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甘くて、ビターな人生の、お供はどれにいたしましょうか

迷路のように入り組む道に沿って、小さな商店が連なるハノイの旧市街地。そんな活気あふれるエリアから徒歩10分くらいの場所に『Pheva Chocolate』はある。

外観はまるでブティックみたい。ピカピカに磨かれた扉を押し開けると、エアコンのよく効いた店内に、色とりどりのチョコレートが並んでいた。

一口サイズのチョコレート、常時20種類以上揃っているらしい。チョコレートは味ごとに色が違う服を着ている。



ひとつぶのチョコレート。




先日偶然ハノイの街中で、同い年の女性に出会った。スマホに目を落とし、目的地を調べていると、その人が私に声をかけてきた。

「道に迷ったんですか?」

顔をあげると、彼女は私からスマホを取り上げ、地図を見た。そして探している薬局はここから歩いてすぐだから、一緒に行きましょうと誘ってくれた。

「ベトナムの...人ですよね?」

「はいそうですよ、でもね2ヶ月前まで日本で働いていたの」

ベトナム語の片鱗は感じるものの、彼女が話す日本語はとてもなめらかで耳あたりが良かった。


彼女は「実習生」として日本で3年間働いたそう。そう聞いた瞬間、私はビクッと息を止めた。最近日本で流れるベトナム人実習生の話題はひどいものばかりだったからだ。劣悪な環境の中で、重労働をさせられている、と。

あぁ、ごめんなさい。私はその実習生にまつわる事件に加担しているわけではないけれど、謝罪の気持ちで胸がいっぱいになった。


「日本の生活はどうだった?」

怖い。怖いけれど、思い切って彼女に聞いてみる。もしひどい話が出てきたら、私が代わりに謝ろうと思った。

でも、違った。良かった。違ったのだ。彼女は目をキラキラさせて、日本での経験を話してくれた。少ない給料をやりくりして、ベトナムの家族に仕送りをする。そして残りのお金をさらに貯金して、日本のいろんな場所へ旅行をしたと話してくれた。


私が探していた薬局に着いた。でも私たちは店の前で立ち止まり、おしゃべりを続ける。


「あなた、子供は?」

彼女は私に尋ねた。私は夫はいるけれど、日本とベトナムで別居婚をしている。そしてまだ子供はいないと答えた。彼女はすでに離婚はしたけれど、子供が3人いるらしい。一番上の子はもう10歳で、毎日家がにぎやかで困っちゃうと、満面の笑みで肩をすくめた。



子供の話をしたあと、彼女は私に言った。

「でもね、私また日本へ行こうと思っているの」

「もちろん家族一緒に行くんでしょうね」

「いいえ、日本に行くのは私ひとりよ」


彼女はビザの種類を変え、また日本へ行く準備をしているらしい。もう少し日本で経験を積みたい、そして日本の生活こそが自分の肌に合っているから、と話す。

「3人いる子供は、どうするの?」

私は尋ねた。家に母親がいないと、10歳の子供は生きていけないんじゃないの? でも彼女はハッハッハと乾いた声で笑って言った。

「私の母親や、他の家族が育てるんだもん。何の問題があるの?」



ベトナムでは子育ては家族全員の問題だ。核家族は少なく、みんな数世代同じ家で暮らすのが当たり前。そして彼らは子供は家族全員で、社会総出で育てるものだと思っている。

養育と教育の責任は、親2人だけが抱えるものではない。

数世代ともに暮らす不自由はあるだろう。でもその代わりに、家族1人の重荷をみなで分け合うから、その分生まれる自由がある。日本とはまったく逆の世界。



「毎週ね、日本企業の面接を受けているの。今日、日本語が話せて嬉しかった。私の日本語どう? ちゃんと話せている?」

ペラペラだよ。家族や仕事のことを話してくれてありがとう。そして面接に合格して、また日本に行けるといいね。と私は彼女に伝えた。

せっかく道案内までしてもらったのだから、何かお礼がしたいと思い、かばんの中をごそごそと探す。小さなひとくちサイズのチョコを3つ、見つけた。

「これ、どうぞ。3粒しかないけど、ごめんね。ここまで案内してくれたお礼」


彼女はとても喜んでくれた。そして手に受け取ってすぐに、子供に渡したいと言う。その言葉が含むしっとりとした愛。この人は母親なんだな、と思った。



−−−

『Pheva Chocolate』にあるチョコレートは、私が先日ベトナム人女性にあげたやぼったいチョコには似ても似つかないけれど。ひとつぶのチョコレートから、きっとそれぞれのストーリーが生まれるのだろう。

数十種類のチョコレート、どれを買おうかしら。

ピリリと黒胡椒がきいたスパイシーなチョコレートから、もったりとした甘いホワイトチョコレート。澄んだイエローから、色気たっぷりのパープルの包装。

ひとつひとつが、誰かの物語の片鱗になるんだろう。そう思うと、このチョコレート屋さんは、人生を生産する工場のように感じてきちゃって。相変わらずおおげさな考えをするのね私、とやれやれする。


甘くて、ビターな人生の。
お供はどれにいたしましょうか。


<お店の情報>
Pheva Chocolate
住所:2RGV+WG Cửa Nam, ホアンキエム区 ハノイ ベトナム
営業時間:8時00分~19時00分
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