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 男たちとタマゴ

「うわーー!いってえ!」

  まただ、うるさいなぁ、

  こんな夜中に〜

  無視したいけど、後がめんどう

  一応、声をかけておくかな


「航、どうしたの」

「指、指、足の小指をぶつけた!痛いー」

   誰でも痛いのよ。


「あぁ、そこって痛いのよね、大丈夫?」

「たぶん……」

「なら、良かったわ。寝ようよ航。午前3時だよ」

「うん、骨折れてないかな」

  折れてないよ!


どうして男というのは、こんなにも痛みに弱いんだろう。

私なんか、毎月のものが重いから、トイレの中で痛みで失神してるのに。

一度、体験させてあげたい。


夕方。


「今日は疲れたから、夕食は簡単な鍋にしよう。野菜と鶏団子の鍋でいっか」


仕事を終えて、帰宅途中、スーパーに寄る。

安くてカサのある野菜を選ぶ。

白菜はエライ!

あとは、安定の価格であるキノコ類。

長ネギは好きなので買うことにする。


「木綿豆腐を2丁、私は絹の方が好きだけど、航が木綿派だから。鶏団子と、あとは……卵だ!これを忘れたら航がうるさいんだよね」


         🥚🥚🥚


そしてマンションに到着。

「疲れた〜、少し休んでから鍋の準備をしよう」


私は着替えをして、ソファーに横になる。

そのままウトウト軽く寝た。


目を覚ますと8時を過ぎている。

航が帰って来る時間だ。

私はキッチンで野菜を洗い、食べ易く切り、昆布を入れて出汁を取っておいた土鍋を火にかける。


「ただいま〜」

航が帰って来た。間に合った。

「お帰りなさい、お疲れ様」

「ホント、疲れたわ。晩飯は何?」

「お鍋にしたの。私も疲れてるし」


「鍋、いいね。冬は鍋だね。着替えてくる」

私はその間、土鍋に野菜や鶏団子をいれて火を通す。

熱いので、そ〜とそ〜と、テーブルに土鍋を移動。


         🥚🥚🥚


「おっ、いい感じだね。ガスコンロの火を強めるよ」


「では、いただきます」

私たちは手を合わせ、食べ始める。

熱いけど、美味しい。

アッという間に土鍋は空になった。


「ご飯を持ってくるね」

「うん、卵もね」


そう、締めの雑炊である。

しばらくグツグツと、ご飯を柔らかくして、さて今日も作っていただこう。


「航雑炊奉行さま、お願いします」

「よかろう」

航奉行が溶き卵を土鍋に入れて、急いで蓋をする。


そして例のセリフ


「俺が作る雑炊は、間違いなく旨いからね、たくさん食べて」

航は必ずこう云ってから蓋を開ける。


「おお!完璧だ!卵にちょうど良く熱が通ってる」

そして食器によそうと、

「はい、食べて、絶対に美味しいからね」


そう云って渡してくれる。

ありがたく頂く。

  うん、可もなく不可もなく、普通。

しかし、お奉行さまは期待に満ちた眼差しで私を見ている。私は心得ている。


「美味しー!すごく美味しいよ航!」

「だろう?俺が作って不味いはずがない」

航も食べる。そして、このお決まりのセリフ。

「旨い!やっぱ旨いわ」


         🥚🥚🥚


入浴しながら私は思い出す。

結婚する前に、付き合っていた彼も、卵料理に絶対の自信を持っていたっけ。


「僕が作るオムレツは食べた人、皆んなが必ず絶賛するんだ」


作ってくれた。

食べる。

普通。


けれど、私は心得ている。

「本当に美味しいね、卵がふわふわ」


何故、男たちは、そんなに卵料理に、揺るぎない自信があるのか。

私が思うには、傷みに弱い事と関係があるのではないか、という考えだ。


男たちは、ひょっとして、自分は母親から卵で産まれた、そう思っているのかもしれない。


実際には出産には、かなりの痛みを伴う。

私はまだ、出産したことはないが、経験者の友達は、軽くて済んだ人以外は、口を揃えて、激痛だったと話す。


「余り痛さに、『もう産むのを止めるー』と叫んだわよ」

そう云ってた友達もいる。


男たちは、その痛さを知らないし、知るはずもない。

彼等に取って、卵とは、とても軽い出産のイメージと被っているのかもしれない。


《ポコン、ピーピー》


ちょっとしたことで、大声でその痛みを訴えるのは、母親から自分は卵で産まれた。

そう思っているから、彼等の想像以上の傷みには、耐え難いものがあるのかもしれない。


決して彼等を批判してはいない。

大袈裟に騒ぐことも、卵料理に絶対の自信を持っていることも、私は、

「ウザい」と思いつつ、可愛いなぁとも思うのだ。


だから、これからも、云い続けるだろう。


   「すっごく美味しいよ!」


      🥚(完)🥚






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