命乞いする蜘蛛(毎週ショートショートnote)

――自分に近づくものを見たら、急いでその場を離れるのですよ。
生まれたばかりの私達に、母はそう叫んで私達を送り出し、何十、いやもしかしたら百か。ともかく数多くの兄弟と、競い合うかのように四方八方へと散らばった。
暗がりで身を潜める術、食を得るための術、糸を使って遠くに行く術、そして母が教えてくれた生きるための術。そのどれもが、私の身体を大きくしていった。
その日は春の陽気が一段と強く、久し振りに満足な食にありつけたのもあって、葉の上で微睡んでいた。
と、突如、私の身体が持ち上がった。間近に影はないのに、私の身体が持ち上がった。私は慌てて周りを見渡すけれど、眩い光で何も見えない。
「これ蜘蛛よ、恩を返す時が来た」
このお声は…… 私は身震いし、その場で平伏する。
「お釈迦様。その方は、どなたですか?」
「カンダタと言う名の男だ」
私は息をのむ。
つい先程、私に魂を喰らってくれと願った者が口にした男の名ではないか。
極楽浄土に生きる私達蜘蛛は、遺された家族を見に行くために、その魂を蝶に変え地上に戻り、安堵し、次なる生への輪に加わった者らの脱け殻を喰らう。
ごく稀に、恨み辛みと共に極楽浄土に戻ってきた者らを張り巡らせた巣に絡め取るのが、極楽浄土に生まれ落ちた蜘蛛の役目なのに、生前、蜘蛛の命を取らなかったと理由だけで、この私に極楽浄土への一筋の糸を張れとおっしゃる。
「どうか、どうか、ご勘弁願います」
そのカンダタへの恨み辛みを喰ったばかりなのに。
「お前の眷属を救いし者だ」
「どうか、どうか、お見逃しください」
――自分に近づくものを見たら、急いでその場を離れるのですよ。
ああ、母よ。自分に近づく影と言わず、ものと叫んだのは、そういう訳でしたか――
命乞いは聞き取られず、身体から吐き出される細い糸を命綱に、私は地獄へゆっくり降ろされていく。

お題はこちらの「命乞いする蜘蛛」から。
お話被りそうだ。