![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/98395497/rectangle_large_type_2_17991379e78ef83602f7124b93f3aa0d.jpeg?width=800)
BLUE
マンションを探していた時、不動産屋さんに紹介された一つが、ここだった。
時刻はお昼過ぎ。何で目の前の景色が、交通量の多い道路の部屋を紹介されたのか、私には全く理解が出来ず、もしかして人気がなくて借りてが見つからない部屋なのではないだろうか?
そんな考えも頭をかすめた。
訝しげな顔をしている私を見て、不動産屋さんの、まだ30くらいの若い男性は、こう云った。
「お客様、今晩8時に、お時間は取れますでしょうか」
「そんな時間に、何の用が?」
「弊社は22時まで営業してます。それは昼間と夜の、物件周りの『顔』の違いを実際に、お客様に感じて欲しいからなのです」
「『顔』の違い」
「はい。昼間来た時は、とても気に入ってくださったお客様が、実際に住んでみたら夜中になると、酔った人たちが大声で騒いで歩くので、睡眠不足で仕事に支障が出るからと、早々に越されたこともありまして」
「なるほど」と、私は思った。
似たような経験は私にもあったから。
「窓ガラスは防音になっておりますので、
車の騒音の心配はございません。
いかがでしょうか、夜にもう一度、見にこられませんか」
「分かりました。大丈夫です」
「ありがとうございます。8時前に弊社に来て頂ければ、車でお連れ致します」
「はい。ではそうしますね」
若い男性は、ニッコリとして丁寧にお辞儀をした。
いま住んでる部屋に、ゆっくり歩いて向かう。
決して嫌いな住まいではない。
ただ、住むのが辛いから、引っ越すことを決めた。
7年間、恋人と暮らしたところ。
けれど、彼は出て行った。
〈ごめん、好きな人が出来たから〉
そう云って。
【結婚を前提に僕と付き合ってください】
真夏の陽射しを浴びながら、彼はそう云った。
けれど、現実は全く違ってた。
【別れることも、じゅうぶん有り得る僕と付き合ってください】
だった。
恋人同士とは、常に危うくて、確かに別れと背中合わせだ。
「それなら、結婚とか云うな!バカヤロー!」
大声を出したのは、周りに人が居ないのを確認したからだ。だが……。
ポツン
「あ、降って来た」
そう云って、空を見上げたら、電柱に工事中の男性が居た。
その人は、仕事に集中していた。
死に物狂いで熱中していた。
![画像1](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/65007000/picture_pc_7fecec55bb902b96effb6d6d440a6833.jpeg?width=800)
気まずいですよね、すみません……。
バタン
「ただいま」
誰もいなくたって、挨拶はする。
段ボールの海のような部屋。
仕事をしながらの引っ越し支度になるから、今から少しずつでもと、そう思った。
でも今日は、それも休み。
このあと、あのマンションを見に行くのだから、少し休憩しよう。
着替えをしていたら、出て行った彼のシャツが1枚ハンガーに、かかってた。
彼の大好きな青いシャツ。
私は剥ぎ取ってゴミ袋に捨てた。
青色が大好きだった人。
着る物、履くもの、青ばかり買っていた。
「大好きな青色なんだから、忘れるんじゃないわよ」
軽く夕食を食べ、シャワーを浴びた。
窓を開けたら雨は止んでいた。
「少し早いけど、出かけようかな」
私はそう思い、部屋を出た。
この辺りは住宅街なので、静かだ。
さっきのマンションは、大通りに面していたっけ。
しみじみと、街を見て歩いた。
駅に着き、「時間もあることだし」
止まっていた、ガラガラの各停に乗って座った。
秋が近づいて日暮れが早くなり、車窓からの風景は、夕焼けが広がっている。
こういったところも、秋って何となく寂しく感じるんだ、きっと。
不動産屋さんのある駅に着き、エスカレーターに乗って、地上に出た。
10分も歩かない内に、お店に到着した。
ガラスのドアの前に着いた時に、店内にいた昼間の若い男性と、目が合った。
彼は会釈をしながら、近づいてきて、自動ドアが開いた。
「来て頂いて、ありがとうございます。直ぐに出られますので、車を回して来ます。少しだけ、お待ちください」
「はい」
直ぐに会社の車が目の前に止まり、
男性は、わざわざ降りて、後部座席のドアを開けてくれた。
私は「宜しくお願いします」と云って、中に座った。
「こちらこそ。来て頂いて嬉しいです。ありがとうございます」
少しだけ雑談していたら、マンションに到着。
下見をする部屋は、三階だ。
エレベーターで、その階まで行き、男性が鍵を開け、灯りのスイッチを押すと、真っ暗だった部屋が、パァっと明るくなった。
キチンと揃えられたスリッパが気持ち良く思った。
「どうぞ」
私は頷くと、部屋に入って行った。
そこには、大通りの夜景が広がって……
「いかがですか?このマンションからの夜景は、住人の皆さまに評判がいいんです。
街灯がブルーがかっているので、街中が……」
「……」
「どうかなさいましたか?お客様」
「す、すいません。少しだけ一人にしてくださいますか」
「かしこまりました。わたくしは廊下に出ていますので」
男性が玄関から出た音を聞いたとたん、
涙が溢れた。
こんな綺麗なブルーの夜景を2人で眺めたかった。
きっと、夜になるのが楽しみだっただろうな。
私は窓に近づいて、輝いている街を見た。
滲んだブルーも美しかった。
しばらくしてから、私は玄関を出た。
不動産屋さんの男性は、神妙な気持ちを隠すように、懸命に笑顔をつくり、私を見ていた。
「あの……」
私が話そうとした時、エレベーターが開き、中から一人の男性が降りてきた。
ちょっとだけ、カッコいいと思った。
その人は、私たちを見つけると、不動産屋さんの彼に、「こんばんは」と、云った。
「お帰りなさい。いまお客様をお連れしていたところなんです」
「そうですか。ここからの夜景は見た方がいいですからね。こんばんは、どうでしたか?窓の外は」
「こんばんは。き、綺麗でした」
「では、お隣さんになりそうですね」
「あ、いえ、それはまだ……」
不動産屋さんの彼が、慌てているのを尻目に私は、
「はい、たぶんなると思います」
「良かった。楽しみにしています。それでは」
その人は、部屋に入って行った。
「あの……お客様、本当によろしいのですか?」
「すいません、本当はまだ迷っているんです。ついあんなことを云ってしまって」
不動産屋さんの彼は、にっこり笑った。
「いいんですよ。ゆっくり考えてくださって。我が社には、他にも自信を持って、ご紹介したい物件が、たくさんありますから。では車に戻りましょうか」
「はい。ありがとうございました。夜景が見れて良かったです」
自分の決心がつくのは、いつだろう。
それは、隣に住む人が独身かにかかっている。
了
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?