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どこまでいっても、世界は自由で不自由なのだ

自由になりたいです。

できれば自分が無駄だと感じるルールに縛られず、私を大事にできる環境で生きていきたいと思う。

そういうわけで、私は30歳を超えてから日本を飛び出した。

メールをするときにいちいち
お世話になっております。
と書かなくてもいい世界で暮らしたいと思ったからだ。



まずは台湾に。それからベトナムへ。私は日本の外に居場所を求めた。

生活は変わった。

今日本の企業からの仕事をたくさん引き受けて入るものの、海外在住という免罪符をもらっていると思う。「お世話になっております」もよほど久しぶりでない限り、メールには記さない。無駄な敬語も使わない。それでもなんとなーく許してもらっている。東さんは海外在住だしね、っていう感じで。

あと海外に住んでいると、電話が楽だな〜と感じる。元気?というあいさつのあとにいきなり本題に入り、話すべきことを話したら秒でぶった切る。日本みたいに相手が電話を切るまで電話を切らないという、電話回線越しの高度な空気の読み合いをしなくてもいい。


そんな。TPOが重視されない世界で私は暮らしている。昔に比べると、自分の意見もずいぶんストレートに言えるようになったし、日本にいるときよりも自由だと感じることが多くなった。



でもこぼれおちるほどの自由を謳歌している、というわけではない。今まで不自由に感じていたことから開放されると同時に、新しい枠組みの中に閉じ込められている。



ここベトナムでは「結婚」という概念が日本とは大きく異なる。25歳を超えて独身だと、早く恋人を見つけなきゃねと言われる。そして27歳を過ぎて独身だと、周りからの目は「何かきっと問題がある人」となる。

おいおい! 結婚なんて個人的なことの極みだろ? と私は思うのだが、おせっかいが多いベトナムでは、結婚していないと周りの注目を変に集めてしまう。

そしてお酒。女性がお酒を自由に飲めないのだよ。外で女性がお酒を飲んで酔っ払っていると、もうアバズレ不良マフィアの女扱い。えー? なんで男性はあれだけビールをばかばか飲んで、いい気になって外で大声で歌っているのに(ばかみたいに)。このベトナム世間の総意には大声を出して反対したい。女だって酔っ払ってすべてを忘れたい夜があるんだ!!! って。



環境を変えることは、新しい自由を手に入れる大きな力になる。でもそのかわり私たちは新しい不自由にとらわれる。きっとどこでも。不自由からは逃げられない。

自由と引き換えに、不自由を得る。


コインの裏表のような自由と不自由。何を受け入れて、何を拒絶するか。

その選択こそが、自分で人生を作っていくことなのかな。そんなことをベトナムで初めて女子会に参加した今夜、考えついたのでした。

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南洋子
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