銀蝿の分岐点となった仏恥義理蹉䵷怒
ツッパリ、暴走族。そういったいわゆる不良のカリスマ的存在であった横浜銀蝿だが、不良だけではなく完全なる一般層を取り込んでいった最初のタイミングは「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」による大ブレイクであることは間違いない。しかしまだこの大ブレイクの時はイメージ的にも音楽的にも不良のイメージが圧倒的に先行していた。
そんな不良のイメージは崩さずに、さらに違った側面を横浜銀蝿はこの後いくつか見せ始めることになる。結果的にこれが横浜銀蝿の息の長さに繋がったはずである。
いくつか見せる違った側面のひとつに音楽的変化が挙げられる。それはツッパリや車に特化していたシンプルなロックンロールから思春期の若者誰もが楽しめるコミカルな歌詞を取り込んだロックンロールへと変化していったのだ。今日はこの変化したタイミングについて語ってみたい。
先述した「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」も猛烈にコミカルなコミックソングではあったが、タイトルにもあるようにあくまでもツッパリ、不良がテーマとなっている曲であった。この大ヒットした「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」から約半年後に3枚目のアルバム「仏恥義理蹉䵷怒(ぶっちぎりサード)」がリリースされている。
「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」の大ヒット以降としては初のリリースとなるアルバム「仏恥義理蹉䵷怒」は横浜銀蝿にとっては世間から大注目されている中でのリリースでありいわば勝負作である。
そんな勝負作のアルバムで横浜銀蝿はかなりの勝負に出る。「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」のコミカルな部分をさらに強調しコミックソングの要素を増やしてきたのだ。下手をすると、ツッパリや不良のカリスマのイメージが一気に壊れてもおかしくないほどのコミックバンド化をはかってきたのだ。
このアルバムは、A面がコミカルな要素の多い曲、B面はシリアスとまでは言わないがしっとりしたミディアムな曲でまとめてきている。何故このような構成にしたのかは不明だが不思議とこの構成がハマっている。
コミカルな曲調の多いA面はとにかく愉快なロックンロールが揃っている。今までの不良や車に関係した歌詞から、10代の若者なら誰でも考えたり体験することをテーマにした歌詞が増えている。
「翔んでるセブンティーン」「♀大好きRock'n Roll」「ビニボンRock'n Roll」といったいったタイトルがやけに印象に残る。10代の男子ならみんな大好きな女子の話だ。もちろんそこは横浜銀蝿。歌詞の中はツッパリの女子や真っ赤なマシンが登場する。この辺りの進化が本当に絶妙なのである。ツッパリや不良、暴走族は今まで通りに、さらに一般の若者でも楽しめる内容だ。
横浜銀蝿が3年3ヶ月の活動期間をトップアーティストとして活躍できた大きな理由に一般層の取り込みがあった。最初は不良を相手にしているだけだったかもしれないが徐々に一般層、特に不良にはなりきれないが少しワルに憧れる思春期の若者を多く取り込んでいった。不良やバイクに憧れる男子、原宿に出かけておしゃれしたいちょっとませた女子。この辺りが横浜銀蝿に夢中になっていったのだ。暴走族が盛り上がっているだけのバンドではあっという間に消えていったであろう。
ターゲットを広げた勝負作であるこのアルバム「仏恥義理蹉䵷怒」は、翔、Johnny、TAKUという3人のソングライターのバランスが非常にいい。TAKUの存在感も大きいが、なにより翔くんの存在感が増している。ここがこのアルバムの一番のポイントだと思われる。
先日のコラムで書いたが、翔くんの言葉のセンスはかなり面白い。若者が飛びつきそうなセンテンスが多く、言葉の並べ方が天才的だ。
可愛い女の子を落とすには?をテーマとした「♀大好きRock'n Roll」の歌詞を見ても分かるが、横浜銀蝿に小難しい言葉は必要ない。ただひたすら言葉遊びをするかのような翔くんの歌詞は軽快なリズムに乗って痛快なロックンロールとなっている。
オンナ オンナ オンナ
オンナ オンナ
オンナをおとすにゃ
あせらず あわてず
あいてに あわせて
あかるく I love you
すぎゆく夜に この身をまかせ
そして ひとみがうるんできたら
あと一歩 もういっちょ
がんばれ はりきれ
(それゆけ やれゆけ)
気合入れて 朝までSatisfy!
