#【天使と俺とママチャリと】 終
「悪魔、悪魔がこの教室にいる?」
「残念ながらいます」
虐めの親玉は、「岩野」というガタイのデカイやつで、その乱暴な態度と発言の為、みんなから嫌われている。
虐められてるのは「川村」という男子生徒だ。
みんなからシカトされても、ウジウジせずに、いつも同じマイペースを貫いている。
「『岩野』という生徒が最近、変わったなと感じることはありませんか?」
「前々から嫌なやつだからな。別段…あ〜、そういえば以前よりも目がキツくなったかもしれない」
「目、ですか」
「うん。嫌な感じは変わらないけど、なんていうか…憎しみが酷くなったような」
「ルシファーは、憎しみをエネルギーに変えているんです。だから自分と同じような人間に取り憑きます」
「誰をそんなに、憎んでるの?」
「神様と弟です」
「堕天使にも弟がいるんだ!」
「いますし、天使にもいる場合があります。ルシファーの弟は、双子の大天使ミカエル様なのです」
「ミカエル。聞いた事があるも」
「素晴らしいお方です」
「さっき、明けの明星って言ってたけど、どういう意味?」
「ルシファーは、もともと神様に愛されていました。とても美しかったので、あるとき神様が、ルシファーを『明けの明星』と、言ったのです」
「それが今じゃ堕天使だもんな」
「真さんも虐めに賛成なのですか?」
「そんなわけないだろう!」
「では何故、川村さんを放っておくのですか。賛成しているのと同じです」
「そんなに責めないでくれよ。こんな事、良くないのは俺もクラスの皆んなも分かってるんだ。ただ…岩野に逆らうと、今度は自分が標的になる。だから何も出来ずにいるんだ」
「川村さんは、もう生きることを諦めています」
「諦めるって……」
「彼の鞄の中には、致死量の薬が入っています」
「そんな…危険って、そういった意味なのか」
「一刻を争います。真さんは、とにかく川村さんを見ていてください。ボクは岩野を見張っています。今夜、虐めの件をどうするか、話し合いましょう」
「分かった!」
天使からの話しを聞いてから、俺はずっと川村を見るようにしていた。
確かに挙動不審だった。
非常階段に出て、上ったり下りたりを繰り返したかと思うと、踊場で考え込んでいたりと、落ち着きがない。
夕方、事態は動いた。
川村が立ち上がった。
そのとき鞄から何かを取り出してズボンのポケットに入れた。
俺は川村の後をついていった。
彼はトイレに行き、個室に入ろうとした。
「川村」
俺に声を掛けられて、彼は驚いた顔を見せた。当然だろう。もうずっと、誰からも話しかけられなかったのだから。
川村は、思い直したように、個室に入ろうとした。
「川村、入る前に、ポケットの中の物を預からさせてくれ」
「何も、持ってない」
「それなら、何故ズボンのポケットが、そんなに膨らんでいるんだよ」
川村は、少しの間、黙っていた。そして、
「もう限界なんだよ。終わりにしたい」
「気持ちはよく分かるし、俺にも責任はある。でも死ぬのはやめてくれ」
川村は俺を睨みつけ、トイレから出て行こうとしたので、俺は彼の腕を掴んだ。
「離せよ!」と、川村は俺の手を振り払おうとした。
俺は手を離し、トイレのドアを開けようとしている川村に、
「3日、3日待って欲しい!」
川村はドアを開け、外に出て行こうとしたので、
「ダメか…じゃあ1日、それならいいか?」
川村は、ピタっと止まり、振り返って俺を見た。
「明日だぜ」
「分かってる。絶対に何とかしてみせるから、明日まで待ってくれ」
川村は、俺を見てから、小さく頷き出て行った。
その夜、俺と天使はずっと話し合いをしていた。
この案は、クラス全員が協力してくれるかに、かかっていた。
そのころ、居間では弟がお袋に、
「さっきからずっと、兄貴の部屋からボソボソと話し声が聞こえてくるんだよ。気味が悪くて」
「空耳じゃないの」
「いや、本当に聞こえるんだってば」
などと、話しているのを、俺は全然、知らなかった。
翌朝、今日も天使はカゴに入っている。
「羽根があるんたから飛べばいいのに」
「ここがいいんですよ」
と、クリーム色のフワフワの毛を風で爆発させている。
その日は、気がつくと川村が俺のことを見ていた。
帰り時間になった。
部活に向かう者、帰る者、みんなが教室から出て行こうとしたその時、俺は教壇に立ち、「みんな、待ってくれ!」と大声で叫んだ。
何事かと、みんなが一斉に俺を見た。
「少しでいいから、俺に時間をくれ」
「ハア?なに言ってんの」
「面倒くさそう、帰ろっと」
口々にそう言って、みんなは帰ろうとした。
「本当に少しの間でいいんだ。頼む」
俺は頭を下げた。
「なにをするの?」
「アンケートに協力して欲しいんだ」
「今じゃなきゃダメなのか?」
