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読書感想文#10

私はピアノは弾けないけれど、日常的に聴くのは好きです。haruka nakamuraさんとか、高木正勝さんとか。
本書では山村で育った主人公がある日学校のピアノを調律しに来た板鳥に感銘を受け、自身も調律師の道に進む様子が描かれています。
ピアノの調律師として技術的にも、精神的にも成熟してゆく姿が印象的でした。

もう少し"明るい音"にして下さい

双子の和音と由仁が調律し終えたピアノを弾いた後、こうリクエストしました。
明るい音とはなんだろう。他にも「もう少し暖かく」「もう少し柔らかく」と表現はお客様の数だけあります。彼女達の要望に応えるべく苦闘する主人公の様子が描かれていました。

ピアノの基準音となるラの音は、学校のピアノなら440㎐と決められている。赤ん坊の産声は世界共通で440㎐なのだそうだ。(中略)
モーツァルトの時代のヨーロッパは422㎐だったらしい。(中略)
変わらないはずの基準音が、時代とともに少しずつ高くなっていくのは、明るい音を求めるようになったからではないか。わざわざ求めるのは、きっとそれが足りないからだ。
-みんな焦っている感じがするんです。

このやり取りを読んで先ず時代によって基準音が変化している事に驚きました。また同時に音楽のテンポにも同じ事が言えるのではないかと思いました。これはアーティストのテクニックが発展した為だと思いますが、ピアノの基準音が高くなる様に年代を追う毎に楽曲のテンポも速く複雑になってきていると思います。
私は以前ハイテンポなポップロックを聴いていたのですが、バンドで演奏する内に楽しい反面疲れも感じてきました。その後OASISやビートルズ、はっぴいえんどを聴き直して私はこっちが合っているなと感じました。好みは人それぞれで良い悪いありませんが、音楽はその時代の雰囲気を反映している様に思います。

「明るく静かに澄んで懐かしい文体」
「少しは甘えている様でありながら、厳しく深い物を湛えている文体」
「夢の様に美しいが現実の様に確かな文体」
原民喜

世界的ピアニストのコンサートチューナーも任される板鳥が目指す音は小説家の原民喜が目指す文体とリンクしていました。
調律はピアノの部品を微調整するだけではありません。ピアノの脚をずらして全体の重心を変えたり、会場の奥行きや高さによる響き具合、周囲の雑音などありとあらゆる状況を考慮してピアノの音を心に届ける作業が調律です。

物語の終盤、上司の結婚式で式場のピアノ調律を任された主人公は演奏を任された和音の要望に合う様、開演ギリギリまで調律をします。奏者の為、新郎新婦の為、式場の全員の為、霧がかった森を彷徨う様に心に届く音を探します。

「明るく静かに澄んで懐かしい文体」
「少しは甘えている様でありながら、厳しく深い物を湛えている文体」
「夢の様に美しいが現実の様に確かな文体」

板鳥の目指す音を自身も目指し、見事に調律を成し遂げた主人公はコンサートチューナーになる事を宣言します。それと同時に、双子もそれぞれピアニストと調律師の道へ進む事を決意するのでした。

調律の現場では音の精度以上に抽象度の高い要求が強いられる事が分かりました。表現の幅が無限にある中で、相手が求めているのはどんな音なのか弾きやすいピアノとはどんな状態なのか、ピアノとは無関係なこれまでの自身の経験や出会いによって調律師の感性が豊かに又は解像度が高くなって行くのかなと思いました。

ピアノにまつわる小説は下記もおすすめです。
→パリ左岸のピアノ工房/T.E.カーハート

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