見出し画像

食事の風景-朝ごはん


誰かが「朝は王様のように食べろ」と言ったなあと思うのだけれど…。

朝は一日の始まりだからしっかりと栄養取って一日仕事なり勉強なりに精を出せという事らしいが、その代わり夜は食べ過ぎずに早い時間に食べ終えなくてはいけないだろうし、また、それぞれの家庭事情によって違うと思う。いずれにせよフランスで夜 19時前にディナータイムなんて滅多に聞かない。レストランでさえ夜19時だってスタッフがまかないの夜ごはんを食べている時間で、そんな時に「今晩はー。」なんて声かけて入っていってもあまり歓迎されない時さえもある。

個人的には、私は子供の頃から朝食に白米を食べた事がなかった。我が家は私以外はご飯と味噌汁におかずとして魚、そして漬物を摂っていたにも関わらずである。現在は必ずヨーグルトにパン、バター或いはチーズ、ジャムかフルーツか蜂蜜か…、そしてココアを飲むことが多い。コーヒーは出かけてから仕事前にカフェやホテルのカウンターでエスプレッソを立ち飲みする。

「なんだか甘そ〜」という感想が聞こえて来そうだが、確かに私の朝食習慣はフランスで暮らすようになってからすっかり変わった。昼以降は逆に白米をよく食べるけれど。

カフェに行くと大抵朝食おすすめセットがあって、クロワッサン、パン・オ・ショコラ、タルティーヌ(バゲットにナイフを入れてそこにバターやジャムを挟むバゲットサンドみたいなもの)にコーヒーを飲んだりする。イギリスやアメリカのスタイル希望の人用にはトースト、卵料理などのセットを用意してくれる所もある。

さて、ではここでフランス絵画の世界での朝食を見てみよう。

画像1

フランソワ・ブーシェ(1703−1770)  ル・デジュネ1739年  ルーヴル美術館


フランソワ・ブーシェというとロココ・スタイルを代表する画家のうちの一人と言われ、あのルイ15世の公妾であったポンパドウル夫人に気に入られていて頼りにされていた事でも知られている。

作品について、日本語訳タイトルを見ると<朝食>或いは<昼食>になっている。<le déjeuner>は辞書には昼食と載っているであろう。ところがこの絵を見ると昼食にしてはテーブルの上に飲み物以外がないところがおかしいなと疑問を持つ。現代フランス語では朝食のことは<petit-déjeuner>といって使い分ける。petitと言うのは小さいを意味するので直訳すると<小さい食事>となる。ともかくタイトルである<Le déjeuner>を昼食と訳すのは実際に絵の内容を考えれば不自然である。

では何故ブーシェはこの絵のタイトルを<petit-déjeuner>としなかったのか?

語源を突き止めていくと、<déjeuner>という言葉は<jeûne(断食)を破る>という意味を持つので、一日の最初に何かを口に入れるという事になる。フランスの食事の歴史上、習慣はそれぞれの時代の身分階級によって変わっていったようだが、<petit-déjeuner>という言い方はブーシェの時代には無かったのではと思う。

この絵を観るとどうやら一家族が何か温かい飲み物をとっているようだ。カップからは熱い湯気がたっている。何が入っているのであろうか?即座にコーヒーと判断して良いのだろうか?ココアかもしれない。コーヒーなのかココアなのか?一番右の子供に熱いままの苦いコーヒーを飲ませるとは思えない。私の勝手な推理(妄想?)によると、その横のお母さんが「今冷ましてあげるから待ってね。」と言っている様に聞こえる。そう、ピュアなココアは健康に良いと言われているのでそちらの方が(子供のことを考えると)この家族には適していると思う。室内装飾や家族の服装を見ると、決して貧乏には見えない。むしろ貴族ではないか。実はブーシェ自身の家族を描いたものではないかと言われている。だとしたら裕福に違いないので食べ物を買う金がなくて飲み物だけの昼食をとっているとは思えない。

