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少年たちの夏

「航!行ったぞ!今度こそキャッチしろよ!」

「う、うん」

「バックバック!ボールから目を逸らすな!」


−お前ら待て!バックって、俺がここで寝転んでるのを分かってるのか?



「もっとさがって!怖がるなよ!」


−マ、マズイ!このままだと俺とぶつか、、、


 [アアアアーーーーーー!]


「と、取れた、、、取れた、、おーい!取れたぞーー!」

「ナイス!航!出来たじゃん!」

「うん!見て見て!」


−ち、ちょっと、行くのかよ。俺に一言も無しでか?

モロに顔面を踏まれたんだぞ!


「航、よくやった」

「えへへ」


−痛ってえ、原っぱで寝転びながら、うたた寝も出来なくなったのか全く。

俺は鼻の周辺をそぉっと触ってみた。

やっぱりな……鼻血が出てる。

あ〜あ。帰るか。


途中、すれ違うJkが俺を見てはクスクス笑う。

いや、クスクスならまだいい。

俺を指差してキャッキャッと笑う、あれは人として、どうかと思うぞ!


「ただいま〜」

「圭太、は、鼻血!」

妹の瑠花が吹き出す!

「俺はお前の兄だぞ!呼び捨てにするな!」

「だって鼻血、クックックッ な、何でティッシュとかで拭かないわけ?」

「ティッシュを持ってなかったんだよ!鼻血の何がそんなに可笑しいんだ?心配とかしないか?普通。邪魔だからどけ」


「心配たって、どうせエロい女の人でも

見たんでしょう?しないよ心配なんて」

「馬鹿かお前は。そんなんじゃないの!

これは小学生に顔を踏まれたから」

「顔を踏まれた?小学生に?やっぱ圭太は変だわ」

瑠花は腹を抱えて笑ってる。

「ふん、好きなだけ笑ってろ」


「お袋、ただいま」

「おかえ……り、何その鼻血!色っぽい女性にでも会って来たの?」

「……今夜の晩飯はなに?」

「ぶ、ぶ、ブリ、ブリだ……」

「はいはい、ブリ大根ね。部屋に行ってるわ。瑠花と二人で思う存分、俺の鼻血で楽しんでくれ」


「ったく、女ってや〜ね〜」

俺は部屋に戻ると、本棚から卒業写真を引っ張り出した。

高校の時の俺が仲間と笑っている。

「いい顔してるよ、皆んなも……俺も」

でも本音は違ってた。

この笑顔は嘘っぱちで、バリバリの作り笑いだった。


俺はクローゼットを開けて、段ボール箱を持ち出した。

箱はガムテープで執拗に貼り付けてある。

ふたが開かないように。

少しの間、俺は箱を見ていた。

そして一気にガムテープを剥がし始めた。


ビリビリ、ダダダダ、ザー、ザーと音を立ててテープは剥がされた。

フゥ、と息を吐くと箱のふたを開けた。

中には、野球部のユニフォームや試合で準優勝した時に貰った小さな銀色のカップ。

少年野球に入った時のバットなど、古い物たち。

自分でも不思議だった。

捨てるに捨てられず、だからといって中身を見ることを避けて来たのに。


「あの、航って子に顔を踏まれて、頭が変になったのかもな」


プロ野球選手になることが、小さな頃からの夢だった。

父も野球が大好きで、よくキャッチボールもしたし、バッティングセンターにも連れて行ってくれた。

入った高校も、強豪校に入るくらいの強い野球部だった。だが……。


[運動はやらないでください]

最初、この医者は何を云ってるんだと思った。

胸が苦しくなったから病院に来ただけなのに、何だよ“難病”って。

心臓の皮が厚く硬くなる病気って。

その病気に、何で俺がなるわけ?

分からない。理解できない。何でなんだよ!


結局、俺は野球部を辞めることになった。

仲間たちの同情の眼差しが痛かった。

暫くはただボーと毎日を過ごす日々。

大好きだったテレビの野球中継も見たくなくなった。

それ以上に父に対して申し訳ない気持ちで苦しかった。俺の将来を楽しみしていたのになにをやってんだ俺は!

自分を責め続ける日々。


そんな時だった。

父が何年も前から古い記事を集めているスクラップ帳を見た。

父が無言で俺に差し出した物だ。

その中で特に衝撃を受けた切り抜きがあった。


パッと見ただけでは、球団のマスコットの写真にしか見えない。

けれど、この中に入っているのは、元現役の野球選手だと知った。

それも巨人からドラフト1位指名された選手だ。

島野さんと云うその人は、巨人とオリックスで10年間、野球選手だったが残念ながら目立った活躍は出来なかった。


引退後、自分がいた球団であるオリックスのマスコット、ブレービーの着ぐるみの中の人をやり続けた。


「すごいな、この人。簡単にできることじゃないぞ」


ブレービーが島野さんだと知ると、野次もたくさん飛んだと書いてある。

「どうして、そういうことをするかなぁ」

読んでいて、悔し涙が出てきた。

落ち込み、ガックリしていた島野さんの耳に、子供の話す声が聞こえて来た。

「ブレービーが居るから楽しい!」


この言葉が再び島野さんにやる気を起こさせた。

「オヤジ、俺わかったよ。野球の選手にはなれなかったけど、野球はやっぱり好きなんだってことを」


俺はいま、野球選手たちの身体をケアする仕事をしている。

選手の体の筋肉の張りをほぐしたり、痛みを緩和させる、そういった仕事に就いた。


選手じゃなくても大好きな野球に関わっていられることは、とても幸せだ。


島野さんは、齢と共に体力が落ちるまで、重たいグルービーの中で野球を盛り上げた。

その後も球団関係の仕事をしたそうだ。

「大変だったろうけど、幸せだったろうな。

俺はそう思う」


休日。

原っぱで寝転びながら本を読んでいた。

川からの風が心地いい。

「あ〜、いい気持ちだなぁ。瞼が自然に……」

少し寝よう。


「航ー!走れ!走れ!間に合うぞ!」

「航、キャッチな!」


ん?航って云ったか?

まさかな。

いや!本物だ!走る音が聞こえる。

やばい、近づいて来るぞ!もう顔面はごめんだからな!

立つ時間が無い!

う、うつ伏せ!うつ伏せに!

 タタタタ タタタタ


   [ウウッ!]


せ、背中の上を思い切り踏みやがって!

「取れたよー!」


 何が取れたよーだ[ウッ!]


何で背中を踏んで行くんだ!

俺は、航という少年を見た。

少年は、振り返ると俺を見てニッコリ笑い、仲間たちの方へと走って行った。



こ、こいつ、やっぱりそうか!

確信犯だ!待て、航!

許さんからなーー!


       (完)


⌘ 島野修氏の箇所はノンフィクションです。






   












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