#華やか薔薇の一瞬の影
「だからね、この先も避けて行くつもり」
へぇ〜
なるほどね
凄いじゃない
ーー ーー ーー ーー ーー ーー
高校の時、私には華という名の友達がいた。
彼女は両親が医師で親戚も医師、大学教授、代議士(のセンセ)、女優といった豪華な人達がたくさんいる。
華の自慢だった。
私は何回も、泊まりがけで華の自宅に遊びに行った。
一階が両親の病院で二階からが自宅になっていた。
とにかく広い家なのだが、どの部屋も雑然としていて、広いのに息苦しさを感じる。
🍃💐🍃
一度、和室に通されたことがある。
華がコーヒーを入れている間、私はやることもなく、部屋の中を見廻した。
「えっ」
私は小さな声を上げた。
棚にあったのは、たくさんの札束だったから。
大金持ちになると、理解できないことをするものだ。
私はそう思った。
一気に居心地が悪くなり、私は早く華に戻って来て欲しくなった。
私が変な気を起こす前に。
『ほんの出来心でした』
そんないい訳を私にさせないでほしい。
🍃💐🍃
そう言えば、前に遊びに伺った時、華のお父さんに会ったことがある。
私は玄関先で、華にお菓子の詰め合わせを渡してあった。
華はお父さんに「理子ちゃんから頂きました」と言って、その詰め合わせを見せた。
父親は、チラッと見たが表情も変わらず何も言わなかった。
正直、感じ悪い人だな、そう思った。
華は、そのお菓子を持って、ある部屋に入った。
部屋の中を見て私は驚いた。
広い部屋は、頂き物で溢れていた。
華は私の持ってきたお菓子も、棚にポンと置いた。
医師会の会長ともなると、一部屋全部が
『頂き物専用』になるんだと知った。
さっきの父親の反応は、明らかに慣れっこになってることを示していたのだ。
🍃💐🍃
華は友達の多い子だ。
仲間の中心にはいつも彼女がいた。
そして、冒頭に書いたことには、もちろん意味がある。
ある日、華はこう云った。
「私は今まで、何か問題が起きた時や、悩みそうになった時、それらを全部避けて来たの。だから深く考えたことなんて無い。私は自分が運のいい人間だと思っているから、どこまで嫌な事は全部避けて生きて行けるかやってみるの」
華のこの言葉を聞いた時、悩み事だらけの私は、すごく羨ましいと思った。
と、同時に『避けてばかりで、大丈夫なのだろうか?』
そういう思いもあった。
何が大丈夫なのか、その意味は考えなかった。
でも、そう思ったのだ。
今なら分かる。
『嫌なこと、面倒なことを全て避けて行ったら、どんな人間になるのだろう』
あの時、私が漠然と思ったのは、こう云った意味なのだろう。
🍃💐🍃
どこかにそんな怖さを感じたのだ。
余計なお世話だと思う。
つくづくそう思う。
華は自分でも私は運がいい、と云うように、その事を皆んなで居る時によく話題にしていた。
「この前、写真を撮ってもらったの。そしたら私の顔写真に、大きな目が写ってたの。びっくりしちゃった!」
皆んなは、「何それ、気持ち悪い」
「怖いよ、華は平気なの?」
と、気味悪がった。
華は云う
「それがね、霊感の鋭い人に観てもらったら、『アナタは強い力で守られています』だって」
私たちは、へ〜と感心した。
やっぱり華は、強運なんだ、そう思った。
「その写真、こんど見せてくれる?」
「あ、わたしも見たいな」
皆んなは口々にそう云った。
華は「いいよ、今度持ってくるね」
そう約束した。
けれど未だに写真を持ってこない……。
🍃💐🍃
華はショッピングが大好きだ。
特に洋服には目がない。
休みの日に横浜で会うことが多かった。華はショウインドウで好みの服を見つけると、何の迷いもなく、お店に入って行く。
ズラーと並ぶ洋服を、目を輝かせて次から次へと物色する。
気に入った品が見つかると、サッサとレジに持って行く。
私は恐る恐る、その洋服の値段を見てみると、だいたい三万を超えていた。
私は気に入った服を見つけたら、まず値段を見るのだが、華は全く気にしない。
高校生の華の小遣いが、幾らなのか、想像も付かなかった。
住む世界が違い過ぎて、最初の頃は“羨ましい”と、思った私の中の感情は、麻痺したように、何も感じなくなった。
同時に華と会うことが楽しくなくなっていった。
そして私たちは、高校を卒業した。
華は大学浪人が決定し、私は専門学校へと進んだ。
正直、華を落とす大学がある事に私は驚いた。
華は決して勉強は得意でななかったが、お金持ちの御子息、御令嬢が入る大学が、華の華麗なる両親、親戚を知っての上で不合格にするとは!