そんな理由で私的の結論としてはこの絵のタイトルの日本語訳は<朝食>である。18世紀フランスの上流階級では上質なココアを朝一にとっていたものと思われる。フランスの朝食が甘いのもそんな事が原因なのかもしれない。

画像2

ピエール・ボナール(1867−1947)         朝食のある部屋   1930−1931年  ニューヨーク近代美術館


次に19世紀終わりから20世紀初旬あたりの朝食風景画の紹介。18世紀のブーシェのものに比べてテーブルの上は豪華には見えるが、正直いって一つ一つが何なのかハッキリわからないところもある。この時代になるとコーヒーも飲んでいたであろうし、パンらしきものやフルーツ、そして何より窓の外の景色がご馳走である。一人での静かな朝を演出してくれている。

ボナールは他にも何点か朝食の絵を描いているがどれも静物画のようで、また風景画のようにもみえるところが好きである。さらにこの絵に関して、左の隅っこに一人の女性が見えていて、しかも少し欠けている。こんなところにつったって何をしているのだろうかと思われるが、ボナールの作品の中にこういったスタイルがよく見られるのでわざとであろう。一枚の作品の中に普通はあまり意識の届かないものが隅っこに描かれていてつい見逃しそうになるが、実はそれが本当は何か言いたそうであったりする…、というところだろうか。

画像3

ピエール・ボナール(1867−1947)  ランプの下での昼食   1898年 オルセー美術館


ボナールは日常生活をたくさんテーマにしているが、そうなると欠かせないのが食事シーンである。タイトルを見ると、上の絵は<朝食>、下の絵は<昼食>とハッキリ書かれているので、ボナールの時代は現代の様に一日3回に分けて食事をとっていたのだろうということが明らかである。昼食の絵の中では食事はスープらしきものしか見えない。果たしてこの後にメインディッシュを食べるのかもとも考えられるが、私個人での体験からするとフランスでは夜はしっかりと食べるが昼は意外と軽めに食べる人が多い。この場合も具だくさんのスープとパンだけかもしれない。

面白いなあと思ったのは上の絵と比べての明かりの使い方である。タイトルにもランプという言葉はでてきているものの、実際これはランプによって室内に生じる光と影が構成上なくてはならないものであって、その演出によって食器や小さい子にスポットライトが当たっている様に見える。平凡な食事シーンをドラマチックにしてしまうのは非常に興味深い。

画像4

ファン・グリス(1887−1927)   朝食  1915年フランス国立近代美術館(ポンピドゥー・センター)


最後に、ブーシェの朝食とはかなり時代的にスタイルがかけ離れてしまったが(ロココからキュビズムまで来てしまった)、また、グリスはスペインのマドリード生まれではあるものの、フランスでの活躍期間が長く、亡くなったのもパリ郊外である事から敢えて加えてみた。一枚の平凡な日常生活シーンをカットして貼り付けたところが先ずは面白いけれど、加えて色使いの構成も興味深い。コーヒーポットや コンポティエ(脚付きフルーツ皿)の他に新聞(journal)もあったりして、いかにも20世紀の朝食らしいが、これが21世紀の今時になるとカフェマシーンやスマホに替わったりするのであろうか。

私も時間がある時は朝食の時テレビでニュースを聴いてココアを飲みながらスマホでメールチェックをするが、最近ではツイッターチェックをする様にもなった。これはあまり人様にお勧めできる事ではないのは重々承知なのだけれど…、もちろんヴァケーション中にホテルなどで遅い朝食を取れるときはフルーツやオムレツなども食べたりするのが理想である事は認める。それはブランチという、数年前からフランスでもカフェやレストラン等で週末に限って朝食兼昼食をのんびりとるのが流行りの様になってきた。当然そんな時はテレビもスマホも見ない。


よろしければサポートお願いします。これからもフランスの魅力を皆様に伝え続けて行きたいです!