【雨の日の出来事】
「あの、すいません」
「はい?私でしょうか?」
「貴女のことをハグしてもいいですか」
「……」
雨の日のスクランブル交差点で、私は見知らぬ青年に声をかけられた。
「……何故ですか?」
「貴女が今にも泣きそうな顔をしているからです。今日の天気みたいに」
「…でも、私は貴方を知らないですが」
「僕もです。でもハグをさせてください」
この人、大丈夫かしら。
そう思っていたら、急にハグされた。
お互いの傘が交差点に落ちた。
道行く人たちは、お構いなしに歩いている。
私は呼吸が止まりそうだった。
1分も経っていないはずだけど、かなりの時間、ハグされてた感じがした。
青年は、私をそっと離した。
私の心臓は、バクバクしたままだ。
「良かったら、美味しい珈琲でも飲みませんか」
今は、こういったナンパが流行っているのだろうか。
そう思っているのに、私はコクンと頷いていた。
☔️🌂☔️
私は青年のあとを着いて歩いた。
10分ほどで、落ち着いた感じのカフェの扉を開けて、私たちは、中に入った。
店内には静かに音楽が流れている。
青年はブレンドを、私はアイスコーヒーを注文した。
ブレンドもアイスコーヒーも、直ぐに運ばれてきた。
青年は、黙ってカップを口に持っていった。
私は喉が乾いていたので、ストローでゴクゴク飲み、あっという間にアイスコーヒーは半分に減った。
青年は静かに微笑み、私を見ている。
ようやく一息ついた感じがした。
沈黙が流れた。
私は青年に聞いた。
「泣きそうにしてましたか?わたし」
「ええ、とても悲しい顔をしてました。だから僕は、何とかしないとって思ったんです」
「それが、ハグ」
「咄嗟に、それしか浮かばななったんです」
青年は、照れ臭そうに笑った。
☔️🌂☔️
「……失恋したんです。わたし」
青年は黙って聞いている。
「5年も付き合ってた人でした。結婚すると思ってたんですよね、私」
私はまた、ストローでコーヒーを飲んだ。
「でも向こうは、そう思ってなかったようです。イタリアに料理の勉強に行ってしまいました」
「一緒に行こうとか、待ってて欲しいとは?」
私は首を横に振った。
「そうですか……辛いですね」
青年の言葉を聞いて、私の目から涙が流れた。
「あぁ、ごめんなさい。せっかくハグしたのに、その僕が泣かせてしまいました」
「いいんです。泣くのを我慢してたので、やっと泣けました」
私は、しばらく泣き続けた。自分の中に、こんなに水分があるのに驚いた。
最後の涙を拭くと、やっと収まった。
「もう、大丈夫ですか?」
「はい、すみませんでした」
「では、そろそろ行きましょう」
青年は立ち上がった。
「行くってどこへですか?」
彼は何も云わずに歩いて行く。
レジの前を通過した。お金を払わずに。
私は慌ててサイフを出した。
すると青年は、「いいんです。払わなくて」
と、落ち着いた声で私に云う。
「だって、それじゃあ、無銭飲食になります」
レジを見ると、お店の人は、全く私たちを見ていない。
私は、半分困りながら、青年に着いて行く。
☔️🌂☔️
「あの、どこに行くんですか?」
青年は歩くのをやめて、振り返り、私に云った。
「あの世です」
「あの世って…」
その時、ひどい目眩に襲われた。
立っていられない。恐い!
目眩が収まった時、私は川の辺りにいた。
舟があり、船頭さんみたいな人がいる。
「ここってまさか」
「三途の川です。僕も貴女も死んだんですよ」
青年にそう云われても、悲しくもなんともない。
「そうか、私は死んだんだ」そう思った。
船頭さんが、私たちを見て、眉間にシワを寄せた。
「あんたら、舟に乗るの?」
青年がうなずいた。
船頭さんは、
「もう定員いっぱいで乗れないよ」
青年と私は顔を見合わせた。
船頭さんは、続けた。
「だいたいさぁ、いくら雨で滑りやすいからって、三段しかない階段なのに、転んで頭打ったぐらいで死なないでくれる?」
「そっちの彼女、失恋したくらいで、ボーと歩いてちゃ危ないだろう?」
二人で、もじもじしていたら、
「とにかく、もう乗る隙間がないから、帰えってくれる」
私たちは、呆然と舟を見送った。
すると、どこからか、泣き声が聞こえてくる。
「ご臨終です」
その時、私は目を開けた。
ベットの上に寝ている。病院らしい。
「あの……先生、里美が、里美が、目、目」
「あれえ、おかしいな、確かに心臓は止まったのに」
「里美、里美、分かる、お母さんよ、お父さんもいるわよ」
「うん、分かる」
「匠、匠、先生、見てください!」
見ると、隣りのベットには、あの青年が寝ていた。
「えー、こっちもか!」
慌てる医師と看護師たち。
「匠が、生き返った!良かった、助かったのよ匠」
私は青年を見た。
青年も私を見ている。
お互いに、笑ってしまった。
「里美が……笑ってる」
「匠、大丈夫?頭を打ったからかしら」
こうして私たちは生き返った。
と、いうか死にそこねた。
精密検査をするという事で、少し入院することになり、結果、どこにも異常は見られない、という事で、晴れて退院となった。
私と青年は、付き合うことにした。
「変な出会いだよね」と、匠が笑う。
「ホントだね」私も笑った。
雨の、スクランブル交差点。
こういった事があってもいいよね?
☔️🌂☔️
(完)
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