こんな調子でひたすらオンナを落とす指南が続くのだ。実に翔くんらしい言葉の選び方で不良っぽさを残しながらも若者ならではのテーマをズバッと決めているのが面白い。
続く「ビニボンRock'n Roll」にいたっては、今の若者は名前も知らないであろうビニール本を見たいという話だ。
じーちゃんも ばーちゃんも
とーちゃんも かーちゃんも
学校の先生も
若い時には こっそりひっそり
ヌード写真を
みんな見ながら大きくなった
ここまでくるともう不良とか暴走族とか一切関係なくなっている。曲のオープニングではメンバーがこっそりビニボンを見ているという小芝居が展開されている。横浜銀蝿の不良でいかついイメージから一転して面白おかしいイメージへ変化させて若者の兄貴的存在になった瞬間かもしれない。
そう、このアルバムで横浜銀蝿は若者全体の兄貴になったのだ。不良でありながら、身近な面白おかしい話ができてしまう人気者となったのだ。
しかし、ただの面白おかしい兄貴では終わらないのがこのアルバムの凄さだ。B面ではミディアムなナンバーで大人に決めている。そこがまた信頼できる兄貴像の象徴として確固たる位置を獲得しているのだ。
お気に入りの赤いドレスと
自慢のポニーテールで
おいでヨ 踊りあかそう
Party Night
リズムに思い出乗せて
気の合う
High School mateと
最後の夜をすごそう
Party Night
まだ学校での世界しか知らない若者にとって、夜のダンスパーティーのようなアメリカのフィフティーズのような世界観は誰もが憧れたものだ。これは夜遊びしている不良だけでなく、一般の若者でも想像の世界で共有できる憧れの感覚だ。横浜という土地のイメージも手伝って、横浜銀蝿はこういったいかした夜のお楽しみを教えてくれていた。まだお酒も飲めない多くの若者が横浜銀蝿の言葉に惹かれていたのだった。
アルバムのラスト「雨の湘南通り」では、実に翔くんらしいラブソングで渋く締めている。間奏では翔くんのセリフが実に渋い。普通ならクサいセリフに聞こえそうなもんだが、あの当時はまったくクサい印象はなかった。それは翔くんのセクシーな声がセリフにハマっていたのだろう。
覚えてるかい
この道は
お前が好きだった
湘南通りさ
はじめて キスを交わした
あん時も こんな
雨の夜だったよな
お前の前だと
気取っちまってよ
カッコばっかつけてたっけ
そんな俺を見て
お前 いつも笑ってたよな
しばらく
忘れられそうにないぜ
湘南通りとはいったいどんな所なんだろう…インターネットもないあの当時は想像するしかなかった。ひたすら想像して、いつか行ってみたい、そしてあんな恋をしてみたいと思ったものだ。そんな若者は多かっただろう。翔くんの遊びの経験が、そして世界観が情景として浮かび上がってくる見事な作品だ。
個人的にこの曲が終わって雨の湘南通りを車が走っていく音を最後に無音になる瞬間がとても好きだ。一瞬無音の余韻を楽しみつつ、またA面のコミカルなナンバーを聞きはじめるというループした状況に毎回なる。結果このアルバムを何度も聞いてしまうことになるのだ。
ビニール本から深夜のダンスパーティー、そして大人の切ない失恋までを見事にひとつのアルバムにパッケージしたこの「仏恥義理蹉䵷怒」は、その後の横浜銀蝿の活動をさらに広げたのは間違いない。また、このアルバムでボーカリストとしてだけでなく、ソングライターとしての翔くんの才能が花開いたことも大きかったように思う。横浜銀蝿=翔というイメージを決定づけたのだ。
このアルバム「仏恥義理蹉䵷怒」は、「ツッパリHigh School Rock'n Roll(登校編)」でブレイクした後の一番大事な時期に勝負をかけ、その勝負に見事に勝利して大きなターニングポイントになった。ここが横浜銀蝿としての分岐点であったことを改めて痛感する。思春期の若者が興味をもつテーマを次々と歌にして、時にコミカルに時にシリアスに表現し、不良だけでなく、ちょっと不良に憧れているような一般層の若者の兄貴分として一気に人気を獲得した記念碑的な名作なのである。
it's only Rock'n Roll
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