さとゆみゼミの10か月を、振り返る
今年は、さとゆみゼミにどっぷり浸かった1年であった。きっと数年後、「この10か月が、わたしの人生の転機になった」と言うだろう。
今年の1月から10月まで、さとゆみさんこと、佐藤友美さんのライティングゼミを受講した(1〜3月:ベーシック12回、4〜10月:アドバンス7回)。
さとゆみゼミを受ける前と、今のわたしを比較してみる。
10か月の学びを終えて、今の自分を総括すると、「幸せなライター」になれた。さとゆみさんの赤字や講評で、言葉の持つ力に気づかされ、書くことに真剣に向き合えるようになった。(心の)視野が広がり視力も格段に良くなって、前よりずっと優しい人になれた気がする。いま、これまでで一番、自分が好きだ。
心の内をさらけだせる仲間ができたことも、大きかった。共通言語を持ち、同じ方向をむいている仲間。これはもう、ずっ友である。大人になってから、これほど深い友情を築けるとは思わなかった。
さとゆみゼミは、今年のベスト・バイにおさまらない。間違いなく、「人生の」ベスト・バイになった。
アドバンスを卒業して、約2週間が経った。「さとゆみゼミ」という10か月の旅について、書き残しておきたい。
ずっと脳がワークアウトする現象
最も予想外だったのは、「講義ではない時間」もゼミの演習時間が続いていたこと。
講義での教えを、日常生活で試す
講義では、さとゆみさんが、取材がうまくなる習慣(「3回質問を重ねる」「30分で裸にする」など)や、企画を立てるヒント(「AなのにBを探す」など)を教えてくれた。そういったアドバイスが、ずっと頭の片隅にあるから、日常生活でもずっとワークアウト状態だ。
誰かと話すときには、タモリになったり徹子になったりで、頭の中が入り乱れる。単なる雑談なのに、あとから「ああ、もっと話を広げられたのに」とか、ひとり反省会になる。書店に入ると背表紙を、ネット記事を開くとタイトルを見ながら、「AなのにB」を探している自分に気づく。
すぐに修正できない、さとゆみさんの赤字
課題への赤字は、私自身が考え尽くせていない箇所に入ることが多い。そういった赤字があると、自分との対話が始まる。もっと解像度を上げるために、心を裏返しひっくり返し、考える、考える。
ベーシック前半の課題で、「幸せ」という言葉を使ったことがあった。そこにさとゆみさんから、「時制は?」とコメントが入っていた。ハッとした。降って湧いたような幸せではなかった。どの時点かで、幸せの小さな種が蒔かれたはず。それはいつなのか。どんなふうに育てていったのか。時制について考えながら、さらに自問を重ねた。そもそもわたしは、具体的に、どんな状態を「幸せ」だとイメージしているんだろう?
「書いていきたいこと」が見つかる
わたしは最初、「美容」ジャンルの記事を書くライターだった。2年前に美容ジャンルを選んだ理由は、記事単価が高く、稼げると聞いたからだ。執筆を複数こなし、美容に関する知見は増え、面白ささえ感じていた。しかし、「わたしが書く意味」に関しては、見いだせないでいた。
そんなわたしに大事件が起きたのが、ベーシックの最終課題、「自分が著者になる前提で、企画書を作成する」に取り組んだときだ。
書籍の目次を作成するために、50の格言を考え出す必要があった。(言葉のとおり)寝ても覚めても夢の中でも考えた。そうしているうち、中学校教員を辞めてから約4年間、蓋をしていた何かがあふれてきた。胸のうちから出てきたのは、「学校や子どもたち、親ごさんたちの役に立ちたい」という想いだった。
翌月になって、美容記事の継続依頼をすべてお断りした。教育関連の記事執筆だけに絞ることにしたからだ。2か月ほど収入はゼロになったが、心は満たされており、不思議と不安はなかった(翌月、Xを通じてスカウトのメールがあり、収入は元通りになった)。
右肩にちょこんと小さなさとゆみさん
アドバンスの3回目あたりからだろうか、何を書くにも(仕事のメールでさえ)、小さなさとゆみさんが召喚されるようになった。
全長10センチくらいの姿でわたしの右肩にちょこんと座り、パソコン画面を一緒にのぞき込みながら、こうささやく。
こうして打ち込んでいても、まだまだ出てくる。ゼミでいただいた赤字、仲間がもらっている赤字を読み込むほどに、小さなさとゆみさんは「悪文ろ過フィルター」をいく枚もいく枚も重ねていく。
ゼミが終わっても、まだまだ目を光らせていただかねば。そこで、ゼミ仲間にこんなフィギュアを作ってもらった(笑)
「こなすように書く」から「深めて書く」へ
この変化も、アドバンスに入ってからだと思う。それまでの私は、「早く提出するのが正義」と思っていた。ベーシックのときは、講義の感想をポストするのも(24時間以内にFacebookグループに投稿するルールだった)、1番か2番ほどの早さだったし、課題だって〆切の前倒しで提出していた。
しかし、書く前の「考える」がおろそかになっていた。締め切りを守るために、こなすように書いていただけ。WEBライターとして記事を量産していて(納期が早いと喜ばれた)、その習慣が身についていたのだと思う。
さとゆみさんから、「書きたくなるまで書かない」と教わって、やり方を変えた。書く時間を残して、ぎりぎりまで考えるようにした。書きたくなるまで、ひつこくねちこく考え続ける。考えを深め、こねくりまわす下準備が、文章に「想い」という旨みを乗せるのだと知った。
アドバンスで、思いつきを試す
アドバンスは1か月に1回だから、課題提出まで1か月ある。そのため、思いつきを試すことができた。アドバンス後半になると、「赤字をもらえるうちが花」とばかりに、恐れずチャレンジできるようになった。
最終課題では、ある教育課題をテーマにインタビュー記事を書いた。難しいテーマだし、きっと厳しい指摘が入るだろうと覚悟しつつ、逃げてはいけないと思った。最後に、教育についてわたしが書いた文章を、さとゆみさんに読んでもらいたかった。最終的にはやはり小骨がたくさん残っており、するどい講評が耳に痛かった。しかし、ライターとして一番大切なことが、ジュッと胸の芯に焼きつけられた。
「人の言葉を預かる者として、1文字たりとも適当に選ぶことなかれ」。
大切な場所で、大好きな仲間たちと書いていく
さとゆみゼミのベーシックを卒業してから、アルムナイ(卒業生)のコミュニティに参加している。さとゆみさんの思いに賛同する、同じ方向をむいている仲間たちが集う。
あんまり器用ではないわたしは、ついていく師匠も、コミットする場所も、ひとり(ひとつ)にしようと決めた。
以前は、ライターとしてのスキルに自信が持てなくなると、いろんなゼミやコンサルに手が伸びそうになった。けれど、さとゆみゼミを卒業した今、「書きたいこと」「コミットしたい場所」「切磋琢磨できる仲間」の三拍子がそろい、もう、無敵に近い。なんだかすごく、幸せだ。
あとは行動あるのみ。書いて書いて、技術を磨いていく。