「いいじゃないか、彼に協力してやろう」
学級委員が援護してくれた。
「仕方ねーな、早くやろうぜ」
みんなはガヤガヤと、席に戻ってきた。
「ありがとう。早速はじめることにする。みんな、川村がシカトされているのは知ってるよな」
みんなが驚きの表情になった。
中には顔を見合わせている生徒もいる。
「今から二者選択のアンケートに答えて欲しいんだ。白紙の用紙を全員に配るから」
俺は1番前の席に用紙を置いて、順々に後ろに廻してもらった。
そして教壇に戻ると説明を始めた。
「今から質問をします。用紙には1か2の、どちらかだけ記入して欲しい。そしてこれは、無記名なので、誰がどちらの番号を書いたかは、分からないようになってます」
教室内がザワザワしている。
「もう一度言う、これは無記名です。正直に書いてください。では質問にいきます。
本当に川村が嫌いでシカトしている人は、『1』、自分が虐めの標的になるのが嫌だから、仕方なくシカトしている人は『2』とだけ書いてください」
空気がピーンと張り詰めている。
誰も身動きしなかった。
俺は固唾を飲んで見守った。
すると、静寂な空間だったのが、少しずつ用紙に記入する音が聞こえてきた。
岩野は俺を睨み、殴りかかってきそうな感じを露わにしている。
全員がペンを置いたのを見て、俺は箱を持って、1人1人を回った。
箱の中にみんなが用紙を入れた。
そして、黒板に、1と2、とだけ書いた。
「これから開票していきます。『正』の字を書いて行くから、見ていて欲しい」
俺は箱から、1枚ずつ用紙を出して、中に書いてある数字を見ると、その番号に『正』の字を書いていった。
全員が緊張した面持ちで、黒板を見ている。
そして開票は終わった。
「これで全部です。開票結果は、1と書いた人が3名。想像がつくと思うけど、虐めの親玉と、そのパシリの2名の計3名だと思う。あとは全部、2、でした」
川村は下を向き、声を出さずに泣いていた。
「…ごめん」「川村……」
あちこちから、そういった声が聞こえてくる。
見ると岩野が苦しそうにしている。
パシリの2人が、気持ち悪そうに、見ていた。
「ルシファーが苦しんでいますね」と、天使が言った。
「憎しみと反対の、愛の波動がルシファーは1番苦手なのです。たぶんもうすぐ岩野から、出て行くでしょう」
岩野はバタっと机に突っ伏した。
🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟🌟
もうあちこちに、星が見え始めていた。
帰り道、天使を乗せて俺は自転車を押して歩いた。
「天使ってすごいんだな。キミみたいな赤ちゃんでも、すごいパワーがあるんで驚いたよ」
天使は可笑しそうに笑った。
「なんで笑うの?」
「だって、赤ちゃんって言うから」
「赤ちゃんじゃないの?」
「人間が描く天使の絵は、赤ちゃんに描かれていますが、わたし達は永く存在しています」
「そうなんだ、いったい何歳なのか教えてよ」
「年齢は無いに等しいですが、ボクはかなり永く神様に、お仕えしています。
アダムとイヴがリンゴを食べていたのは、覚えていますね」
「アダムと…イヴ…」
「さてと、そろそろボクは戻ります」
「えっ、行っちゃうの」
「はい、神様から人間の世界を見て来なさい、と言って頂いたので研修に来たのです。貴重な経験をさせていただきました」
「研修ってなんの?」
「昇級試験です。少しでも大天使様に近づきたいので」
「へぇ〜、天使の世界も大変なんだな」
「いえ、人間の世界の方が大変だと思いました」
「大天使様、みたいにキミを表す言い方を教えて欲しいな」
「ボクは、ただの天使です」
「そんな謙遜しなくてもいいじゃない」
「本当にボクを表す言い方は『ただの天使』なのです」
「キミぐらい凄くても『ただの天使』なんだ!」
「それにしても、人間界には、たくさんの神様がいるのですね。びっくりしました。
ただ、その神様を巡って争っていますね。
神様は悲しんでいらっしゃるはずです」
「そうだね……」
「では、ボクは行きます。来て良かった。真さんのおかげです。それからこのカゴも大好きです」
「いやぁ、こちらこそありがとう」
「ひとつだけ真さんに伝えたいのは、マリア様を信仰しなければならないことは、ありません。真さんの自由でいいのですよ。そしてボクはいつでも真さんの傍に居ますから」
俺は泣きそうになるのを堪えるのに必死だった。
「昇級試験、受かるといいな」
「頑張ります」そう言って天使は笑った。
そして星空に消えていった。
「帰ったら、お袋にお礼でも言ってみるかな」
お袋のおかげで、俺は生きてるよって。
(完)
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