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ゴブランの熊ちゃんストーリー

今、家で一人でこの記事を書いている。普通だったら近所のカフェ、或いはサン・マルタン運河沿いなんかのお気に入りのカフェで午前中だったらエスプレッソ或いはカフェ・ノワゼット(エスプレッソにミルクを少々たらしたもの)、午後だったらグラスワインを注文してじっくり考えながら書くのに、もう長いことそれが出来ていない。たまに公園とかでやるけれど、まだ少々寒いので30分も同じ場所にいられない。

去年の夏、ほんの数ヶ月間だけカフェやレストランなどにかなり厳しい条件付きではあるが営業許可がおりて、私なんかも特に友人と会うのに何回か利用したが、やはり気が小さいからか、あまり心から楽しむ余裕がなかったかもしれない。特にカフェはパリジャン、パリジェンヌにとって精神的にも欠かせないものであるが故に、中にはテラスでコーヒーを飲んだりしていても、何か口に入れる瞬間だけ気まずそうにマスクをはずして、それ以外は装着しながら本読んだり、お喋りしたりする光景がよく見られたが、私はそこ迄しても楽しいと感じなかった。

それでも「無いよりまし」と言うのはまさにこの事で、秋になって2次感染の為再びカフェ、レストランがテイクアウトのみになる迄は少しだけ気分転換が出来た。勿論コロナ感染拡大阻止の為致し方ないと重々承知ではあるが、皆疲れて来ているのは事実。何とか明るさを取り戻したい。


パリ13区在住で本屋経営のフィリップが巨大な熊のぬいぐるみ(身長1m40cm. 体重およそ5kg)を自らの書店の前に置き始めたのはコロナ禍以前からであった。そこはメトロのレ・ゴブラン駅すぐ近くで、住所はゴブラン通り、同じ通りのゴブラン織り製作所が有名で、そのバロック様式の建物が界隈では一番目立っていた。

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ところがフィリップの熊のぬいぐるみの出現以来、界隈はガラッと変わった。先ずは隣の薬局のミッシェルが気に入って、「かわいいから一つ貸して」と言いだし、ワインショップのエリックも、写真家のギレムも、ビストロカフェのジェロームも、ウェイトレスのガエルも…、と言う具合いに仲間の輪が広がり、6人グループの出来上がり。彼らの中には幼馴じみもいれば、まったく知らない者同士もいた。とにかく皆が自分の店に、それぞれのスタイルでディスプレイとして置き始めた。テラスに、ベンチに、さらにはショーウィンドウにと。特に2020年3月17日からの外出制限の時には朝7時から夜の8時まで書店の前に出してみたりして近所で一日一時間以内の散歩、ジョギング、買い物しか出来ない住人の為に、少しでも一日を明るく過ごせるようにあれこれと 工夫してみたのである。

やがてご近所皆が欲しがる様になったので、フィリップは条件付きで希望者に無料で貸し出しすることにしたのである。近所の交番にも2つ、名前は<スタスキー&ハッチ>だそうな。13区の区長もファン。

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↑ジェロームのビストロは現在こんな感じ。


さて、貸し出しの条件とは?

①会社に連れて行ったり、料理しているフリをさせたりするなど、何かをさせる。各々個性的な服装やポーズをとらせる。

②写真を撮ってインスタグラムやフェイスブック、もちろんTWITTERで発表する。もしご覧になりたければ検索する場合は<Les nounours des gobelins>でトライしてみる。nounoursはフランスの幼児語で熊のぬいぐるみ、gobelinsは地域名である。

以上である。そう言えば、内一つをニューヨークに持って行った人がいるらしい。

ところがフィリップはこの熊ちゃん達を何処で手に入れたか、いくらで購入出来るかなどをいっさい明さない。何故なら商売目的ではないので、「この憂鬱だらけの世の中でパリジャン、パリジェンヌの気持ちを少しでも明るくしてあげたいから。皆の笑顔が見たいから。」という彼らしい優しい気持ちからなのである。

今では近所の人達は皆彼の事を知っていて、気軽に <フィリップ>と呼ぶ。すっかり有名人になってしまった。熊ちゃん達もストリートアート(13区のビッグで奇抜なストリートアートはすでに有名)と共に、今ではパリ13区の名物となったのである。


話しは再びパリのカフェ、レストランに戻るのであるが、繰り返すが2020年10月末以来依然として店内に入ってテーブル、またカウンターで食べる事も出来ず、テイクアウト或いは宅配のみである。ドリンクも販売しているが、室内のトイレを使用する事さえ不可である。ただしテラスにテーブルが置いてあるところもあり、そこでカウンターでの立ち飲み気分を味わいながら日常を取り戻しつつある人々も見られる。

でもやはりテラスでコーヒー飲んだりサラダやサンドウィッチ食べながらワインやビール飲みたいなと思う。20数年のこういう習慣を奪われた私でさえ最近禁断症状に苦しんでいるのだから、長年フランス人やってきた人達にとってはもっと辛いだろうな。

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↑日当たりの良いテラスで気持ちよさそうに眠りこけているのはビッグサイズの熊ちゃんである。彼はサン・ジェルマン・デ・プレど真ん中のかの有名な <レ・ドゥー・マゴ>の大通りに面した側を陣どっている。おもわずクスッと笑って写真を撮ってしまう。丁度顔のところに日が当たって、起きたら日焼けの跡がついていたりしてなんて想像してしまう。意外とカフェのテラスにありえる光景だよななんて、カフェ閉鎖前のことを思い出す。あの頃に早く戻りたい、よし頑張ろう、くじけてはいけない。

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↑お次はマレ地区。ここのカフェもユニークな演出が注目されている。いつも賑わっている所で、まさにこんな仲良し4人組が前のテーブルで人参にかじりつくロバを見ながら何か話し合っているところ? 皆思い思いに好き勝手なことをして楽しんでいる感じ。

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↑こちらのカフェ(上と同じカフェ)ではこのカウンターのみを使ってテイクアウト販売をしており、通常の客席やテラスはすべて熊ちゃんに占領されている。


これがゴブランの熊ちゃんの正体なのだ。元々フィリップはただひたすらしょんぼりしているパリジャン、パリジェンヌを励ましたいだけなのだ。そのアイディアに共感して、今ではかなり多数のカフェで熊ちゃんをみかける。そして知らぬ間に我々は前を通っただけでエネルギー、ヴィタミンを補給している事に気づく。なんて粋な考えではないか。

2021年3月初旬の現在はフィリップの書店近辺は静かで、あまり熊ちゃんを見かける事もないが、あのひょうきんでお茶目なパフォーマンスを見ることが出来るのは間もなくの予定である。

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