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#【似た者親子】

今日も工場の仕事が終わった。

剛志は仲間と門を出るところだ。

警備員に挨拶をする。

ベテランのおじさん警備員が笑顔で送り出してくれた。


「これから銭湯で汗を流して行くかと話してるんだ。剛志はどうする?」

仕事仲間から誘われた。

「行きたいところだけどちょっと用事があって。また誘ってくれ」

「了解。じゃあ、また明日な、お疲れ!」


剛志は仲間たちと別れて、商店街へと向かった。

ここは神奈川だが、割と田舎の土地だ。大手のスーパーが無いため、商店街は結構賑わっている。


剛志が向かっている店は、商店街の入り口付近にある。


店に着いた剛志はガラスのドアを開けようしたが、相変わらず、建て付けが悪い。

ガタピシ云わせながら、力づくでようやくあいた。


「こんにちは」そう挨拶をした。

この精肉店の店主は、剛志のことを、快く思っていない。

だから剛志の挨拶にも何も返さない。

慣れっこだから剛志も、なんとも思わない。

大切な娘の彼氏など、良く思う父親のほうが、少ないだろうな。

剛志は店主の気持ちが分かるような気がするのだ。


「剛志、お疲れ様」

沙希がそう云って奥から顔を出した。

「うん、ありがとう」

「何を食べに行く?」

「沙希ちゃんの食べたい物でいいよ。僕は腹ペコだから、和洋中、どれでも平気だから」


         🍀🍃🍀


ゴホゴホ、ハ、ハ、ハックション!

店主である。

いつものことだ。


しかし沙希は違う。

「ちょっと、なんなのよ、毎回毎回。わたしが剛志と話してると、わざとらしく咳やクシャミで妨害して。やめてよね」



「親に向かってなんだ、その言い草は。

咳をしてるんだぞ、娘なら少しは父親のことを心配するのが普通だろうが!」


「病気の咳じゃないでしょう?

