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11月25日のお話

あなたにとって、この時期、年の暮れ12月が近いことを一番に感じるものは、なんですか。街のクリスマスイルミネーション、おせち料理の予約、忘年会の誘い。人それぞれいろいろありますが、和歌山県の田舎の郵便局員である中村にとってはいずれも関係のない代物でした。

彼にとって、年末を感じるもの。それは喪中葉書です。

11月になってから郵便物の中に増え始め、この11月末が一番多くなります。今日もダイレクトメールの次に、おそらく喪中葉書が多い、そんな日でした。田舎ではよくある風景ですが、たまたま家の前で葉書を手渡ししたときなんかは、この時期は妙に気を遣います。その薄紫色の葉書を見るや、大抵の人が顔を曇らせるからです。

今日も、同世代の友人に手渡した瞬間、ハッとした表情で葉書を見つめる彼女の瞳に、みるみる涙が溢れてきた時は本当に居心地の悪い思いをしたものです。急にその場から去るわけにもいかず、かといってなんと声をかけるのが正解か、中村には分かり兼ねました。

言葉に窮している彼に、友人の女性は涙をふきながら言いました。

「職場の元上司、の奥様からの喪中葉書。
今年の異動直後に倒れて、そのままだったの。私、部署が違うからって家族葬だったお葬式も行けなくて。まだ若かったし、なんだか、亡くなったって実感なかったんだけど。こういうのを受け取ると、ああ、もうあの人はいないんだなって改めて思っちゃって辛いね。」

お世話になったんだけどなぁ、と、付け加えられた言葉が妙に白々しくて、中村はなんとも見ては行けないものを見て、知っては行けない何かを知りそうになっているような、居心地の悪さを感じました。

「喪中葉書って、誰かのおじいさんが亡くなったとか、お母さんが、とか、直接の知り合いではなくてその家族がっていうお知らせだと思っていたけど。」

そういえば昔、この友人の女性に憧れていたこともありました。2つ上の先輩で、高嶺の花でしたので、地元の役所勤めの先輩と結婚したと聞いたときにはすでになんとも思わなくなっていましたが。子育てをしていても、今でも綺麗な方だと思います。

「郵便屋さん?聞いてる?」

彼女は高校の2つ下の自分の名前までは認識していないのでしょう。いつもの郵便屋さん、として声をかけられていることがその証です。自分の妙な思考を振り払うように、中村は「はい、ええっと、なんでしたっけ。」ととぼけました。

「もう。だからね、喪中葉書でお知らせされる亡くなった人。直接の知り合いが亡くなった、と、その家族からお知らせが来ることが最近多くなったわねって言おうとしていたの。そういう歳かしらねって。」

そう言いながら、もういいわっと、その女性は玄関に戻っていきました。

「そういう歳、そういう順番っていうことですかねぇ。」

中村は、誰もいなくなった門の前で、そう呟いて、次の配達に向かいました。自分ももう40です。兄が亡くなったのは42。確かに、死というものが他人事ではない年齢になっていました。


局に戻ると、自分のデスクに、仕分けされたばかりの、中村宛の手紙が数通、置いてありました。田舎の郵便局ならではだと思いますが、お節介な古株の局員が「だって持って帰ったほうが早いじゃない」という理由でこういうことをするのが普通になっています。中村くらいの世代になると「プライバシーが」と言いたくもなりますが、こういう小さな町で、プライバシーも何もないか、と思い直し今に至ります。

そんな、中村宛のほとんどがダイレクトメールの束の中に、御多分にもれず、薄紫色の葉書が紛れ込んでいて、彼は思わずどきっとしました。

「直接の知り合いが亡くなった、と、その家族からお知らせが来ることが最近多くなったわね」

という先ほどの言葉が妙に心を騒つかせます。

抜き出してみると、それは苅野美樹からの喪中葉書で、「今年7月に母 道枝が62歳で永眠いたしました。」と書かれていました。

「ミキちゃん」

そういえば、夏に彼女がここを訪ねてきたとき、母が亡くなり遺品整理をしていて、と話していました。両親を亡くして、まだ一年も経っていないのか。と思いを馳せると共に、派手目な格好に似合わず、喪中葉書を出す気配りのできる人なんだ、という妙な感想が頭をよぎります。家族を失ってしまったという境遇、喪中葉書を出す生活スタイルへの親近感から、中村はふと、ミキに会いに行ってみたくなりました。

年末年始、忙しくなる郵便局員は、今の時期から交代で休暇を取り始めます。中村は、まだ休暇申請はしていませんでしたが、休暇で東京に行くというのも良いかもしれません。幸にして、何度か葉書をやりとりしたため、住所は知っています。

しかし、葉書の住所を頼りに自宅まで突然押しかけるのは常識外れです。電話番号だけでも聞いておけばよかったのですが、そういう必要性を今まで感じなかったのも事実です。

中村は、少し考えたあと、デスクの横にある未使用の葉書を取り出して(こういうとき郵便局は便利です)ミキに対して喪中葉書の返事を書きました。「年末に東京に行こうと思うのですが、お会いできませんか?」と。携帯電話の番号も添えています。肯定なら、電話が欲しいという意図のことも書いています。

流石にこれは、集荷の職員に見られたくないと思った中村は、自分で輸送用のカバンに葉書を入れに行きました。

今月中に電話がなかったら諦めよう。12月まであと1週間。喪中葉書のおかげで、ちょっとした楽しみもできました。物事とは、悲しいものが悲しいまま届くことが多いけれど、悲しいことも次のアクション次第では、夢を見させてくれるものにだってなります。


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