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うた子さん (第8話・最終回)

3日後、うた子は長野に行った。


一誠は、彼女が勇気を出して、男と別れることが出来るようにと、祈るだけだった。

母や、うた子さんのような人は、相手が弱さを見せて来ると危ない。

『私が何とかしてあげたい』


このパターンにならないといいが。


いつもと感じが違う一誠のことを、高崎さんが見つめていた。

その横を、谷村が通った。

「谷村さん」

「は、はい。なんでしょうか」


「今日の羽根田主任の様子、なんだか変じゃありませんか?」

高崎さんに、そう聴かれ谷村は、

「あ〜、仕方ないですよ。大切な人のことを考えているんだから」


「大切な人?それって主任のご家族のことですか?」

「大切な人とは、主任の彼女のことです」

「えー!いつの間に」


「高崎さん、声が大きいよ」

谷村が慌てて注意する。

「そんなあ〜」

「高崎さん、内緒だからね。誰にも話さないでよ」


うなだれていた高崎さんは、急に顔を上げた。

「谷村さんって、確か大学は東大でしたよね?」

目を輝かせ、谷村に訊いた。

「そうだけど、なんで?」

「いいえ、お引き止めしてすみませんでした。因みに谷村さんのお名前を教えて頂けませんか?」


「僕の名前ですか? 輝(テル)ですが。

それが何か?」

「いえ、深い理由はありません。ありがとうございました」

谷村は首を傾げながら歩いて行った。


“いつか名前で呼び合う仲にしてみせる”

《テルちゃん、ミナちゃんってね》

高崎さんは、ニヤっと笑った。


         💼🎒


一誠は、うた子さんからのメールを思い出していた。


“わたしは羽根田さんに、心配してもらう資格など無い女なんです。

わたしは長野で、デリヘルをしていました。

彼が友達から多額の借金をして、返済できずに居なくなったからです。

その人は決してお金持ちではなく、あちこちからお金を集めて彼に貸してくれたんです。

わたしは、それを訊いて申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

内縁とはいえ、わたしは彼の妻です。

夫が返済できないのなら、わたしがお返しするべきだと、そう思いました。

ただ、返済額が大きく、普通に働いても完済には時間がかかる。

だから風俗の仕事を選びました。

わたしは人から優しくしてもらうことは、望んではいけないと思っています。

汚いのです。わたしは”


そのメールを読むと、一誠はうた子さんに電話をした。

メールではなく、本物の声で話しがしたかったからだ。


“もしもし、うた子さん、よく話してくれましたね。

かなりの覚悟が必要だったと思います。

仕事も俺なんかが分かるはずもない程、辛かったでしょう。

自分の声で、伝えたかったんです。だから電話をかけました、すみません。


うた子さん、貴女は汚くなんかありません絶対に。汚くなんかないですから。

うた子さんは、たくさん幸せになっていいんです。


どうか自分を卑下したりせずに、頑張ったご自身のことを認めてあげて欲しいんです。

他の人たちが、何と云おうと俺は、うた子さんは綺麗だと思います。

心も、姿も、うた子さんは綺麗です”


電話の向こうから、すすり泣く声だけが、訊こえてきた。


“夜分遅くにすみませんでした。

ゆっくり休んでください。そして……幸せへの道を歩んでいくのも、ゆっくりでいいんです。うた子さんのペースでいいんです。

ご自分が、素晴らしいことに気が付いてください。

俺ってかなり、どん臭い男だから、うた子さんのこと、素早く幸せにするのは難しいけど、けど……だから!

俺と一緒に、ゆっくり幸せになって行きませんか!

おやすみなさい!”


                              💼🎒


うた子は、地元の小さなカフェで、夫と会っていた。

夫は何度もうた子に頭を下げて謝り続けた。

うた子が返済した500万も、必ず返すと云う。


うた子に直接、電話をかけるのが怖かった。

自分のことを、うた子は捨てるんじゃないか。

そう思うと電話もメールも出来ずにいた。


うた子は、静かに夫の話すことを訊いていた。

その後も夫は泣きながら話しを続けた。


「主任、うた子さん、まだ帰ってないみたいです。『ケナシーワルツ』の店長が心配してました」

「そうか」

「長野に帰ってから、もう3日経ちます」

「そだなー」


「羽根田主任!しっかりしてください!」

「うん、してる」

谷村は肩をおとて、自分のデスクに戻っ

て行った。

一誠は、立ち上がり、窓から夕暮れ時の街を、ぼんやりと見た。


そしたら何だか笑いたくなった。

笑いと一緒に、目から水分も出てきた。

自分で、自分が、たまらなく可笑しかった。

人がいなければ、大笑いしてるところだ。


その時、胸ポケットの携帯から、小さな音が聞こえてきた。

一誠はポケットから取り出した。

「メールが、来た」

それは、うた子さんからだった。


文章を読む前に一誠は、ふ〜っと長目に息を吐いた。

よし!

そう、心の中で呟くとメールを読んだ。


         💼🎒


《遅くなりました。母と話しをしてたもので。今夜からお店に行きます。

羽根田さん、わたしゆっくり幸せになりたいです、貴方と》


一誠は、自分のデスクに戻ると、何度も何度もメールを読み返した。

笑顔だったかと思うと、涙を流したりしていた。


社員たちは、気味が悪そうにして、一誠を見ないようにしている。

谷村だけが、満面の笑みで一誠を見ていた。


🌠その夜🎇


『ケナシーワルツ』は盛況だった。

うたちゃ〜ん、ケンちゃんはビールが呑みたいです!

