【童話】地下室の本
真夜中、カトリーヌは、気がつくと1人で教会の前にいました。
日曜日に、家族で礼拝に行っている教会です。
でも、こんな時間は誰もいません。
いつの間にか、手にはカンテラを下げていました。
🔮🔱
リーン リーン リーン リーン
夜の虫たちが鳴いています。
その他は何の音も聴こえません。
灯りも、カンテラの光りだけです。
カトリーヌは、心細い気持ちになりました。
「どうして、わたしはここにいるのかしら」
現実なのか、夢を見ているのか分からなくなっていました。
とにかく外にいるのは、恐かったので、カトリーヌは教会に入ることにしました。
🔮🔱
真っ暗な中、満月の輝きが、ステンドグラスを照らしています。
しばらくは椅子に座っていよう。
カトリーヌは、そう思いました。
教会が大好きなので、少しずつ気持ちが落ち着いてきました。
その時です。
祭壇のろうそくに、いきなり火がついたのです!
カトリーヌは驚いて、心臓がドキドキしてきました。
どうして……。
誰もいないのに、勝手に火が…。
🔮🔱
「いったいどうなっているの?」
カトリーヌは、ガタガタと震えています。
「家に、家に帰る!」
そう思って椅子から立ち上がった時です。
「恐がらなくても、大丈夫だよ」
そう、声が聞こえてきました。
「前を見てごらんなさい」
カトリーヌは、云われた通りに、祭壇を見ました。
そこには、いつの間にか、白い服をまとった、おじいさんが立っています。
「……」
「大丈夫だから安心しなさい」
そう云うと、おじいさんは、カトリーヌに手招きをしています。
カトリーヌは、考えていました。
行ってもいいものだろうか……。
🔮🔱
おじいさんは、ニコニコとしています。
悪い人では、なさそう……。
カトリーヌは、思い切って祭壇に近づく事にしました。
ゆっくりゆっくり歩きます。
そして、祭壇のおじいさんの前までやってきました。
「よく来たね。先ずは祭壇に祈りなさい」
カトリーヌはは、ひざま付き、十字架に祈りを捧げました。
おじいさんは微笑んで、カトリーヌの事を見ています。
そして、おじいさんは、祭壇の下の床に手を置くと、床の一部が開きました。
ちょうど、1人が入れる広さがあります。
カトリーヌが、開いた床を見てみると、下に降りる階段がありました。
その様子を見て、おじいさんは云いました。
「階段を降りてみるかい?カトリーヌ」
カトリーヌは驚いて、おじいさんのことを見上げました。
少しの間があり、カトリーヌは訊きました。
「ここを降りると何があるのでしょうか」
🔮🔱
「白く狭い部屋がある」
「その部屋には何か、あるのですか」
おじいさんはカトリーヌのことを黙って見ています。
カトリーヌも黙っていました。
しばらくして、おじいさんは云いました。
「きみは知りたいことがあるだろう?」
カトリーヌは目を大きく開いて、おじいさんのことを見ました。
「その答えが分かるんだよ」
「答えが……分かる……」
「そうだ。カトリーヌは知りたいだろう。
毎日、そのことで頭がいっぱいなはずだ」
カトリーヌは思いました。
確かに、おじいさんの云う通りなのです。
『そのこと』が気になって、他のことが手につかない毎日が続いていました。
「きみが本当に知りたければ、今夜分かる。さて、どうするかな」
知りたい。
カトリーヌは思いました。
「その部屋に行きたいです」
おじいさんは、うなずくと、もう一度、
床を開けて、
「行ってくるといい」と、云いました。
カトリーヌは覚悟を決めて、階段を降りることにしました。
🔮🔱
一段ずつ降りて行くと、壁には幾つもの小さなキャンドルが置いてあり、ゆらゆらと、穏やかな火が揺れていました。
とても狭いけれど、不安にならずに済んだのは、この火が揺らめいていてくれたからです。
しばらくしてカトリーヌは、おじいさんの云っていた、白く狭い部屋に、たどり着きました。
その部屋にもキャンドルが置いてあり、狭い部屋の中には、ちょうどいい明るさでした。
部屋の中央には、水晶でできているテーブルと椅子が1脚。
そして本棚がありました。
本のタイトルを見て、カトリーヌは信じられませんでした。
本の表紙に自分の名前が書いてあったのです。
『カトリーヌの一生』
カトリーヌが本を手に取るか、迷っていると、
「その本に、きみが知りたいことが書いてある」
いつの間にか、おじいさんが立っています。
🔮🔱
「答えが……この本に」