「あの人、入試で0点に近かったみたいよ」
そんな噂も流れた。
🍃💐🍃
あまり会うことも無くなった私と華だが、電話で話すことは、たまに有った。
ある日、久しぶりに会おうか、という事になり、駅のホームで待ち合わせをした。
私がホームに着いた時だった。
華が、しゃがみ込んでいるのが目に飛び込んできた。
私は急いで華に近づいた。
「華、どうしたの、気分でも悪いの?」
すると、「あーー、スッキリした!」
そう云って華は急に立ち上がり、私を見て笑った。
私はわけが分からず言葉が出てこない。
「理子、心配した?ごめんね〜」
「いったいどうしたの?」
「急に泣きたくなってさ、だから泣いてただけ」
「……」
「さ、行こう。どうする、先にランチする?」
私たちは、少し遅めのランチを食べることにした。
海の傍のレストランで食事をしていたら、華は急に真面目な顔で私に質問をした。
「理子は一人暮らしをしてるでしょう。食事は作ってるの?」
「うん、だいたいは自炊してるよ。バイト代だけで生活しているから、出来たお弁当とかは贅沢品よ」
華は黙って聞いている。
その顔を見て、私は思い出した。
高校の時、野毛の小さな公園で、ブランコに乗りながら、華と話した時のことを。
共働きの両親の帰りが遅いので、食事は私の担当だった。
華は、「へ〜理子は料理出来るんだ。私は作ったことが無いや」
「華のとこと違って、家は裕福じゃないから、一日五百円の予算内に納めるのよ。
でもね、私は三品作れるよ、オカズ。たいした物じゃないけどね」
🍃💐🍃
この時の華の顔を私は忘れていない。
華は私を睨むような目をしたのだ。
「凄いね」
絞り出すように華は云った。
その言葉には気持ちが入っていないのは、よく伝わってきた。
そう……あの顔は、ライバル視している人間のものだ。
それも。女としての、それだった。
何故、そんな顔をして私を見るの?
華は、お金に苦労したことないでしょう?
そんなあなたが、どうして私のような貧乏人を敵視するの?
まだ高校生だった私たちは、既に女だった。
一年後、華は大学生になった。
俗に云う『お嬢様大学』である。
都内にある大学の寮に華は入った。
相部屋と聞いて、私は若干の不安を感じた。
人と合わせることを、やってこなかった華。
それがいきなりの四人部屋。
でも相性が良ければ、楽しいかもしれない。
私は、そう思うことにした。
しかし半年経たずに、華は寮を出た。
やはり相部屋の人たちと、上手くやって行くことは華には無理だったようだ。
ある日、華から電話がかかってきた。
付き合ってる彼氏に会って欲しい、とのことだった。
私が会って何になるのか。
そう思ったが、承諾した。
翌日の夜に車で華と彼氏が私の住むアパートの近くまでやって来た。
私も彼氏も特別、話しがあるわけではなく、お互いに「どうも、どうも」と、お辞儀ばかりしていた。
そんな様子を、華は嬉しそうに見ていた。
彼氏の家は青山にあり、父親は大手企業の部長さんだと聞いた。
そして華は彼氏から指輪を、プレゼントしてもらったと嬉しそうに話した。
華らしいな、と思ったのは、指輪をプレゼントしてくれるなら、0が五個はなくちゃ嫌よ、と云ったらしい事。
彼氏は期待に応えて、何十万もする指輪を華にプレゼントした。
しかし、その数ヶ月後、華は彼氏と別れてしまった。
具体的に結婚の話しが出た途端に華は彼氏から去ったのだ。
指輪は彼の自宅のポストに入れて来た。と華は云った。
華の言葉に私は驚いた。
そんな高価な物をポストに入れた華が私には理解出来なかった。
華が私のアパートに泊まりに来た事があった。
深夜、華がポツリと云った。
自分が小さな時から、両親は不仲で、夜になると言い争う声が毎晩聞こえて来た。
それが辛かった。
🍃💐🍃
初めて訊く華の弱音だった。
二人共、医師なのに、父親は寝酒と、称してウィスキーを浴びるほど呑み、母親は、かなりの量の睡眠薬を服用している、そのことも華は不安であり、気持ち的にも、やり切れなかっただろう。
華から、このような話しを聞く事は、後にも先にも、この夜だけだった。
けれど、この経験が彼女の、どこか情緒不安定な人格形成に、影を落としている原因な気がした。
その後、華は大学四年に卒業旅行と云うことで、友達とヨーロッパ旅行に出発したが、あろう事か、卒業試験の結果が悪く、追試を受けないと卒業できないと、大学から連絡があり、一人ヨーロッパから帰国。
しばらくは、誰も近づく事ができないほどのピリピリな華だったらしい。
まぁ当たり前だが。
何とか卒業し、叔父の代議士(のセンセ)の口利きで、優良企業に就職した。
しかし、二年持ったかどうか、働く気持ちが失せたらしく退社した。
だが、会社でしっかりと結婚相手は見つけて退職しており、アッと云う間に結婚した。
だが、数ヶ月で別居し華は実家に戻った。
憤慨した華からの電話によると、ご主人の「醤油取ってよ」
この言い方に頭にきた、とのことだった。
転勤の多いご主人は、その後一人で国内を、あちこち移動した。
華は、気が向いた時だけ会いに行っている生活。
ご主人は、よく離婚を考えないなぁと思っていたが、実は入籍していない事を、人から聞いた。
理由は、やはり華の意思であり、もし結婚が上手く行かなかった場合、戸籍を汚したくないから。との事だった。
果たして華は、強運の持ち主なのか、そうでもないのか、もはや私には判断できない。
華の父親が他界して、億単位の遺産が華に入ったことは聞いた。
元から大金持ちの娘なのだから、これは想定内だと思うが、それより未だに華を愛しているらしいご主人を射止めたことは、運が良いと云えるのではないかと私は思う。
だが、これだけ色々なことで、お騒がせしてきた華の人生が、このままだとは思えない、ことを気持ちの奥で期待したいる私がいるのも事実だ。
たんに妬みなのだろうが。
だけど華、例の大きな目が写っていた写真、早く見せなさいよね。
いったい何十年経つと思ってるの?
私はしつこいから、観るまで華が強運かどうか、決めてないんだからねっ!
(完)
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