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#【花見客】

今年も梅の花が満開になった。

電車に乗って20分のところに、梅の名所がある。

「天気もいいし、お花見にでも行ってみようかな」

知春はそう考えて、一人、電車に揺られた。


最寄りの駅に着くと、人が溢れていた。

「想像はしてたけど、やっぱりすごい人だわ」

駅から徒歩10分ほどで、たくさんの梅の木がある丘に着く。


ブルーシートがあちこちに敷かれ、場所を確保している。

「このシートが、せっかくの梅の花を台無しにしてる気がするなぁ」

知春はそう思った。

ブルーの色が濃過ぎるのだ。

それが、辺り一面に敷いてあるから、白梅や紅梅の、奥ゆかしさをまるで目立たなくしている。


       🌸


平日だからか男の人は少ない。

ママ友達、女子会の人達。

大人たちは、話しに夢中で、

子供は走り回る。

あちこちで梅の写真を撮っている。

それを終えたら、また会話に花が咲く。


写真に残したからもう大丈夫。

そう思っているのだろう。


ほとんどの人が花を観ていない。

桜の時もそうだけど、シートに座って食べて呑んで、それがこの国のお花見なのだ。


知春は「来なきゃよかった」

そう思った。

足は自然に駅に向かっていた。


         🌸


丘をもう少しで降りるところに、子供たちが集まっている。


知春は不思議に思い、近づいてみた。

すると、そこにはかなりの高齢だと思われる老人が、紙芝居をやっていた。

子供たちは真剣な眼差しで、それを観ている。


この春から社会人になる知春は、初めて本物の紙芝居屋さんを見た。

どうやら、“花咲爺さん”をやっているようだ。

子供たちは、紙芝居屋さんのお爺さんから買った水飴を舐めながら、大人しくしている。


「へ〜意外。ちゃんとしてるんだな」

知春はそう思った。

「はい、今日はこれでおしまいだ」

お爺さんの声に、子供たちは、あちこちに散っていった。

お爺さんは片付けを始めた。


「珍しいかい、お嬢さん」

私に云ってる?知春はそう思った。

「はい、初めて見たもので」

そう答えた。

「そうかい。やる人も少なくなった。ワシもそろそろ辞め時かもしれないが、子供たちが集まってくると、嬉しくてな」


知春は黙って聴いていた。

すると、片付けを終えたお爺さんが、

「お嬢さん、よかったらワシの家に来るかい」

「え、いいんですか?」

知春はそう云っている自分に驚いた。


        🌸


仕事道具を乗せた自転車を、知春は押しながら歩いている。

「助かるよ。ありがとな、お嬢さん」

「知春です。早川知春といいます。『お嬢さん』は、照れてしまうので」

「知春ちゃんかい。いい名前だ」

お爺さんは笑顔でそう云った。



「着いたよ。ワシの家はここだ」

ガラガラと、戸を開けてお爺さんは中に入った。

知春は自転車を持って、その場に立っている。

「知春ちゃん、入っておいで。自転車はそこに立て掛けてくれたらいい」


知春は、お爺さんの云う通りにして、家に入らせて貰った。

「婆さん、今日は可愛いお客さんを連れてきたぞ」

お爺さんは大きな声でそう云った。

「お邪魔します」

知春はそう云って、部屋を見た。


       🌸


そこは、六畳一間の部屋があり、布団が敷かれていた。

「いらっしゃい。こんな狭くて汚い家に、よく来てくれて」

布団に横になっているお婆さんが、笑顔でそう云った。

「急に押し掛けてしまい、すみません」

知春がお婆さんにそう云っていると、

お爺さんが枕元の鍋の蓋を開けて、

「お、うどんを全部食べられたな、婆さん、良かったな」

そう云って嬉しそうな顔でお婆さんに、話しかけた。

「あなたが作ってくれる、おうどんは美味しいですから」

お婆さんはニコニコしている。


「知春ちゃん、狭くて悪いなぁ。ここにある椅子にでも座ったらいい」

お爺さんは、申し訳なさそうに云う。

「いいえ、とんでもないです」

知春はそう云って椅子に座った。


「何か、あったのかい?」

お爺さんは、知春に尋ねた。

「えっ!どうしてですか?」

「知春ちゃんが怒った顔をしてたからね、何か嫌なことでもあったのかなって思っただけだよ」

「怒った顔をしてましたか、わたし」

「そうだな、してたな」

知春は自分が思ったことを、お爺さんに話した。


花見などしていない花見客について、お爺さんに訊いて貰った。


        🌸


お爺さんは、静かに知春の話しを聴いていた。

「そうか、それが知春ちゃんが怒った顔の原因だね」


「家には子供がいないんだよ。出来なかったんだな。だから孫もいない」

「確かに子供は走り回るし、うるさい。でもね」


「それが子供なんだ」


知春は何故だか言葉が出ないでいた。

「親たちを見ただろう?自分達の話しばかりで子供に話し掛けてる親は少ない」

知春は頷いた。


「親は親で、子育てに疲れている」

「だから、ああいった場所で発散してる場合もある」


「そして花見というのはな、昔から呑めや食べろやで、花を観に来ているわけじゃない人が多いんだ」

「お花見なのに、ですか?」

「そうだな。知春ちゃんは、とても真面目な女の子だね」

「……真面目は、いけないですか?」

「とんでもない。ただね、行き過ぎると人に厳しくなってしまうことがある」


お爺さんの、その言葉を聴いたとたん、知春は涙が溢れてきた。


「自分にも、人にも厳しくしていると、人間は苦しくなってしまうんだ」


お爺さんの言葉に知春は自分がどれだけギスギスしていたかに気づかされていた。

涙が止まらなかった。


         🌸


「苦しかったんだね、知春ちゃんは」

知春はただただ頷くだけだった。


自分でも、なんでこんなに生き辛いんだろう。そう思いながら毎日を過ごしていた。


「確かにひどい親も増えたと思うよ、呆れることが多くなった」


「だからと云って、知春ちゃんが苦しむことは無いんだよ。もう少し楽になってごらん」


         🌸


知春は帰りの電車の中にいた。

お爺さんと、お婆さんに、

「またいつでもいらっしゃい」

そう云って貰った。


今日、お花見に行って良かった。

知春はそう思っていた。


悪いことは悪い。だから目に余ることがあれば、注意するかもしれない。

だけど自分はギスギスした人間にはならないと、そう決めた。


最寄りの駅に着いた。

「また、お邪魔してもいいのなら、そしたら何か、あのご夫婦が好きな料理を作ろう」


そう思いながら知春は家に向かった。


        (完)







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