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会社の業務のための研修費用

 おはようございます。弁護士の檜山洋子です。

 昨日、20代半ばの男性の来客がありました。
 私のニューヨーク留学の話になった時、彼はパスポートを持っていないと言い出したのでとてもびっくりしました。
 海外に少しの興味もない様子でした。
 小学校の時にはいろんな夢がたくさんあったけど、どの夢も1つもかなわず今はこんなしがないサラリーマンです・・・みたいなことを20代半ばの男性が口にすることに驚愕しました。

 20代なんてまだまだこれからなんでもできる年齢なのに。

 コロナの影響で海外に行きづらいご時世であることは否定できませんが、日本から出てみれば人生に広がりが出て楽しいと思います。

 さて、今日紹介する裁判例は、経産省管轄の行政執行法人(原告)に勤務する職員(被告)が長期派遣研究制度で米国環境保護局(EPA)に派遣された際の研修費用を巡る争いです。

 海外留学はお金がかかりますからねぇ・・・

事案の概要

 原告は、工業製品等に関する技術上の評価等を行ったり、工業製品等の品質向上、安全性の確保及び取引の円滑化のための技術的な基盤の整備を図る独立行政法人製品評価技術基盤機構です。

 被告は、平成13年に原告に採用され(国家公務員の身分)、平成18年から原告の化学センターの安全審査課に勤務していました。

 被告は、平成19年から平成21年までの2年間、原告の長期派遣研修制度の対象者に選定され、国家公務員の身分のまま、米国環境保護局(EPA)に派遣されて研修を受けました。

 被告は、この研修に参加するとき、及び、当初の研修期間を1年間延長するにあたり、「研修の期間の末日の翌日から起算した職員としての在職期間が60月(5年)に達するまでの期間に自己都合により退職した場合、機構が支出した総額に相当する金額の全部又は一部を返還すること」という内容の誓約書に署名押印して、原告に提出していました。

 そして、原告は、被告の海外研修費用として1234万7238円を支出し、被告は予定どおりEPAでの研修を終了して、平成21年から原告の化学センターに復帰しましたが、誓約した5年間の勤務を終えないまま、平成25年の途中で自己都合により原告を退職しました。

 そこで、原告は被告に対して、本件研修終了後の在職期間45か月分を控除した285万3275円を返還するため、本件訴訟を提起しました。

東京地裁判決(令和3年12月2日)

 東京地方裁判所は、原告と被告との間に、被告が原告に対し、本件研修費用の一部又は全部を返還する債務を負うが、被告が本件研修の終了後、原告での勤務を5年間継続した時は、原告は被告に対し、原告が負担した本件研修費用の一部又は全部の返還債務を免除する旨の条件付き金銭消費貸借契約が成立したものと認めるのが相当である、としました。

 しかし、本件研修は、被告が積極的に海外派遣を原告に求めたものではなく、研修先の選定や研修内容の確定に当たって被告の意向が反映された形跡はなく、むしろ原告が被告を適任者として選定し、派遣先や研修内容も原告が主導的に調整、決定して被告をEPAに派遣したものと認められ、また、本件研修は被告の能力向上のみならず、EPAの取組みを被告に体得させ、研修後のEPAとの情報交換を容易にし、日本の化学物質管理行政の分野における原告のプレゼンスを高めるという組織的目的に基づいて実施された面も相当程度あるものでした。

 被告が研修中に従事していた業務は、原告や所管庁である経産省等の業務に密接に関わっていた反面、必ずしも原告や関係省庁以外の職場や化学物質管理に関する業務以外の分野における汎用的な有用性を持つものではありませんでした。

 裁判所は、このような研修は、主として原告の業務として実施されたものと評価するのが相当であるから、本件研修費用は本来的に使用者である原告において負担するべきであるとしました。

 それなのに、本件研修の終了後5年以内に被告が原告を自己都合退職した場合に本来原告において負担すべき本件研修費用の全部又は一部の返還債務を被告に負わせることで被告に一定期間の原告での勤務継続を約束させることとなる本件の金銭消費貸借契約は、労働者である被告の自由な退職意思を不当に拘束して労働関係の継続を強要するものであり、労働基準法16条に違反して無効である、としました。

民間の会社にもあてはまる当たり前の結論

 被告は、EPAでの研修経験を、おそらく原告退職後に別の職場でダイレクトに使うことはできなかったのでしょうし、そもそも半ば原告の業務命令に従う形で海外研修に派遣されたようなものだったと思われます。

 もともと英語も堪能だったようなので、海外研修は被告にとっては格好の経験、勉強の場であったに違いありませんが、やはりそれでも原告に言われて原告のためにする研修については、被告にその研修費用を負担させられるいわれはないでしょうね。

 この判決は、国家公務員に関するものでしたが、民間企業の従業員にもあてはまる論理ですから、会社の都合で会社の業務の一環として研修に派遣する際は、会社の費用負担で行うようにしましょう。また、研修後の退職の自由を奪うことのないように注意しましょう。


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