「そうだ、カトリーヌ。本を開いてみるかね?」
カトリーヌは、なかなか気持ちが固まりません。
「きみは、画家になりたいんだね」
おじいさんの思いがけない言葉に、カトリーヌは動揺しました。
「何故……知っているのですか?」
おじいさんは、微笑んでいるだけです。
確かにそうです。
カトリーヌは画家に憧れています。
けれど……。
「自信がない。家族にも云い出せないでいる。そうだね?」
「……はい」
カトリーヌは16歳です。
そろそろ、進路を考える時期にきています。
けれど、両親に自分の夢を言い出せずにいました。
何故なら、両親はカトリーヌには学校の先生になってもらいたいのです。
「カトリーヌ。この『カトリーヌの一生』の本には、きみの未来が書いてある。
きみの夢が叶っているかも載っている」
「……」
「そのことを確かめるかどうかは、きみの気持ち次第だ。
時間はあるから、よく考えるんだよ」
🔮🔱
おじいさんは、いなくなってしまいました。
カトリーヌは、ポツンと椅子に座って本棚にある『カトリーヌの一生』を見つめています。
そして、ゆっくりと椅子から立ち上がり、
本に手を伸ばしました。
コト コト コト コト
祭壇の床が開き、階段を昇ってきたカトリーヌが出てきました。
「随分と、あの部屋に居たね」
おじいさんが云いました。
カトリーヌはゆっくりと、うなずき、
「はい」とだけ答えました。
そして祭壇を降りて、最初に座っていた椅子に腰掛けました。
🔮🔱
静かな時間が流れています。
おじいさんはカトリーヌの傍にやってきました。
そして、何も言葉にせずにカトリーヌの隣に座りました。
「おじいさん、わたし……」
「本を開きませんでした」
おじいさんは黙っています。
「私は、逃げているだけでした」
「それだけではなく、余りにも自信がなくて、ズルイことを、するところでした」
「良かったよ。カトリーヌがそのことに気づいてくれて」
カトリーヌの瞳から、涙がポロポロと溢れました。
「私は、安心したいが為に、画家になれていたら、家族に自分の夢を話せる。
そう、思ってしまいました」
おじいさんは、うなずき、カトリーヌのことを抱きしめました。
カトリーヌは、おじいさんの胸の中で、云いました。
「反対されると思いますが、両親に自分の気持ちを話したいと思います」
おじいさんは、云いました。
「カトリーヌ、あの本を、もし開いたとしても何も書いてはいなかったんだよ」
カトリーヌは驚きませんでした。
「何故だか分かるかな?」
「分かり…ません…」
「未来のことだからだよ。未来は、これから創り上げていくものだ。
決まっていないからね。『宿命』ではないからだよ」
カトリーヌは、訊きました。
「これからの自分次第だから、でしょうか」
「それも、ある。今は画家になりたいと思っていても、この先、夢が変わるかもしれない」
「何より……夢に向かって、努力することが続けられるか。そして『運』も関係ある」
「『運』、ですか」
「そうだね。『運』も関係してくる。だけど、
カトリーヌ、本当に夢を叶える為に努力した人を神様は、見捨てることは、しないよ」
「安心していい。神様はずっと見ているよ」
おじいさんは、そう云ってカトリーヌの頭を撫でました。
「いい時間が過ごせた。嬉しかったよ」
そして、教会から出て行こうとしています。
カトリーヌは慌てて訊きました。
「待ってください。おじいさんは、誰ですか?何故、私のことが分かるのですか?」
「もしかしたら神様でしょうか」
おじいさんは、止まりました。
そしてカトリーヌの方を見て笑いました。
「神様などと、もったいない。カトリーヌ、家に帰ったら、家族のアルバムを見てごらん」
「アルバム…」
「おやすみカトリーヌ。気をつけてお帰り」
おじいさんは、そう云って手を振りながら、外へ出て行きました。
🔮🔱
カトリーヌは家に帰ると、棚から家族アルバムを出してページを1枚ずつめくりました。
「アッ!」
「この人……」
そこには、ママと写っている笑顔の男性がいました。
「ママの、お父さんだわ。私が生まれた時には、もう亡くなっていたから、直接会ったことはなかったけれど」
「私のおじいちゃんだったのね」
その時、声がしました。
カトリーヌ、光と共に歩いて行きなさい。
神様は、光だよ。
(完)
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