わたし達の会話を邪魔してるだけで」


「病気かもしれんだろうが」

「だったら……診てもらって」


「……」

「病気かもしれないんだったら、早く病院に行ってよ!」

「……時間だ。店を閉める」

店主はそう云ってシャッターを下ろし、入り口に鍵をかけた。


「そうやって、いっつも逃げてばかり。

周りは心配してるのに……。

知らないから!このハゲチャビン!」


「ちょ、ちょっと沙希ちゃん」

「ハゲチャビンだと?父親に向かって……」

「だったら、ハゲ!ってはっきり云った方がいいわけ?」


「沙希ちゃん言い過ぎだよ。もうやめよう。おしまい、おしまい」


「おい!剛志、こんな奴、娘でも何でもない、とっとと連れてけ!」


「えっ!だって」

「ホント?いいのね、わたしと剛志の結婚を許すのね?」

沙希がそう訊いたが、店主は黙って奥の部屋に引っ込んでしまった。


         🍀🍃🍀


「沙希ちゃん、どうしたの?いつもはお父さんに、あんなこと云わないのに」

沙希は下を向いている。


「剛志、お父さんが2年前に癌の手術をしたでしょう?」

「確か、胃癌だったね」


「再発したかもしれないの」

「再発……」

沙希は頷いた。

「このところ、ずっと食欲が無いし、食べても吐いてしまうの」


「それなら直ぐに診てもらわないと!」

「母もわたしも何度もそう云ってるのに、

お父さんが病院に行ってくれない」


沙希はそう云うと、両手で顔を覆った。


「どうして行かないんだろう、お父さん。

でも……怖いよな、やっぱり」

お父さんの立場なら、僕でも怖いと思うかもしれない。

剛志はそう思った。

だからといってほっとくわけにはいかない。とにかく病院に行ってもらわないと。


「たぶんお金のことなの。癌保険に入ってないから、前回の時にかなりの金額がかかったのを知ってるから」


「そんな……ダメだよ。お金なら僕がどんなことをしてでも、集めるから、絶対に用意するから、直ぐに診てもらおう」


         🍀🍃🍀


翌日、店閉めたあと、沙希と沙希のお母さん、僕、そしてお父さんで、話し合いをした。


お父さんは、病院には行かないの一点張りだったが、歯科衛生士の沙希が自分の貯金の額を云い、僕も同じことを話した。


病院とも、分割払いをお願いすることにした。

これらのことを、お父さんに訊いてもらい、ようやくお父さんは、病院に行くことを承諾した。


翌日、僕も仕事を休ませてもらい、お父さんの検査結果を待つ、沙希とお母さんと一緒に居ることにした。



そして検査の結果が出た。

沙希とお母さんが結果を訊くため、医師のところへ行った。


その間、お父さんはベッドに寝ていた。

僕は待合室の椅子に座って、結果を待った。


しばらくして、お母さんと沙希が部屋から出できた。

沙希は何とも言えない顔をしている。

お母さんは、涙を流していた。


僕は緊張して沙希の話しを待った。

沙希は、僕の隣に座って、ハ〜〜っと大きなタメ息を付くと、僕を見て云った。


「剛志、原因が分かった」

「うん……」

「すごく、話しづらいのだけど」

僕は、やっぱり再発したのだろうか、そう覚悟した。


「便秘だって、お父さん」

「べ、んぴ?」

「そうなの、かなり出てなかったらしいの」


「じゃあ、再発は……」

「そっちは大丈夫だって」

「じゃあ、お母さんが泣いてたのは、ホッとしたからだったんだね、良かった」


「剛志、ごめんね、会社を休んでまで、付き添ってくれたのに、こんな結果で」


「沙希ちゃん何云ってるんだ。僕は来てよかったと思ってるんだぞ。

会社に行っても心配で仕事が手に付かなかったよ、きっと」


「ありがとう。わたしは父に報告しに行ってくるね」

「くれぐれも、お父さんを責めちゃいけないよ」

「うん、そうする」


しかし


「お父さんがもっと早く検査してくれてたら、お母さんもわたしも、悩まずに済んだのに!」


「便秘は女がなるものだ。男のオレが便秘だとは云えないだろうが!」

「女しか便秘にならないっていう考えが既に間違ってるわよ」


「私の便秘薬が、少しずつ減ってる気はしてたのよ。だけどまさか、お父さんが飲んでたなんてね」


「あの薬はダメだな。全然効かなかったぞ」


「ところで、お父さん、確認したいんだけど、先日、剛志さんとの結婚を許してくれたわよね」

「はて」

「とぼけないで。確かに剛志さんに、わたしのことを、とっとと連れてけ。そう云ったわよね」


「最近は物忘れが増えてなぁ」

「いま、剛志さんを連れてきます」


         🍀🍃🍀


「失礼します。再発ではなくて良かったですね」

「まぁな」

「お父さん!真面目に話しをしてください。剛志さんがお父さんに、話したいことがあるそうです」


「『お父さん』と、お呼びすることを、お許しください。沙希さんを僕に任せてください。幸せにします」

そう云って剛志は頭を下げた。

沙希が続けた。


「剛志さんは、家に婿に来てくれるそうです、わたしが一人っ子だからと」

父は身を乗り出している。


「そして先々は、店を継いでくれるそうです」

「本当かね、剛志くん」

「はい。お父さんさえ宜しければ、そうしたいと思っています」


父はベッドから起き上がると、正座をした。

「剛志くん、こんな娘だが、宜しく頼みます」

「ありがとうございます。宜しくお願いします」


「式はどうするのか考えているのか?」

「お父さん、そのことなんだけど結婚式はしないつもり」


「式をしない?」

「だって結婚式に、何百万円も使うなんてもったいないもの。そのお金で生活用品を買うつもり」


「式を挙げないなど、許さん」

「どうしてよ、現代では、そういうカップルは結構いるのよ?」

「ダメだ、結婚式はきちんと挙げなさい」


「だから、どうしてよ」


お母さんが、剛志の服を引っ張った。

「剛志さん、一階のレストランで、珈琲でも飲んでましょう」


「はい、でも話しがまだ」

「居るだけ無駄よ、この2人が話し出すと、らちがあかないから」

そう云って、お母さんは笑った。


「それもそうですね、行きますかレストランに」

剛志は、お母さんと病室を抜け出した。


部屋からは、相変わらず父と娘が言い合う声が聞こえてくる。


「だから、なんでだかさっぱり分からない」

「親の意見をだな」


お母さんと剛志は、笑いながらレストランに向かった。


      (完)













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