短編小説:小説でもどうぞ投稿作品+加筆訂正「偶然」

偶然の出会い

                     
例えば、落ちていた物を拾おうとした私の指と落とし主の指が触れ合ったり、あるいは階段を踏み外しそうな私の腕を掴んでくれたり、教室と廊下の境目で出会い頭に衝突しそうになったり。そんな偶然のきっかけで彼氏ができるものだと思っていた。
だけど、そんな偶然はそう簡単におきるわけない訳で、あ~ぁ、このまま高校生活終わってしまうのは、なんだか嫌だな。
そんなことを考えながら学校に向かっていたら、いつもの電車に乗り遅れた。
ああ、私の馬鹿!
次の電車は比較的すぐに来るけれど、一駅前で降りる学生、かなりガサツな人が多いのよね。私、そういう人苦手だから、一本早い電車に乗るようにしていたのだけど。……かといって、さらに次の電車だと遅刻確定。仕方ないわね、今日だけは我慢しよう。
やがて次の電車がホームに入ってくる。その車内を見ながら、そうだ、いつもの乗車位置よりも一両後方に乗車してみようと思い立ち、さっそく実行。連結越しにガサツな学生のじゃれ合う様を見て、あの車両に乗らなくて良かったと胸をなで下ろした。
電車は定刻どおり駅を出、次の駅へ、さらに次の駅へ。わちゃわちゃと学生が降り、入れ変わるかのように、ラフな格好をした背の高い青年が乗り込んできた。
「おっと失礼」
その人は、ぶつかりそうになった私に声をかけ、そのまま私の真横に立ち、手にした本を開き読み始めた。その本は大学の教本かしら。見たことのない公式がチラリと見えた。
そうして電車にゆられること数分、私は電車を降り、改札口で友達に声をかけられ、一本乗り遅れたと談笑しながら学校に向かった。
――そう、それは、いつもの登校の光景と何ら変わらない。でも、どういうことなのかしら、数日たっても、たった一駅、隣り合ったあの青年が頭の隅に居座っている。
「それって、一目惚れっていうやつじゃない?」
友達にそう言われて気がついた。ああ、これが夢にまで見た偶然の出会いなんだ。
「また会いたいって、心のどこかで思っている証拠だと思うよ」
そうね。そうよ。偶然の出会いで終わりになんてできやしない!
そんなわけで、次の日から一本遅い電車で登校するようになって、一ヶ月も過ぎるとその青年が、火曜と木曜のこの時間に電車を利用していることがわかってきた。
「……で、その人と電車内で出会える曜日がわかっただけでいいの?」
そうだよね。私、まだその青年の名前すら知らない。とりあえず声をかけないと。でも、どうやって?
ベターなのは、電車内でよく会いますよね。と声をかけるのだろうけど、一駅過ぎるのはあっという間。それに、いつも私の横に立つとは決まっていない。
だったら、あの青年が乗る駅のホームで、来るのを待ち構えてみるというのはどうかしら? うん、試してみよう。
木曜日、私はいつもの電車に乗り、最寄り駅の一つ手前で降り、ホームへと降りる階段の陰から、その青年がホームへ降りてくるのを待った。
電車の到着時間が近づくにつれて、ホームに人が増えていく。
あ、アドバンスくれた友達だ。その友達と横並びに歩くのは、その友達の友達かしら。
「あ」
あの青年が階段を降りてきた。青年は早足でホームを進み、友達の真後ろに立ち、手にした本を開いた。
今だ。私は階段の陰から出て、その青年に向かって歩き出した。
「えっ?」
だけど青年は唐突に本を閉じホーム奥へと歩いていく。そして別の女学生の後ろに立ち、再び本を開く。そんなことを何度も繰り返しながら、青年はホームを歩き回る。
おかしい。なんだかおかしい。
電車がホームに入ってくる。青年はいつの間にか、いつも乗車する辺りに戻っていた。私は一両前に乗り、連結部分越しに青年を見る。青年は本を読みながら、友達の友達の後ろに立つ。
……まさか。
だけど、だけど、片足の爪先を差し入れるように立つその姿はどう考えても……
やがて電車は最寄り駅に。私は電車を降りるなり、階段を全速で駆け上がり、駅員さんにもしかしたらと前置きして、青年がホームで電車内でしていたことを告げ……
後日、私は青年の名前を知った。駅構内と電車内での盗撮犯として。