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それは鴨のコンフィだった


 今こんな回想話にふけるのはいささか早すぎるかもしれないが、最近やたらと頭の中に浮かんでくるのはあの時のことである。

そう、2020年5月のある日、私の胸は希望に膨らんでいた。その数日前までフランスは外出制限で料理のテイクアウトは出来ても誰もレストランで食事をする事が出来なかった。

幸い私の家の向かいには精肉店があり、外出制限期間中も通常営業はもちろんのこと、毎土曜日にはそこの知り合いのレストランのスタッフが精肉店前にスタンドを出して毎回ヴァラエティに富んだ惣菜、例えばシュークルトやコッコーヴァンなどをテイクアウト販売していた。

また、そのレストランは南部のオーブラック地方名物がスペシャリティなのでアリゴなど他では普段味わえない品もあって、その点では満足であった。
真向かいだから家で皿に移し替えるだけで温かいうちにご馳走が食べられるなんて…、私はかなり甘やかされていた。

でもそれ以外は結構厳しく、パスタや小麦粉はとうとう2ヶ月の間手に入らなかった。スーパーマーケットで買い物するには30分位外に並ばないといけなかったし、結局買い物だけで毎回一時間以上かかってしまった。

その時はマルシェも公園も閉まったので、まるで家に閉じ込められたような毎日であった。働きたくても何をしたらいいのかさっぱりわからなかったし。

そんな状態の挙げ句、5月半ばにやっと外出行動範囲と制限時間が広がった。
その数日前から私はインターネットである物を夢中になって検索していたのである。

パリ市内のレストランでテイクアウトをしていて、しかも美味しいところ。もうそれしか頭になかった。

何故か日本食は二の次であった。もし日本にいたのなら当然美味しい寿司弁当を探し求めたであろうが。
かなり限られていると悟った私はとうとう頭の中に描いてあったリストを取り出した。
大抵の店は日替わりメニューであった。
営業時間もかなり短縮されていたし(そうでないと採算が合わなすぎる)。

その結果、数日後の<カフェ・コンスタン>のランチ・メニューで確か23ユーロで前菜、メイン、デザート付きでメインは鴨のコンフィというこの上なく私のその時の欲望を満たしてくれるであろうものを見つけた。


カフェ・コンスタンのオーナーシェフはクリスチャン・コンスタンというフランス南部出身で以前テレビにも出演していた元クリヨン・ホテルの人気、実力ともに抜群のシェフ。スペシャリティのうちの一つにはカスレ(これも大好きなので私の中でいつかは紹介したい一品リストに堂々入っている)
があり、その他にも南西地方の料理を紹介した本も出しているくらいなのでハズレはないと睨んだ。

カフェ・コンスタンはつい最近クリスチャンの手から離れ、シリル・リニャックというもともとパティシエで、やはり超感じの良い人気のシェフが受け継いだばかりだ。

クリスチャンの他の店のうち、<レ・ココット(2店ある)>というレストランには行ったことがあり、そこは私のお気に入りである。料理も洗練されていて良い材料を使っているゆえ決して安くはないが、パンも美味しくて店内の雰囲気も落ち着いていて最高!最近全くご無沙汰しているが、また行きたいところだ。

さて、話しを鴨のコンフィに戻そう。要するに私が言いたかったのは、そんなクリスチャンの鴨コンなら美味しいに決まっていると言う事だ。

当日私は期待の気持ちいっぱいでカフェ・コンスタンに向かった。もちろんクリスチャン・シェフがその場にいるとは思っていなかった。店頭には若いスタッフ一人きりだった。受付のテーブルには既にシンプルな紙袋が並んでいた。
何も言わなくても「はい。」とそれを渡されて精算するだけ。

ちょっとそっけない。

なんの会話もない。まあなるべく客との接触を避けるように注意をしていたのであろう。
仕方ない。

帰宅してから予め抜栓しておいた<カオール>のワインとともに久し振りの満足なひと時。AOC(現産地呼称制度)カオールはフランス南西地方に位置し、主要品種はマルベックで全体の70%以上を占めなくてはいけない。
今私の家にあるカオールにはメルローという葡萄品種も入っている。

メルローというとボルドー地方の赤ワインを思い浮かべる人が多いと思うがその通り。実はマルベックが以前はボルドー地方で栽培されていたという事実もあるくらい、これらの葡萄品種は密接な仲である。

どんなワインかというと、先ずはAOCカオールといったら絶対に赤ワイン。白のAOCカオールは存在しない。
色は濃くてルビーみたいで赤黒いとも言える。抜栓して香りが開いてくると赤い果実香が広がる。
実は我が家でよく飲むカオールはとても安い。
力強くてタンニンも口の中に残るけれど決して嫌な感じではない。
それゆえに脂っこい肉料理にぴったり。

結果、料理は卒なく、新しい発見は何もなかったがその時の私にはそれで良かったのだ。シンプルでクラシックなフランス料理が食べたかったのだから。幸せ。

さらに鴨コンの付け合せにあったじゃがいものサルラ風ソテー(輪に切ったじゃがいもをにんにく、パセリ、そして脂で炒めたもの)も丁寧に作られていて好感がもてた。こんなところにも料理人の真心と言うものが感じられ、私はこう言うのを心から期待していたのだとしみじみと感じさせられた。ありがとうクリスチャン。

そのような理由から私はこの場合の料理とワインのマリアージュに関してはフランスの、さらに南西地方の郷土性を尊重するのが大事であると強調したい。

↑脂の中にどっぷり浸かった鴨肉。


家庭でつくる場合は鴨の脂が手に入るかどうかであるが、私的には以前<ピカール>という冷凍食品専門店の鴨コンが安くてまあイケたので手に入る場合は試してみる事をお勧め。また、最近そのピカールのパリ店を覗いたら鴨コンのグリーンペッパーソースにジャガイモのサルラ風添えが5ユーロ位で売られていたので早速お試し。美味しかった。ただしイモが多すぎたのと、火を通したら脂が乾いてしまった割には食感が柔らかくなり過ぎたのでそこのところ温める時に工夫が必要。

また、今回情報収集しているうちにパリの<レストランK>の小林シェフの鴨コンレシピを発見した。これは想像するだけでも美味しそう。しかも脂がなかったらオリーヴオイルで代用可というのだから
是非やってみたい。

レシピはクラシックで、最後にパン粉とディジョンのマスタード(粒入り)を加えている。チキンの悪魔風というレシピを鴨に応用したもののようだが、美味しそうだ。流石小林シェフ!パリの日本人シェフで初めて三つ星を取得された方だ。鴨コンはもともと南西地方の田舎の家庭料理であるが、それを洗練されたスタイルに仕上げてしまうのだから。

何はともあれ、フランスのレストランで何かありきたりの料理を選ぶのに迷ったら是非この鴨コンを、そしてアルコールOKな方はカオールのワインを合わせて平凡で最大な喜びを味わってほしい。

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