記録〜

続きます。#1には、祖父たちの軍歴を取り寄せるに至るまでの人生について、かなり赤裸々に書きました。こちらからどうぞ(最初にお断りしておくと、めちゃくちゃ長いです汗) 2023年2月、ついに軍歴(陸軍)を保管している福岡県庁福祉労働部保護援護課を訪れる3年越しの訪問がいよいよ叶う段階になりましたが、もちろん当時の福岡県庁のご担当者は移動され別の方になっていました。驚いたことに、当時の記録がきちんと引き継がれていて、メールでスムーズにご対応いただきました。 いよいよ福岡県庁福

#3 〜福岡県出身の亡き祖父たちが生きた戦時中から戦後の時代を軍歴を通して辿る旅を経て、本当の絆を取り戻した私の家族の記録〜

さらに、ストーリーは続きます。 #2には、母が若い頃に生き別れた祖父の軍歴を取り寄せるため、本籍地を調べに祖父が暮らした街、福岡県直方市(のうがた)を訪れ、そこで出会った見ず知らずの親切な方々のおかげで祖父の本籍地が判明した、というなんとも導かれたとしか思えないエピソードについて書きましたが、#3はその続きです。 奇跡の連続で祖父の本籍地が判明。戸籍謄本取得のため訪れた直方市役所で起きたもう一つの奇跡。#2に書いた通り奇跡的な出会いを経て、わたしたちは祖父が暮らしていた家

#4 〜福岡県出身の亡き祖父たちが生きた戦時中から戦後の時代を軍歴を通して辿る旅を経て、本当の絆を取り戻した私の家族の記録〜

matahari@マレーシアこと江頭陽子です。 この記事は、さらに続ききます。 めちゃくちゃ長い(汗)この私たち家族の物語に、ここまでお付き合い頂いたあなた、本当にありがとうございます。 #5で着地させる(しかも今月中・・・今日?!)予定なのですが、次々に想いが溢れ、もう収拾がつかない感じになっております。もしよかったら、いつ終わるかわからないこの物語に、最後までお付き合い頂けますと幸いです。 そして何か感じることがあればご感想なり身近な方にシェアいただくなりしていただ

最終回 #5 〜福岡県出身の亡き祖父たちが生きた戦時中から戦後の時代を軍歴を通して辿る旅を経て、本当の絆を取り戻した私の家族の記録〜

matahari@マレーシアこと江頭陽子です。 #4では、軍歴照会のため祖父の戸籍謄本を取り寄せて初めて知った若くしてビルマで戦死した祖父の長兄の軍歴から知り得たことについて書きました。 それから、予期せず靖国神社に三世代で参拝した2016年頃からの私の家族との関係やキャリアに起きた大きな変化について、「ミエナイチカラ」の存在を感じるエピソードをたくさん盛り込みました。 この最終回では、#1の中で(- 母娘の長きにわたる不和のきっかけとなった衝撃的な出来事について)でお約

noteマガジン 軍歴調査編

今年5月末に書き投稿した、筆者の祖父たちの太平洋戦争中の軍歴調査を通して家族が絆を取り戻したストーリー(全5話)に、たくさんのご感想が届いております。ありがとうございます。中にはサポート(ご寄付)をして下さった方まで。 記事をシェアしてくださったり、さらなる情報提供を時間や労力を惜しまずしてくださった方もいらっしゃいます。 必要な人に届きますように、と心を込めて書きましたが、逆に私に必要なことが書き終えて1ヶ月過ぎた後も届き続けております。 心からの御礼を申し上げます。

「#2 〜福岡県出身の亡き祖父たちが生きた戦時中から戦後の時代を軍歴を通して辿る旅を経て、本当の絆を取り戻した私の家族の記録〜」を読んで

 興味をもって読んでいます。思っていたことがいい方向に進んで私も喜んでしまいます。  私の仕事をしていてもこの投稿を読んでもやっぱりご先祖様って今いる子孫のことを観ていてくれると思います。必要な資料が偶然(必然?)出てきたりキーマンとであったり霊感なんかは全く感じない私ですがご先祖様だけな信じています。  まだ途中ですが心が暖かくなるので皆さんも読んでみてはとオススメします。

「#3 〜福岡県出身の亡き祖父たちが生きた戦時中から戦後の時代を軍歴を通して辿る旅を経て、本当の絆を取り戻した私の家族の記録〜」を読んで

お祖父様は終戦間際の昭和20年に満州から転用され第16方面軍に編入。 本土決戦準備のため福岡にやってくることになりました。   臨時召集ニヨリ歩兵第132連隊ニ召集 満州奥第7232部隊ニ入隊 第一機関銃中隊ニ編入 少し補足をしますと 文中にもありますが奥は第五十七師団の通称号(隠語)になります。そこの歩兵第百三十二連隊(連隊長小林大佐)なので香椎付近の配置されているようです。 歩兵第百三十二連隊の任務は、「多々羅村及び大隈拠点を占領し敵を水際に補足撃滅す止も得ざるも同

「#4 〜福岡県出身の亡き祖父たちが生きた戦時中から戦後の時代を軍歴を通して辿る旅を経て、本当の絆を取り戻した私の家族の記録〜」を読んで

私自身が軍歴を追っていること福岡県人であることから目についたブログですが、強く思わせられることがあります。 ご先祖様の力はすごいなと思うこと。 子孫を残すこと無く日本のためになくなった方のことを少しでも忘れないようなことができないかなということです。 ご先祖様の力がすごいなと思うのはまさに偶然を起こしてしまうこと であるようにお客さんと私との出会いから含めて何かがかけてもこのお父さんのことを書いた本に出会えなかったのだろうと思いました。 同じくこのお客様のことですが、松

「最終回 #5 〜福岡県出身の亡き祖父たちが生きた戦時中から戦後の時代を軍歴を通して辿る旅を経て、本当の絆を取り戻した私の家族の記録〜」を読んで

私はかつての自衛官という職業柄、軍歴証明に興味を持ちました。 私の直系の祖先は戦争に行った経歴はありませんしかしながら、日本人が大東亜戦争を太平洋・アジアで戦った記録を子孫に知ってほしいと思って軍歴証明を取ることを勧めています。 noteでは、軍歴に興味を持った方の記事を探して読んでいます。 江頭陽子さんの記事を読んで解決不可能と思える親子の問題が緩和の方向に進んで本当に良かったと思います。 祖先のことを知るのは家族の関係の強化になると思います。特に人と人が殺し合う戦争