オレはチューハイをちょうだいな。

「は〜い、ただいまお持ちしま〜す」


うた子さんは、一誠と谷村のテーブルに来て、

「せっかく来てくれたのに、ろくに話しが出来なくて、ごめんなさい」


「話しが出来る時間があるようじゃ儲からないよ。なっ谷村」

「そうっす、ガンガン稼いじゃってください」

うた子は笑いながら会釈をして厨房へ行った。


「コイツ、今夜は相当、酔ってるな。谷村、大丈夫か?ピッチが早くないか」

「そりゃあ早くもなりますよ、だって嬉しいっすから、僕は、嬉しいんです!主任」

「ありがとう、谷村」


「あっあっ、そんな風に云われたら、泣きますよ。いいんですか、泣いても、いいんですか」

「いや困る。泣かないでくれ、頼む。

もういいから、好きなだけ呑め、家は近いんだし。でもちゃんと食べることもしろよ」


「あい。あっ!そーだ!僕はずっと主任に確かめたかったことがあるんです」

「確かめたいこと?なんだ?」

「主任は、本当に学生結婚したんですか?」


「あ〜それね、ウソだ」

「やっぱり。そうだと思いました。主任は学生結婚するようなタイプに見えないですもん」

「会社の皆んなが煩かったからさ。半同棲はしてたけどね。物凄い焼きもち焼きだったのは本当だよって、、、寝てる?」


         💼🎒


黒サングラスの男は、今夜もシャーロック・ホー、は読まず別の何かをしている。

どうやら誰かにファンレターを送るようだ。 拝見 関東……。

やっぱりシシャモを食べながら、今夜はエイヒレも摘んでる。


「ハイ、お疲れ様でしたー」

閉店になり、店長が労う。

「店長もお疲れ様でした。休暇を取らせて頂き、ありがとうございました」


「休暇はいいんだけど、やっぱりうたちゃんが店に居ないと花がないな。お客さんも減るな。パゲのオヤジだけじゃな。

あははは」


「わたしはパゲの男性、嫌いじゃないですよ。似合う人、案外たくさん居ますし」

「ありがとな、うたちゃんは優しいな」

「本当ですよ、お世辞じゃないですから」


「すいません、タクシーを一台呼んでもらえますか。谷村がグダグダで、いくら近くても歩ける状態じゃないんで」

「いま、呼びますね」

「そういえば今夜の彼は、今までで一番呑んでましたね、何かあったんですかね」

不思議そうに店長は話している。

一誠は恥ずかしくて黙ってた。


「タクシー来ましたよ〜」

一誠は谷村を担ぎ、タクシーに乗せた。

住所は、かろうじて谷村が話せた。

「あ〜やれやれだな」


「うたちゃん、今日はもう帰りな。長野から帰ったばかりで疲れてるだろうし。あとはオレがやっとくから大丈夫だよ」

「いいんですか?」

「だって、帰ったその日に店に出てくれたし。ありがとうな、助かったよ」


「ありがとうございます。お言葉に甘えて、お先に失礼します。おやすみなさい」

「おやすみ〜。気をつけてな。羽根田さんがいるから平気だな」

店長は、ウンウンと頷いていた。


うた子さんと、一誠は、深夜バスに間に合ったので、二人で乗った。

しばらくお互いに黙っていた。

「家に来ますか!」

うた子さんが急にそう云った。

真っ赤な顔をして。


「ありがたいです。もう電車も無いし、ここからタクシーは、深夜料金もかかるから、実は参ったなと思ってました」

「それは、良かったです。アッ」

「どうかしましたか」


「ふ、布団、家には布団が一組しかなくて。

そうだ!寝袋があるから、わたしはそれで寝ますので大丈夫でした、アハアハ」

うた子さんの話し方を訊いていたら、一誠まで緊張して来た。


バス停に着いた。

うた子さんの家は近かった。

玄関で、鍵を開けようとした時、足元から

  ミャー

という鳴き声がした。


真っ暗の中に、真っ白な猫がうた子さんを見上げていた。


「ヒロ太、ヒロ太だ!!」

うた子さんが抱っこしようとしたら、猫はスッと、交し後ろを見ている。

よく目を凝らして見たら、ちっちゃな仔犬が震えていた。


「ヒロ太、あなたが連れて来たの?」


「大丈夫だよ、怖くないから、こっちにおいで」

一誠は、しゃがんで仔犬を呼んだ。

しばらくは、直ぐにでも逃げ出しそうな仔犬だったが、猫をチラチラと見て気持ちが決まったようだ。

恐る恐る一誠のところへやって来た。


「よ〜し、いい子だ。キミは何ていう犬種だろう、可愛いな」

うた子さんがヒロ太と呼んでいる白猫さんを、抱っこしながら仔犬を見に来た。

涙で顔はぐしゃぐしゃだった。

「ヒロ太、この子も家族にして、と云いたいのね」

ミャー


うた子さんと一誠は顔を見合わせて笑った。

笑って笑って……

抱きしめ合ったとさ。


      (おしまい)


追記

 今回ハンドルネームを使わせて頂いた皆さん、誠にありがとうございました🙇‍♀️

男性のnoterさんに限らせてもらいましたが、それでも人数に限りがあり全員の方を登場は無理でした。すみません💦


《マスターハゲさん、店名に使わせて頂きました》

《洋介さん、居酒屋の店長に使わせて頂きました》

《俺たち鳥裸族さん、セリフは無かったものの、常連客の役で数回に渡り登場してもらいました》


この3名様は、ほぼ毎回の登場ありがとうございました。


Yukiの、『勝手に感謝祭』に、お付き合いをありがとう🌟













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